千年王国の秘密〜それは遠慮の塊〜
王をテーマにした短篇だよ!
アドニス王国。建国してから千年以上が経つと言われる王国。
その城の図書館に一人の少年と王冠を被った男がいた。
少年は一心不乱に歴史書を読んでいた。
「ねえお父様。この国が昔、魔王軍に包囲されてたって本当?」
少年は顔を上げ、キラキラとして目で父である王にそう聞いた。
「ああ、本当だとも。東も西も南も北も全て恐ろしいほどの力を持った魔王の支配下だった。それぞれを強大な王が支配していてね」
「なぜ、うちは攻め込まれなかったの?」
「ふむ、それについては歴史学者も未だに争っていてね。魔王にでも聞けばわかるのだろうけど……もう魔界に帰ったという噂らしい」
「そっかー」
少年は再び本へと目を落とした。それを慈しむように王は見つめていた。
☆☆☆
魔王城、執務室。
デスクと机だけのシンプルな部屋。
本来はかなりの広さの部屋なのだが、魔王自身が巨体の為とても狭く見えた。
そんな執務室で骨の竜をイメージした鎧を身にまとった魔王が背を丸め、一心に報告書を確認していた。
机の端に同じように竜の頭蓋骨のような兜が置いてあった。
背中から溢れる黒いオーラは禍々しく、怨霊のように蠢いている。
「……もうやだ腰痛い……」
魔王からポツリと言葉が漏れた。
「というか大体なんで自分の部屋なのに鎧を着ないといけないのだろう……パジャマでいいじゃん」
魔王の愚痴は、しかし誰に聞かれる事はなかった。参謀役に「威厳を保ってください」と言われた以上、魔王は従わざるを得ず、しぶしぶ業務中は肩が凝って腰が痛くなるこの鎧を着用をしていた。
ブツブツと文句を言いながらも書類を次々と読んでいき、確認欄に魔力で捺印していく。魔力の波動は個々で違ってくるので偽装できないらしいが、そもそもこの捺印制度自体を無くしたいと思う魔王であった。
「ふむふむ、北方領土も統治が順調と……良い仕事するなあ【雪の女王】は。温泉とスキーか……私もいける日が来るのだろうか……はあ……東部湾岸領域の商業リゾート化もいよいよ来年完成だし、南の火山も観光スポットとして人気か……西は、うんいつも通りだな。報告書上げてくるだけ進歩したもんだ」
魔王が部下である四天王の報告を読んでいた。しかし魔王は年々独り言が増えていることに気付いていない。
魔王が統治するこの大陸は主に5つの領土で構成されていた。そのうちの四つを魔王の部下である四天王が君臨統治していた。
北には【雪の女王】が統べる絶対凍土領域。雪山と雪原がその領土の8割を占める、極寒の地。最近は古の巨人の協力によってスキーや温泉といった施設を作り、観光客も多いようだ。
東は【海王】が運営する貿易海上都市群。湾岸線に巨大都市が並び、他大陸との交易を行っている。商人とそれを守る海魔兵団により商業が活発で、この大陸で一番経済が豊かである。
南は【火竜王】が君臨する獄炎灼熱地獄。巨大火山を竜が飛び交う。また鉱石や宝石などの産地になっており過酷な土地にも関わらず、移住する者が多い。
西は【高王】が率いる深山山脈。深く、高い山脈が連なり、そこに魔王軍に所属しない様々な部族が住んでいた。それらを全て平服させた【高王】を魔王は四天王に抜擢し統治させた。言語や文化が違うが、その力は未知数である。
そして、最後の土地。
【絶対防衛人類圏アドニス王国】
大陸の真ん中に位置するこの王国は肥沃な土地に豊富な各資源ととても恵まれた土地だった。真面目で勤勉な人々が多く、繊細な加工物が名産である。魔王軍が喉から手が出るほど欲する土地であり、【人王】が人類の頂点に立ちこの王国を司っている。
ここさえ、支配できれば。
この大陸は完全な魔王の統治下になると言うのに。
