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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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何故?マリー・リントンは私に勉強を教えて欲しいなんて言うんだろう?


ワンダは自分より背の低いマリーの上目遣いを見ながら必死で考えていた。


「えっと…貴女は?」


もちろん名前も素性も調査できるだけ調査済みだが、名乗ってもらっていない。

名前をワンダが知っていることは不審に思われるのではないかとマリーに名前を聞く。


「私はマリー・リントンと言います。」

「えっと…マリーさん?

お恥ずかしい話ですが、マリーさんに教えられることは少ないと思うのですが。」

「いえ、そんなことはありません!そんなことないはずなんです!!」


マリーは随分と必死な様子で今にも泣きそうである。


「マリーさん、一旦、落ち着きましょう?」


そういうとマリーはこくこくと頷くが落ち着いては見えない。

サリバンの方を見るとサリバンは実に楽しそうにこちらを見ている。


「一体どういったことを貴女に教えればいいのでしょうか?」

「…教えてくれるんですか?」


マリーの大きな瞳からぼろりと大粒の涙がこぼれ落ちる。

なるほど、ジジさんが言っていた通り確かに庇護欲を誘うとワンダはその様子を冷静に見つめながら考える。


「そうですね…

まずはマリーさんが泣いてらっしゃる理由を教えてくれませんか?」


ワンダとしては落ち着かせるために言った言葉だったが、

ついにマリーはその後河が決壊するかの如く泣いた。

子どもが泣くかのように泣くので背をさすり、ハンカチを貸してやる。

しばらくそうしていたが、彼女の涙は止める気配を見せない。


ここが屋敷ならお茶とお菓子でも食べさせるんだけど…


離れて準備したくもあるが、このまま離してくれそうにない。

ワンダが困り果てたところでいつの間にかいなくなっていたサリバンがひょっこりと現れる。


「あーよかったまだ泣いてる。」


不謹慎な呟きが聞こえ、ワンダはサリバンを注意しようと眉を吊り上げるが注意する前に、

サリバンは高そうな箱に入ったクッキーを差し出した。


「はいどーぞ。」

「…これは?」

「いーえ、キミのお昼ご飯半分もらっちゃったからね。

まぁ学園長から貰った物なんだけど。」

「有難く頂きます。」


痒いところに手が届く配慮だった。

不謹慎な言葉は聞こえなかったことにして礼を言うとその箱を開け、マリーに差し出す。


「そんなに泣くとお腹が空くでしょう?

サリバン教授がクッキーを持ってきてくださいました、お食べになって。」


マリーは嗚咽をもらしながらもクッキーを咀嚼した。

高級そうな箱に入っていただけあって美味しいクッキーだったようで、マリーは三枚ほど食べたころには泣き止み、ぽつぽつと自分の状況を話し出した。


マリーが言うには、マリーはこことは全く違う文化の遠い国の出身らしい。

マリーは通っていた学園の帰りに、馬車のようなものに轢かれそうになったところ、気が付くとイギシュラ王国の城にいたらしい。

女王様やリントン子爵はマリーが来たことを大変喜び、マリーも最初はとても楽しく過ごしていたが、夜会や茶会では皆から笑われるし、学年末には王都で聖夜祭の神の愛し子の役割もこなすことになり、夏季休暇中はその練習だけでへとへとだったという。


馬車に轢かれそうになって気が付いたら城にいたなんてまるで、魔法か嘘のような話だがワンダはその話が完全に嘘だとは思えなかった。

とりあえずのところ、マリー・リントン子爵令嬢が突然現れた違和感については細かいところ以外説明がつく。

女王とリントン子爵が魔力の強い『神の愛し子』と第一王子を結婚させることで王位継承に近づかせるためにマリーを召喚したということだろう。



「だから、ウェンディさんに、マナーとか教養とか、聖夜祭のこととか…そういうお勉強を教えてほしんです、お願いします。」

「でも、なんで私に?」

「あの、私…未来が少し分かるんです。

その、ウェンディさんは助けてくれるキャラだから。」


キャラとは一体何だろうか?


ワンダは頭を捻る。

それに、マナーや教養はいいとして、聖夜祭の神儀は教えられないし、マリーが出来るとは思えない。

聖夜祭は神儀であり、国儀である。

五十年から百年に一度、盛大に祝われるその儀式で『神の愛し子』を行うことは大変な誉れだが、それだけに難しい神儀だと言われている。

何でも不満を言わずにやるソニアでさえ、「覚えることが多い」とぼやいていたのだから、

夜会や茶会のマナーを上手くこなせない人が聖夜祭を務めるのは難しいはずだ。


「……分かりました。

ですが、私が教えられるのはマナーくらいですよ?

聖夜祭については私もよく分からないですし…。」

「有難うございます!有難うございます、ウェンディさん!!」

「明日の時間割はどうなっていますか?」


ごそごそとポケットを探りで出てきたマリーの時間割を確認し、サリバンの予定と脳内で照らし合わせる。

放課後しか時間はなさそうだ。


「明日の放課後、ここに来て下さい。

いいですか?」

「えっ…放課後ですか?」


マリーは少し嫌そうに困った表情をする。


「何かご予定がありますか?」

「あの誘われていて…その。」

「………どうしますか?」

「ひぇ、ウェンディさん、怖いです。」


失礼なとも思ったが、つい、ソニアを咎めていた時のように無表情になっていたらしく、マリーは涙目になっている。


「すみません、でもどうしますか?

私はどちらでも構いませんよ。」

「……よろしくお願いします。」

「よろしい。」


その言葉を聞くとワンダはにっこりと笑った。

餌を付ける前に何を間違えたのか魚が釣れたのだ。ワンダにとってマリーに関わるまたとない機会だ。逃すわけにはいかない。

やはり私の目的は変わらず、ソニアの婚約破棄がなされないようにする為にはこの子が王族との結婚を諦め、『神の愛し子』を辞退するように仕向けるということだ。

それに、もうマリーの心は折れかかっている。

なら、折れそうな心を綺麗に折ればいい話だ。


マリーは馬鹿そうだが悪い子ではない。

この子もソニアと一緒だ。

可哀そうなことに大人の話に巻き込まれただけの少女だ。

でも、心を折ったところでソニアのように死ぬわけではない。

むしろ、殺されるよりはマリーにとっても平和的な解決だと言っていい。



そう、考えながらワンダは目的のために僅かに残る罪悪感に蓋をしたつもりでいた。




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