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基礎魔術塔の教室に向かうとサリバンが誰もいない教室で本を読んでいる。
「早いんですね、サリバン教授」
「お昼は休み時間が結構長いからね。
キミこそ早いね、準備はもう出来ているからゆっくりしたらいいのに…」
本当のこと言うと、
ワンダはこの教室でこっそりパンを食べてサリバンを待とうと考えていたのだ。
だから、サリバンがこんなに早く待機しているとは思わず驚いた。
二限目も授業が入っていたというのに、いつ食事をとったのだろうか?
「昼ご飯は食べましたか?」
「んー?そういえば食べてないね。」
そう言われてワンダはふと気が付いた。
これまで三日、ワンダはサリバンの部屋を掃除していたが、サリバンが食事をとっているところをみたことがない。
もちろん四六時中一緒にいたわけではない為、どこかのタイミングで食べていたのだろうとは思うがまともな食事をとっていない可能性が高いのではないだろうか。
そういう風に考えるとワンダは気になって仕方がなくなる。
「サリバン教授、朝は食べましたか?」
「んーどうだったかな?」
「どうだったかな?って朝の事ですけど…」
「そうだねー朝の話だね。」
「貴方、一体何をやっているんですか?
昼休みが何のためにあるか知っていますか?
本を読むためだけじゃなく、昼食を食べる為ですよ。」
早口で注意すると、サリバンはいつもの通り「そうだねぇ。」とのんびりした反応を返してくる。
多分、この人放っておいていたら昼も食べないことになる。
「食べて下さい、はい、これ!!ただのパンですけど。」
ワンダは先程食堂でとってきた丸パンをサリバンに勢いよく押し付ける。
「キミのでしょ?これ…」
「気にするなら、半分にしましょう。」
実際、ワンダも空腹だったため、もう一度サリバンに渡したパンを奪い取り、半分をちぎってサリバンに渡す。
「…ありがとう。」
「いいえ、学生と職員用の食堂はメニューの種類も豊富で持ち歩けそうなものもありましたから、そういったものでもいいので食べて下さい。
もしも、面倒なら明日からは私が持ってきましょうか?」
「キミって世話焼きだって言われない?」
「言われたことはありませんね。」
お嬢さまの世話を焼くことが仕事だったため、世話焼きだと明言されたことはない。
けれども身体にしみついたものは中々落ち無いようだ。
暫しの間、サリバンとワンダは小さな半分のパンをもそもそと食べた。
パンを食べ終わるとちょうどよく生徒たちが入ってくる。
ワンダは来た生徒の出席をとっていく。
サリバンに指示されたわけではないが、他の教授はこういうことを頼んでいるということは把握済みであるため、やっていても文句は言われないはずだ。
しかし、生徒たちは全て驚きの表情を浮かべている。
おそらく、サリバンが手伝いをつけないというのは有名な話なのだろう。
ワンダは気付かないふりをしつつそのまま出席を取り続ける。当然のようにやり続ければ生徒もその内当然だと思って納得するはずだ。
それに、変だと言われても止めるつもりはない。
何故なら、この授業はソニアとマリーが受ける選択専門教科、魔術契約の授業だからだ。
ソニアは授業開始の十分前に来て速やかに出席を済ませ、前の方の黒板の見やすい席に座る。マリーは時間ギリギリに走って教室に来た。
「あれ!?貴女は!!」
ワンダはマリーに高揚したように声をかけられ、ぱちくりと目を瞬かせる。
「どこかでお会いしましたか?」
「いえ、ごめんなさい、大きな声を出しちゃって…。」
「いいえ、今学期よりサリバン教授のお手伝いをさせて頂くことになりました。
ウェンディと申します。よろしくお願いしますね。」
にこりと笑顔で言うと、マリーはとても嬉しそうにほほ笑んだ。
ワンダは出来る限り優しげに言ったつもりだが、そんなにいい反応が返ってくるとは思わず少なからず驚いていた。
ワンダはサリバンの授業を一番後ろで聞くことにする。ここだと授業全体の様子を知ることが出来ると思ったからだ。
しかし、目的を忘れるほどの事件があった。
正直に言って、サリバンの授業はつい目的を忘れ聞き入ってしまうほど面白かったのだ。
まず、ワンダの魔術契約の知識はソニアが結んだ恐ろしいものしかしらない。だからこれまでワンダにとっての魔術契約は憎むべきものであり、全くもっていいものだとは思えなかったのだ。
しかし、サリバンの話は興味深いもので魔術契約の歴史は長く、ラータ国の悪魔崇拝を元にしているということから始まる。そして、本当にあった魔術契約により終結した戦争の話などを聞くと魔術契約は有効性のあるものであるとさえ思えてくるのだ。
本日は歴史と概論のようなところで終わってしまい、
ワンダは次の講義が聞きたくて仕方がなくなる。
授業時間が終わるとすぐに解散となったが、数名の生徒がサリバンへ質問をするために残っていた。
特にソニアは真剣に魔術契約の話を聞いており、魔術契約の解除に関する質問を行っていた。
サリバンの解答は「解除できない」というものだった。
ソニアは「有難うございます」というと背筋を伸ばして去っていった。
お嬢さまも分かっていたことだろうが、諦めきれなかったから聞いたのだろう。
そう思うとワンダは胸が張り裂けそうだった。
全ての生徒が教室からいなくなり、ワンダが片づけを始める。
「随分、楽しそうだったね?」
「ええ面白い授業でした。」
また、気配もなく背後に立たれていたが、毎回こうなのでワンダも受け入れることにした。
「…わぁ、褒められた。
キミに褒められるとは思わなかったから嬉しいな。」
「私はいいものは褒めますよ。」
「いや、キミはあの子たちがいるから楽しいのかと思っていたからさ。」
また、冷やりとする。
この人はどこまで知っているのだろうと問いただしたくなる。
ワンダは口を開こうとするが、それは他の声に止められる。
「あの!!…ウェンディさん。」
「…っ!!」
教室の出口に華奢で可愛らしい女の子が立っている。マリーがこちらを覗いていたのだ。
そして、マリーはワンダの方に歩いてきた。
「えっと、その!!私に勉強を教えてくれませんか!?」