もうかれこれ100年近く、魔王軍はここを攻略できないでいた。
東西南北それぞれに君臨する四天王がどんどん隣国を支配し、領土を広げてきた魔王軍。魔王は特に指揮を取らず、早い物勝ちだよと四天王に任せっきりであった。彼らは争うように領土を広げ、そして来たるべき人類との戦争の為に力を蓄えていた。
そしてついに、もはや人類にとって最後の土地と言っても過言ではないこの王国を攻略しようという段階にいよいよきたのであった。
「さてさて、内政も安定してきているし、いよいよあのにっくき王国を潰しちゃおうか。どれどれこの件について四天王それぞれの意見書が届いているな」
魔王はそれぞれの報告書の最期に書いてあった人類圏支配についての意見を読んだ。
徐々に魔王の背中の黒いオーラが赤く変色していく。
「こ、これはどういう事だあああああああああ」
魔王は報告書を投げ出し、叫んだ。
「駄目だ、報告書では話にならない。くそ、凄く嫌だが仕方ない」
魔王は早速、参謀を呼びつけこう言い放ったのだった
「大魔王軍会議を開く!」
☆☆☆
大魔王軍会議。それは、魔王と四天王が一堂に会する魔王軍の最高決定を行う場である。
円卓に魔王を除く四人の魔物が集った。
「全員集まるなんて久々ねえ。しっかし相変わらずこの城センスないわね。リフォームしたら?」
美しい、銀色の女――【雪の女王】が会議室を見渡しため息をついた。ため息が美しい氷の結晶となり、そしてすぐに解けた。
「50年ぶりですが、相変わらず綺麗ですね【雪の女王】は。どうです? 僕のところで芸能活動しません? 最近そういうビジネスが流行っているんですよ。アイスリンクで歌って踊れるアイドルなんてどうでしょう?」
豪奢な衣服を身にまとった青年――【海王】が軽薄な笑みを浮かべていた。
「貴様は相変わらずそういうチャラチャラした商売をしているのだな……全く」
赤い鱗を纏った武人――【火竜王】が険しい目線を【海王】へと向けた。鼻と口から時折火が噴き出している。背後で太い尻尾が揺れている。
「少しお腹が空きましたね。食事は出るのでしょうか?」
身に付けているのは腰蓑と木で出来た王冠だけの男――【高王】がきょろきょろと食べ物がないか探している。
四者四様の四天王だったが、扉が開き魔王が入ってくると皆一斉に口を閉ざし頭を下げた。
円卓の入口から一番奥の席に魔王が座る。
鎧に兜と完全武装である。
そして魔王が口を開いた。
「まずは、面をあげよ。皆、忙しい中、魔王城までご苦労であった」
魔王の言葉を受け顔を上げた四天王がここぞとばかりに喋り始めた。
「魔王様の為ならいつでも駆けつけますわ」
「交渉中でも僕はこっちを優先しますよ」
「主の命は絶対である」
「オナカスイタ」
魔王は兜の下で苦い顔を浮かべた。そんな事言う割に何回呼んでも来ないこいつらは本当に口だけだと思っているが口には出せない。
「さて、今回皆を呼んだのは、かのアドニス王国についてである。先日届いた報告書は読ませてもらった。その中に王国攻略についての意見を述べよという欄がありそれぞれのを読ませてもらったが、もう一度それの詳細をここで聞きたい。まずは、【雪の女王】、述べよ」
「ええ……私からですか……コホン、では。私の意見だけど私の統める北方領土は食糧不足が深刻なのよねえ。凍土と雪山では中々農作物の自給率が上がらず、【海王】からの食料調達でなんとか回しているわ」
「なるほど。という事は王国の肥沃な大地に豊かな農業は欲しいという訳だな?」
「そりゃあもう。所詮は人間が守る王国。私と氷魔軍、そして古の巨人の長【雹白爵】の力をもってすれば3日も経たずかの王国は陥落するでしょう」
