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二週間前、
バロイッシュ侯爵の長女ソニア・バロイッシュの侍女として仕えるワンダ・コンロイは今日が来るのを首を長くして待っていた。
約半年不在になっていたソニアの部屋は定期的に手を入れてはいたが、夏季休暇で帰ることに合わせて徹底的な掃除を行った。
ソニアがいない間、ワンダは使用人頭のロニーの補佐指示の元、管理や事務仕事を行う傍ら、
現当主でありソニアの兄、マルスの苦手な仕事を補佐していた。
ワンダは認めてはいないが、給仕よりも掃除よりも、情報戦や裏工作が得意である。
反対にバロイッシュ家の人間は貴族でありながら腹の探り合いは苦手で、特に得意であって頂きたい現当主マルスは本当に誠実で嫌になるくらい真面目ないい人なのだ。
だからこそ、そういった策が必要な場面の情報収集や助言を行っている。
しかし、得意なことが好きなことではない。
ワンダとしては料理や掃除をする方が気も楽で楽しい。
ソニアの帰宅を待ちながら掃除をしたりする時間はとても楽しいものだった。
はやく帰ってこないかな?
お嬢さまのベッドは天日に干され、見ても分かるほどフワフワとしており、シーツには皺の一つもなく寝心地がいいに違いない。
少し甘い過ぎるほどの菓子もミルクに合う紅茶もお嬢さまが幼い頃より好んでいるものを用意した。
恐らくお嬢さまは『私を何歳だと思っているの?』と言うだろう。
お嬢さまとの会話を想像して口元は自然に緩んでしまう。
部屋の確認を終えると、玄関の大きな柱時計が低い響きをあげ午後二時を告げる。
二階にあるお嬢さまの部屋から一階の玄関ホールへ向かうと他の使用人達は既に集まっていた。
ソニアの部屋のベッドメイクはワンダ自身がやりたいところだったが、新人の侍女に任せた。
よく出来ていたことを評価し伝える。
この地方の田舎の村から出てきたばかりの彼女ははにかんで笑う。
ちょっと飲み込みは悪いが根気強くやるいい子で、絶対に伸びるとワンダは踏んでいる。
ぎこちないけれども綺麗に躾けられたお辞儀はとてもよい。
うん、合格ね。
ワンダが頷くと、ちょうどいいタイミングで声が響く。
「さぁ、そろそろお嬢さまがお帰りです。
使用人一同、心を込めてお出迎えしましょう。」
「「はい」」
使用人頭の老紳士ロニーが全員が配置についていることを確認する。
馬車の音が聞こえ、扉が開く音がする。
「「お帰りなさいませ、お嬢さま」」
ワンダを含め使用人一同が一斉に頭を下げる。
「ただいま帰りました、出迎え有難う。」
凛とした声が玄関ホールに響き、顔を上げると白銀の長い髪に青い目をした社交界では氷の麗人と言われる、ソニアが笑う。
初めてその二つ名を聞いた時、ワンダはソニアと二人きりだったため、つい笑ってしまった。
そして、その名を気にしていたソニアにぷりぷりと怒られたことを思い出す。
ソニアは綺麗な所作で手荷物をワンダに手渡した。
すぐさま手荷物を預かり、颯爽と自室へ向かうソニアの後に続く。
よく手入れされた白銀の長い髪に夏物の白いショート丈のローブに揃いのワンピースが良く似合っている。
これは魔術学園の夏用制服であり、冬は寒いが避暑地として人気のルイーダ地方でも「暑い」と以前ソニアは話していた。
ワンダはソニアの部屋のドアを開き、入ったことを確認するとしっかりと閉じた。
ソニアはそれを目視すると大きな息を吐きだし、颯爽とした雰囲気が一瞬で拡散したかのようにベッドに身を放り投げ、枕に顔をぐりぐり押し付ける。
皺ひとつなかった寝具は一気に滅茶苦茶になった。
「はあ~疲れた。」
「ソニア様、制服に皺が出来ます。
寝転んでもいいですから、先ずは着替えて下さい。」
「いいのよ、だって学園と違ってワンダがいるもの。
制服の皺も伸ばしてくれるんでしょ?」
「ええ、勿論です。
侍女として、素人のお嬢さまよりも完璧に仕上げて見せます。」
ワンダがそう言うとソニアはくすくすと笑いながら起き上がると事前にワンダが用意していた何着かの洋服を物色し、着替えを始める。
一昨年の夏に仕立てた流行のないデザインの生成りのワンピースだ。
お嬢さまは綺麗に着て下さるから物持ちがいい。
「お嬢さま、御髪は如何なされますか?」
「結ってもらってもいいかしら?」
髪束の末端から櫛を通していく。
お嬢さまの長い白銀の髪はさらさらとしていて絡まりやすい。
結っておいた方が夏はよいだろう。
それにしても………顔色が悪いな。
ワンダは櫛を髪に通し、鏡越しに先程から気になっていたソニアの顔色を伺う。
化粧で上手く隠しているが、目の下に隈がある。
明らかに顔色が優れない。
それに前回の帰宅時より痩せたようにも見える。
あの噂は思っていた以上に深刻なのだろうか。




