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とある侍女は死んだ  作者: 山田そばがき
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ちょうど二時間半馬車を走らせると道が大きくなり、他の馬車や人通りも増えてきた。

恐らくそろそろ街を囲う堅甲な城壁と門が見えるだろう。


門番が来たら、盗賊の話と怪我人がいることを伝えなければならない。

女が荷馬車を走らせ、もさもさした男が本を読み、中には可哀想な怪我人と伸びた盗賊が二名綺麗に緊縛されている。

門番はどう思うだろうか。

私ならとんだ珍道中だと思うに違いない。


自然にワンダはため息を吐く。


石造りの壁と大きな門は壮観だった。門の前は小さい馬車の列と人の列ができ、検問を持っている。


「次!!」


ワンダたちの荷馬車の番が来る。

ワンダは検問の兵士に通行証書を人数分渡す。


「はい、すみません。

こちらが通行証書なのですが、検問の前に伝えなければならないことがありまして…」


簡単にここに至るまでに盗賊に襲われた話をすると兵士は列から馬車に外れるように命じ、それに従う。

兵士立ち合いの元、荷台の方を確認する。

捕らえられた盗賊は兵士に連れて行かれ、御者は医務室に運ばれることになった。

魔術師はすぐに解放され、ワンダだけが残される。


何で?私だけ残される?

腹立ちもしたが腹を立ててもしょうがない。


「すみません、お疲れなのに。

報告するための書類を作成しないといけませんので。」


そう言ったのは兵士や門番よりも文官らしい恰好をした人であり、身元の偽造がばれているのではないかとひやりとしていたワンダだったが、話はあの魔術師と話すよりはずっと気楽なものだった。

自分に都合がいいよう、魔術師が活躍しように改竄した詳細な状況説明を行う。

被害状況のことについては御者に聞いて欲しいと一任してしまったが、それは仕方がないことだとう。

状況説明が終わると、さらさらと文章を書き終わり文官は労わりの言葉をくれ、やっとのことで門から解放された。


門を抜けると広場になっており目の前には賑やかな街が広がっている。

ルイーダ地方の街より若干鮮やかな配色は見ていて気持ちがいい。

広場から見える街の中央の小高いところには大きな城そして塔が三基、周囲には高い建物が数棟みえその周りを緑が見える。

あの場所がアルテ魔術学園なのだろう。ならば、坂を上らなければならない。

ワンダの疲労はピークに近かった。何せ、一晩中歩いたあと二日間荷馬車に乗ってあの盗賊の襲撃に、馬車を走らせながらの魔術師との肝の冷える心地悪い言葉のやり取りだ。


「うっわ…けっこう遠い。」

「近くみえるけど、速足で一時間はかかるから、ここからも馬車を使うのをお勧めするよ。」

「…っ!!」


背後からの声にワンダは肩を揺らした。

魔術師はワンダの視界に入るように、道を塞ぐように目の前に移動する。


「行先は同じなんだ、折角だし一緒に行こう。」

「お誘いありがとうございます、でも、止めておきます。

馬車に割く路銀も残っておりません、それに今度は本当にお腹も空いていますから。

何か食べてから向かいますので。」


何としてでも拒否をする。強い意志で言い放つ。


「うーん、そうか残念。

まあ、また会うこともあるだろうからいいか。」

「ええ、会うことがあればよろしくお願いいたします。」


ワンダは一礼し、前に立つ魔術師の横をすり抜けようとしたが、突然足が止まる。

身体が動かないのだ。

魔術師は何でもないようにのんびりと近づいてくる。

そして、ずれた眼鏡と前髪越しに目が合う。

魅惑的な色の瞳だ。ぐらぐらする。


「ねぇ、待ってよ。

キミの名前を教えてくれないか?」

「私の名前?…名前は、名前は…」


頭の中では『ウェンディ・コナー』という新しい名前が浮かぶのになかなか声が出ない。

いや、違う。私は馴染みある死んだはずの人間『ワンダ・コンロイ』と言いたくて仕方がないんだ。

合ってしまった目が離せない。


相手は苦手だと思ったはずの人なのに、

こんなこと思うはずがないのに、

ワンダはその綺麗な色の目に永遠に映っていたいとさえ思った。


いつの間にか、肩に両手を置かれ耳元で囁かれる。


「ねえ、キミの名前を教えてよ。

自分の名前だ。忘れるはずがない。」


囁く声に背筋が泡立つ。

抗いがたい。


「私の名前は…」

「そうそう、キミの大事な名前だろ?」

「……。」


そう、大事な名前。

一瞬、お嬢さまと屋敷の人達の顔が浮かぶ。

『ワンダ・コンロイ』は死んだ。

私が生きているのを知っていいのは私と数名だけだ。


ワンダは力を振り絞り、目をつぶった。


「私はウェンディ・コナーと申します。」


静かな声でそう呟いた。

息が荒い。全ての力を使って山道を走った後のようだ。

でもさっきまでの拘束されているような感覚はない。

魔術の一種だろうか?

魔術なら見たことも聞いたこともない種類の魔術だ。


「…凄いね。なんでかな?」


ワンダが恐る恐る魔術師の方を見る。

もう、魔術師の目は隠れて見えなくなっていることを確認し、明らかに近すぎる距離に今更気付き驚きながら、後退りで距離をとる。


「あー…どうしようかな。

まあいいか。これはこれで。

ねえ、キミ何か欲しいものとか願い事はないの?」

「何を言っているんですか?」


ワンダは魔術師の話を一部拾いながらも、立っているのさえ辛くて仕方がなかった。


「んー…思いつかないなら、今じゃなくてもいいや。

例えばさぁー……」


魔術師は何かまだ話しているが、段々と聞こえなくなっていく。

そこで、ワンダの意識はなくなった。




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