雪の女王が妖艶な笑みを浮かべながらそう言い切った。
「頼もしいな。さて、【海王】の意見を聞こう」
「僕の場合は食料自体は問題ないんですけどね。とにかく船舶を作る為の木材が足りなくてね。王国は木材も豊富にあるらしいし、何よりあの国の繊細な美術品や加工品は他大陸でよく売れるんだよね」
「なるほど、資材だけはなく、特産品も需要があると」
「そうですね。攻略に関しては、僕と海魔兵団そしてリヴァイアサン級戦艦を投入すれば2日で沈むでしょうね」
肩をすくめた【海王】がそう言い放った。
「おお!海のみならず大地も空も駆けるといわれるかの戦艦か!それならば納得だ。さて【火竜王】よ。そなたはどう思う?」
「我の君臨する国の半分は竜族の領土だ。彼らは宝石や金を欲する。特に金は我の領土で採れず、この大陸で唯一かの王国の山にだけ金脈がある。金を与えねば、そのうち竜族は反乱を起こすかもしれぬ。人類側に付くかもしれぬ」
「なんと!それは何としてでも止めなければ」
「ご安心を。あのような脆弱な人間の国。我と竜族、そして最新技術で作成した鋼鉄兵団があれば、1日で落ちるだろう」
【火竜王】がそう豪語した。
「素晴らしい! 鋼鉄兵団の動く様が見れるとは!ならば、最期に【高王】、意見を述べよ。食事はその後にだそう」
「ワカッタ。ニンゲンのクニ、イチバンたかいヤマある。ノボリタイ」
「そうだな……【高王】は高いところが好きだもんな」
「 オレ、ホカノぶぞくといっしょにセメル。ハンニチでオワル」
腕を組み、【高王】はそう宣言した。
「なるほど。よく分かった。皆の意見を聞くにやはりあの王国は何としても魔王軍で落とさねばならない」
「ええ、その通りよ」
「仰る通りで」
「同意する」
「ソウダナ」
うんうんと頷く魔王であった。そのタイミングで、色とりどりの料理が運ばれてきた。その中で一際異彩を放っている料理があった。
「あれは!」
「流石は魔王様。分かっていらっしゃる」
「ほお……久しぶりだな」
「ニク!!!」
四天王がよだれを垂らしながら見つめるその料理は揚げ物だった。
魔界で栄養たっぷりに育った魔鳥の唐揚げ。それが山盛りで皿に乗せてあった。
魔鳥は絶滅危惧種であり、ここ数百年目撃例がなかったが、つい最近生息地が発見されたという。
大変美味であり、魔物であれば誰もが憧れる超々高級レア食品なのだ。
四天王ですら、口にしたことはほとんどないはずの逸品。
「今日は特別だ。滅多に食べられる物ではないぞ」
そうして食事が始まった。
皆が一斉に手をだしたのはやはり唐揚げであった。
「これは、美味しいですわ」
「これの養殖、できないですかねえ」
「竜族がさぞ羨ましがるだろう」
「ウマイ」
「さて、食事しながら続けるぞ。そうさきほど聞いた意見は大体報告書の通りだ。それぞれにあの王国を落とす力はある。なんせ四方を囲んでいるのだ。我らの優位は絶対だ。しかしだ、ここ100年あそこを落とせないでいる。なぜだ?そして貴様らの報告書の末尾は全て一緒だった【王国は簡単に落とせるけど、今は無理】これはどういうことだ?」
「どうでしょう?」
「不思議ですね」
「難問だな」
「ワカラナイ」
四天王がそれぞれの顔を見合わせた。何も分からないといった顔である。
それを見た魔王はため息をついた。そして重い口を開いた。
「ならば問おう……なぜ、誰も動かぬ。それぞれにあの王国を落とす理由も力も十分にある。私も許可している。なのにもう100年近く誰も動いていないではないか!」
「えーっと私は、スキー場建設と温泉事業が忙しくて……」
「僕は他大陸との交渉が」
「獅子は兎を狩るのにも全力を出す。いつ如何なる時も鍛錬を欠かすべきではない」
「ヤマノボリ、ジュンビだいじ」
