20
次の日から、ワンダは放課後マリーのお茶会でのマナー教育にあたった。
マリーはワンダが来月の茶会のことを聞くと少し罰が悪そうに、でも正直に聖夜祭の神の愛し子は茶会で主催をするように教員から言われたことを告白した。
まずは、主催側のマナーではなく、客人としてのマナーを見て見ようとワンダが主催側になりもてなしてみる。
結果は散々なものだった。
リントン子爵は何をやっているのだと苛々するくらい、正直にいってマリーのマナーは全くもってなっていない。
主催どころの話ではなく、席についた時の姿勢からなっていないのだ。
その日ワンダは自分が煩い女になっていると分かりながらも、これまで食事はどうしていたかというところから、マリーに話してきかせた。
マリーはしょぼくれた様子で帰っていき、流石に言いすぎたかと心配になったりもしたが意外なことにマリーに諦める気配はなかった。
「姿勢が曲がっています。座る時は椅子に深く腰を掛けて座り、背筋を伸ばしてください。」
「猫背になっていますよ!もう一度初めから。」
「足が開いています、閉じて下さい!!」
「手を添えるのを忘れていますよ!」
延々とそういう小言を言い続け、来る日も来る日も練習していく。
終わった後、マリーはお茶を飲みながら人懐っこさを発揮した。
何をしたかと言うと、授業の話を自由に語ったり、メイナードをかっこいいと言ったり、ソニアに嫉妬したことを言ったり普通の女子生徒がしそうな話をワンダに語ってきたのだ。
そうやって話をしたり、練習をしたりしていく内にだんだんとマリーのマナーは形になってきた。
と言っても一通り出来るようになったのは茶会の三日前というところだった。
正直な話、マリーはすぐに泣き言を言ってやめると思っていた為、あそこまで出来ていなかったものが形になってきただけでも驚いていた。
言われたところを出来ないなりに直し上達していく姿は見直したとさえ言っていい。
「どうですか!?ウェンディさん!!」
「大変良かったです。
左手でソーサーを支えるところも忘れていませんでした。」
「わぁ!本当ですか!!やった!!」
ワンダが褒めるとマリーは嬉しそうに笑って、幼い仕草でぴょんぴょんと飛び跳ねる。ふわふわした髪の毛がぴょんぴょん跳ねる姿はただの無邪気で素直な子どもに見える。
この茶会は散々な結果になるだろう。
茶会は女子生徒のみの参加になる。あの昼食の状況を考えて、新入生がマリーの席に来るとは思えない。
胸に抱く感情は罪悪感以外の何物でもなかった。
もしかすると、サリバンはこれを予期して言ってくれたのだろうか?
ワンダは手を引くべきだといったサリバンを思い出す。
けれども、こっちだってわかっていてやっていることだ。
そもそも、始めはあの子を殺すことも考えていたのだ、失敗して心を折るくらい今更どうということもない。
そういう風にワンダは自分自身を鼓舞する。
「あとはお菓子とお茶の準備ですよね!?茶葉はリントンさんが送ってきてくれたので大丈夫です!」
「お菓子はどうします?」
「クッキーを作ろうと思っています!!
お菓子は自身がある方なので、何とかなると思います。」
「マリーさんが作るのですか?」
「はい、そうします!
ソニアさんも自分では作らないでしょう?」
「恐らくそうでしょうね」
ふと、ワンダはソニアのことを思い出して自然に笑っていた。
ソニアは芸術的センスや料理のセンスは残念ながら皆無だ。
ワンダはソニアに頼まれて一緒にケーキを焼いたことがある。
どうしても手作りのものを食べさせたいのだという健気な言葉に乗せられて作ったのだが、
あれは…本当に大変だった。
紆余曲折しながらもなんとかうまく焼けたケーキをオーブンから取り出そうとして力んだソニアの魔術が暴発し、ワンダと焼きあがったケーキがべしゃべしゃの水浸しになったのだ。
それからソニアは自分で料理を作りたいとは言わなくなり、使用人一同がいたく安心したのを覚えている。
「出来たらウェンディさんにも持っていきますね!一番、上手く焼けたのを持っていきます!」
「有難うございます…上手く行くと良いですね。
今日はここまでにしましょうか。」
そういうと、マリーは笑顔でぺこりと礼をして、教室を出ていった。
いよいよ、茶会の当日。
サリバンの二限目授業が終わり、丁度昼休憩に入ったころ、言った通りにマリーはワンダの元を訪れた。
「ウェンディさん!!クッキーです!」
「持ってきてくれたんですか?有難うございます。」
マリーの作ってきたクッキーはとてもマリーらしいく、ピンク色の可愛らしいもので、ホワイトチョコレートで半分がコーティングされている。
「綺麗な色ですね。」
「やった!あのですね、このピンクはいちごジャムが入っているからなんです。
それからホワイトチョコをかけました!」
楽しそうに言うマリーを見ながら、クッキーを口に運ぶ。
サリバンの部屋で食べたクッキーの方がさっくりとして口どけもよく高級感があった。
職人が作ったものだからそれは当たり前なのだけど、これも悪くない。
クッキー生地がやや大味だけど素人の女の子が作ったと考えれば出来過ぎなほどちゃんと美味しい。
「マリーさん、とても美味しいですよ。」
「ふへへ、嬉しい。泣いてた時にもらったクッキー、凄く美味しかったから、工夫したんです。ウェンディさんにお墨付きもらったならちょっと自信つきました!」
「ええ、これなら大丈夫です。マリーさん、そろそろ時間なのではないですか?」
「あっ、本当だ!!行ってきますね!ウェンディ先生!!」
そういうと、マリーは笑顔でぺこりと礼をして、教室を出ていった。
マリーは可愛い生徒だ。
いつの間にかワンダはそう思うようになっていた。
『神の愛し子』で何も努力せずに力を得られた子、そういう風に思っていたのが関わる間に『おっちょこちょいで天真爛漫な子ども』に変わってしまったからだ。
でも、ソニアが優先だ。
だって、マリーは可愛いが、お嬢さまが大事なのも変わっていないし、何よりお嬢さまの命がかかっているんだ。
それが、ワンダの免罪符でもあった。