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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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マリーと別れたあと、ワンダはクッキーの箱を持ちながらサリバンの研究室への階段を登っていた。

今日の就業時間は過ぎているため帰ってもいいのだが、教材が既に片付いていることからサリバンが片付けたのだと思うと何となく居心地が悪かったのだ。

クッキーの残りを返して礼を言わないと。


最上階につき、扉をノックすると「どーぞぉ。」という気の抜けた返事が聞こえ中に入る。

サリバンは本を読みながら長椅子に寝そべっていた。


「クッキー有難うございました。美味しそうに召し上がってました。」

「なーんだ、キミは食べてないの?」

「マリーさんが泣いていたから持ってきたのかと」

「キミにあげたんだからキミが食べていいんだよ。

それに言ったじゃないか、昼ご飯の御礼だって。

……まあ、いいか。

じゃあ、お茶入れてよ、一緒に食べよう。それならキミも食べるだろう?」


珍しくサリバンが矢継ぎ早に話したため、ワンダは驚きながらもこくりと頷いた。


サリバンがいる部屋の隣にある私室はとても便利な造りになっており、高い塔の上にも関わらず飲み水を組むことが出来る水場がある。

ワンダはそこから水を汲むと、暖炉で湯を沸かし、ポットやカップと共に置いてあった茶葉の缶に手を付けた。

缶には埃がかぶっていた為、古そうだが、風味は落ちても腐るものではないと判断して茶葉を蒸らす。

ポットに入れたお茶をサリバンの前で給仕する。


「座りなよ。」

「失礼いたします。」


一緒に食べようと言われたからにはワンダももう一つあったカップに自分のお茶も注いだが、ワンダとしては職業柄、給仕した人間の前で自分も飲み食いするというのは居心地が悪いものだった。


「サリバン教授、質問してもいいですか?」

「答えるとは限らないけどいいよ。」

「どこか分からないような国から魔力の強い女の子を召喚するような

…そんな魔術あるのですか?」

「そんな魔術はないよ。

そんな方法があるとしたら、それは魔法の領域だ。」

「魔法…。」


魔術学園に勤めているのだから当たり前の話だが、『神の愛し子』から始まり『悪魔』やら『魔法』やらそういうお伽話みたいなことばかり聞いている気がする。

魔法は魔術と違い理屈を超えた力だ。早々に人間が触れられるものではないし、触れていい領域ではない。

ワンダははたと思う。


女王が使ってマリーを召喚し、学園に編入させる必要なんてあるだろうか?

私なら、こっそりとマリーを妃候補に育て上げ、自分の子と結婚させるだろう。わざわざ対抗馬の第二王子をマリーに会わせる意味がない。


「難しい顔をしているね。」

「そうですか?もともとこういう顔なんです。」

「そうかなぁ?」


のんびりとした声のサリバンをちらりと見る。

ジジの話によるとマリーの編入にはサリバンも関わっているということだった。


『リントン子爵お抱えの魔術師の中に優秀な奴がいるらしく、お抱え魔術師が出した成果の報酬としてその娘の編入を国王が許したらしい』ということでその優秀な魔術師というのがサリバンのはずだ。

