14
勤めだして一か月、今日の午後に配属発表がある。
ワンダは午前中図書室で司書の手伝いを行うように言われ、本部棟三階にある大きな図書室に向かった。
城の図書室の壁には一面に本があり、勉強用の座席数もワンダがこれまでに見たどの図書館よりも大きい。
これだけの本から目当てのものを探すのも難しいだろうが、そこは専門家の司書に言えば魔術で可動してもらえると説明を受ける。
これは庶務にも貸し出ししてくれるのだろうか?
時間がないこともあり、本を読むなんて長いことしていなかったがここまで沢山の本を見るとワクワクとして仕方がない。
言われた本をあらかた整理し終わると、
司書は閲覧厳禁という札と魔術がかかっているらしいに本棚に向かった。
その間、ワンダは生徒と教員の貸し出し用の札を整理する。
新学期になるにあたり、学年の変更をしなければならないのだ。
第二学年の札を第三学年への分類へ移行させるため、一つ一つ確認していくとマリー・リントンのカードとソニア・バロイッシュの札が目に留まった。
マリー・リントンは『おひめさまのまほう』という子ども向きの本を借りている。
対してソニアが借りていた本は自身の魔術契約の抜け穴を探すためだろうか、魔術契約やその解除方法に関する専門書が殆どだ。
リントン子爵令嬢は魔術をこれまで使ったことがないというのは本当だとしても、この本は子どもが読むような絵本に近い本だ。
ワンダはもう一度、貸し出し札を見つめる。
貸し出し札のサインはしっかりと文字になっているが文字が慣れていない。
何と言うか、自分の名前に関わらずぎこちない?
もしかして、リントン子爵は識字も怪しいような子を養子に連れてきたとか?
ワンダがいくら探ってもマリー・リントンの出自はいくら調べても分からなかった。
分からなかったというより、いない人間が突然現れたような不可思議さがあったのだ。しかし、人間が突然現れることなんてありえない。
思考しながらもワンダは全ての貸し出し札を整理して、禁書の本棚の付近にいる司書に声をかける。
「貸し出し札の整理は終わりました。次は何をいたしましょう?」
「終わったのか?早いな…もう少ししたら確認するから、それまで本でも読んでてくれ。」
「分かりました。」
極めて冷静に返事をしたつもりだったが、ワンダは高揚していた。
調べたいことがあるのだ。
あの魔術師がワンダに使った『自分の名前を言わせる』魔術が一体何なのかそれを知りたくて仕方がない。
二度と関わるつもりがなかったとしてもああいう魔術があるのであれば、次に同じ魔術を使われた時は自分の名前を言ってしまうかもしれない。それを危惧したのだ。
対策を知る必要がある。
しかし、名前を使う魔術は魔術契約などが殆どで、何となく霧の中を探っているような感覚だ。五、六冊の目次をざっと確認したところで司書から声がかかる。
「終わりで大丈夫だ。
…ん?難しいの読んでるな。何か探してるのか?」
「はい、でも魔術は出来ませんので分からなくて。」
「どんなことが知りたいんだ?詠唱に魔術契約?堅い調べものだな。」
「えっと、自分の名前が関係する魔術ってあります?」
司書は一瞬ぽかんとして、苦笑いした。
「あるよ、でもこういうお堅い本の中にはないな。」
そういって、司書が本棚を動かし、取り出したのは『おひめさまのまほう』。
パステルカラーのおひめさまと妖精が描かれたかわいらしい絵本、つまり先程マリー・リントン子爵令嬢の貸し出し札で見た本である。
「禁書以外で読めるのはこれだけだな。」
「えっ…??これですか?」
「ああ、あんたも読んだことあるだろ?」
「ありますけど…。」
本当に誰でも読んだことがあるだろう絵本だから内容は正確に覚えていないが、その可愛らしい表紙は覚えている。
司書はおもむろに本を捲り、妖精がやってはいけないことをお姫様に言っている教訓めいたページを開いた。
『ようせいさんはおひめさまにいいました。
“あくまになまえをあげちゃだめだよ”
“なんでだめなの?”とおひめさまはききます。
“だって、こころがとられちゃうんだ”』
「確かに…確かにそうですね。これも自分の名前の魔術ですね。」
「魔術じゃなくてこれは魔法の話だけどな。
悪魔なんてこの国には泉の悪魔の話しかないけど、この絵本にはこうやってちゃんと書いてあるんだ。
まあ、禁書にはもっと色々書いてあるぜ?
例えば優位に契約する為には悪魔に名前を教える前に悪魔の名前を知らなきゃいけないとかな?」
「司書さん…詳しいのですね?」
「そりゃ、俺は禁書が好きで司書やってるような奴だからな。
そういえば、あんたは新しい庶務さんだったよな?
今の話は古典魔術塔の教授にはしない方がいいぞ、異教だって罵られて塔にいれなくなる!」
司書がケタケタ笑っているところを見ると、既に異教だと罵られているのだろうことが分かる。
「興味本位で聞くべきものじゃないことはよく分かりました。」
「おう、そうしなよ。この国の人間は悪魔を嫌うからな。」
「司書さんは他国の出身なんですか?」
「いや、俺のじいさんがラータ国出身なんだ。」
ラータは南にある砂漠で覆われた国で多神教、悪魔崇拝も行うという国だ。
確かに司書さんの肌はやや浅黒く、何処となく異国の香りがする。
「あ、そろそろ飯食ってくれば?午後は配属辞令で会議に呼ばれるんだろ?」
「有難うございます。そうさせて頂きますね。」
一礼すると、司書は笑顔で手を挙げる。
ワンダは食事をとるため食堂に向かった。