「100年もかかるか! もういけるだろ!」
魔王が叫ぶ。円卓を叩かなかったのは最期の良心だろう。
「あーじゃあ【海王】あんたいきなさいよ。木材と特産品、欲しいんでしょ?」
「いやあそれだったら【火竜王】におまかせしますよ。金山、ないと将来やばそうですし」
「くだらん。魔王軍に何も貢献していない【高王】に王国落としの名誉を譲ろう」
「タベモノだいじ。ゆきのじょうおうガンバッテ」
そして騒ぎ始める四天王。
食べ物もほぼなくなっていた。
しかし、なぜか魔鳥の唐揚げが一つだけ残っていた。
それを四天王のそれぞれがちらちらと見るが、手を出さなかった。
結局、会議では何も決まらず、解散した。一人残った魔王は兜を脱ぎ、項垂れていた。
「何も決まらなかった……なぜだ……」
そんな魔王の横に老齢の魔物が立っていた。
「魔王様はまだまだ心を分かっておられぬな……」
「参謀……吾輩は……あいつらの考えがわからん」
「見なされ。あの唐揚げを」
参謀は皿にぽつんと残った一個の唐揚げを指差した。
「ん? ああなぜか一個だけ残しているな。もったいない」
「あれは、王国です」
「? どういうこと?」
「四天王の皆は本心から王国は欲しいのでしょう。その為に、勢力を拡大し、力を蓄えた。魔王様はかの王国については早い物勝ちと言いましたな?」
「ああ言った。なのにあいつらと来たら全然攻めようとしない」
魔王がため息をつく。どうにも癖になっているような気がする。
参謀が口を開く。
「パワーバランスが良すぎたのでしょう」
「パワーバランス?」
「そうです。彼らは力が均等になりすぎた。かの王国を手に入れれば、当然パワーバランスは崩れます」
「いやでもみんな同じ魔王軍じゃん……」
「かの王国を手に入れた者が一強になってしまう。それを恐れたのでしょう」
「別にいいじゃん……強くなるのは」
「そうなった場合に、他の三者が敵になるかもしれないと言うことです」
「ああ、そういうことか――ってだからみんな魔王軍じゃん!争うなよ」
「まあそれは魔王様の実力不足ですな。これが表向きの理由です」
「サラッとディスられた……それで裏向きの理由は?」
「この唐揚げです」
魔王は理解できなかった。この一つ残った唐揚げとこの話に何の関係があるのだろうか?
「唐揚げ?」
「魔王様は皆がこれを食べていて、それぞれがそれを大好きだという事を知っている。さて、残った最期の一個はどうします?」
「え? 食べるけど? ラッキー最期のやつ残ってる〜って」
「そんなんだから求心力がないんですぞ魔王様」
「なんで!?」
「彼らはこう思ったのでしょう。【ああ、最期のあれ食べたいなあ……でも手を出したらあいつ空気読めねえなとか遠慮しろとか思われるよなあ……もったいないなあ】」
「ええ……」
「つまり、かの王国に手を出さないのはそういう理由です」
「……【高王】はそんなこと考えないでしょ……絶対。オレニクくうとか言ってさ」
「【高王】は普通に喋れますぞ?」
「喋れんの!?なんだよそれ……ただのキャラ付けかよ……」
もはや力無くして突っ伏した魔王。
「吾輩、全然慕われてなかった……」
「どんまいですぞ。まあしばらくは人間にあの王国は任せておけば勝手にどんどん栄えさせるでしょう。丸々太らせてから食べればよろしい」
「そうする……」
――そうして、千年が過ぎた今もアドニス王国は健在であった。東西南北をかつて魔王に支配された土地ではあるが、それぞれと交流は今でも盛んであり、同盟も結んでいた。東西南北の土地への食料や資源の輸出で経済は潤い、また新しい技術も沢山導入できたという。
しかしなぜそうなったかの真実をアドニス王国が知る事は永遠になかった。