サリバンが優秀な魔術師だというのは明白である。

でも、サリバンと共にいるとサリバンが権力に無力であることも明白なのだ。

第一王子と第二王子の王位継承権争いに関係することを進んで行うとは思えない。むしろ、積極的に逃げそうなものだ。

サリバンを見過ぎていたのか、ふとサリバンの分厚い眼鏡と視線が合う。


「あのさぁ、キミこれ以上マリーには関わらない方がいいよ。」

「…何故でしょう?」

「もっと、壊れていると思ったんだよね。

でも、どうやら違うみたいだ。

アタシが言うべきではないけど、きっとその方がいい。」


サリバンは相変わらず笑っているが何故かワンダはサリバンが迷っているように見えたのだ。


「どういうことですか?」

「んー、言った通りだよ、人間として壊れてないってこと。

難しいね。人間って、曖昧で日和見で分かりにくくて。

まあ、クッキー食べなよ、あの子美味しいって言ってたんだろう?」


サリバンの言葉を気にしながらも振り払い、ワンダはクッキーを咀嚼する。バターの濃厚な香りがさっくりと鼻に抜けほろりと溶けていった。


サリバンは不思議だ。

始めはただ楽しんでいるように見えたが、今は何となくそうは見えない。

俗世に流されず、常に遠くを見てずっと先を読んでいるように、

そしてこちらを俯瞰して楽しんでいるような、悲しんでいるようなそんな風にも見える。


しかし、ワンダは言われたところで手を引くわけには行かない。


お嬢さまの命がかかっている。


ワンダは二枚ほどクッキーを食べ、お茶を飲むと、サリバンに礼をいい、部屋を出ると階段をかけおり、閉室ギリギリの図書室にむかったのだ。




教えるとは言ったものの、ワンダは実際の夜会や茶会には給仕としてしか出席をしたことがない。

もちろん、一通りのことが出来ないと一流の給仕など出来ないが、実際のご令嬢方の心得や細かい立ち振る舞いには少しばかり不安があった。

教えるならばまずは自らの知識を高め、教えられる程度の知識を得る必要がある。

閉室ギリギリの図書室にはもう殆ど生徒はおらず店じまい中といった雰囲気だったが、鍵はまだ閉まっていない。

図書室に入ると、丁度良くあの飄々とした司書がひょいと顔を出した。


「おっ、掃除係さん!なんだ急いで、必要なものでもあるのか?」

「有難うございます、司書さんお願い致します。

茶会や夜会のマナーの本をあるだけ見せて下さい。」

「なんでまたそんなもん?来月のあの茶会は生徒だけのもんだぞ?」

「…待って下さい。来月のあの茶会って何ですか?」


聞いていなかった司書からの情報にワンダは驚いて聞き返す。


「生徒主催の新入生を歓迎する茶会だよ。三年生がホストになって新入生をもてなすんだ。」


そういえば、ソニアが一年生の時に茶会でもてなされたことを話していたような気がする。ソニアは「簡単なお茶会」と言っていた。

けれどもソニアに簡単でもマリーに簡単であるとは限らないし、そもそも主催がマリーに務まるだろうか?

そもそも学園で行われるお茶会が屋敷で行うお茶会とどの程度差があり、どの程度の準備が必要なのかワンダには検討がつかない。


使用人はいないことになっているし、どうするのだろう?


「それはどういった内容なんでしょうか。」

「すまんな、知らん。

あの茶会は女子生徒だけの行事なんだよ。秘密の花園ってやつ?

あっ、でもちょっとまてよ…」


そういうと司書は図書館の奥に消えていく。

そして、背の低い女の子の手を引いて連れてきた。


まだ生徒の姿があったことに驚いたがそれよりもこの子は…。


「こいつはジェシカ、こんな見た目だけどちゃんと三年生で本の虫で女子だ。」

「なんなんですか?クロウさん?いきなり…。」


ワンダはこの少女に見覚えがあった。ソニアの友人の本好きのジェシカだ。

ジェシカはそばかすのある顔を赤くして司書に怒っている。


「この人、来月の茶会について知りたいんだって。」

「すみません、突然…私先月庶務として勤めたばかりで初めて話を聞いたもので。」

「おう、なんか折角だから教えてやってくれよ!!」

「ちょっと、ここ図書室ですよクロウさん、司書のくせに声が大きいですって!」


大きな声でのやり取りだったため、ジェシカは周囲に生徒がいないことを確認し、咳払いをしてワンダに向き直る。


「すみません、クロウさんが煩くて。

えっと…何が知りたいんですか?別に職員の手伝いは必要ないと思いますが…。」

「いえ、生徒さんにお茶会の相談をされたのですが、私はどういうものか知らなくて答えられなくて…三年生の全員が主催をされるということでしょうか?」

「そんなことしたら大変ですよ。

私、絶対そんな面倒なことはやりたくないし…。

主催は有志でやるんです。ソニアちゃんと他の有力な貴族のご令嬢ですよ。

あとは…マリーって子もじゃないかな?」


嫌な予感はあたったようで、あの必死な様子はこれがあったからかと納得する。


「準備とかは必要なのでしょうか?」

「多分、お茶とお菓子くらいですよ。

場所はテラスを使うし、多分ソニアちゃんの席は新入生が沢山来るから沢山用意しないといけなくて大変だろうけど。」

「有難うございます、ジェシカさん。それだけ分かれば大丈夫です。」

「そうですか?お役に立ったならよかったですが…」

「小っちゃくても役に立ってよかったな、ジェシカ!」

「大きさは関係ないでしょう!?」


司書のクロウのからかいにジェシカはまた顔を赤くして怒っている。

なるほど司書はジェシカに構いたくてしかたがないらしい。

ワンダはジェシカとクロウに礼を言うと楽しそうに喧嘩をする二人の邪魔をしないようありったけ本を借り、静かに立ち去ることにした。


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