ラムネ
夏の、暑さと入道雲が好きです。
久しぶりに、空を見上げて育ててくれたおばあちゃんを思い出しました。
シュワシュワシュワシュワ
からん。
ビー玉がラムネ瓶の真ん中のくびれた場所に落ちる。
喉を通ったラムネはよく冷えていて、心なしか汗が少し引いたような気がした。
とは言っても、例年にない猛暑で、汗は次から次へと流れるのだけど。
夕方から河野萌と夏祭りに行く約束をしていて、僕はその約束の時間よりちょっと早くに来ていた。
萌は張り切って浴衣を着てくるとはしゃいでいたから、少し下見しておこうと思ったのだ。先輩から、浴衣と下駄を履いた女子には要注意だと真剣な目で諭されたしね。
まぁ、初めて付き合った萌に、いいとこを見せたいというのもある。
少し回っていて喉が乾いたなぁと思い、自販機でなにか買おうかと悩んでいたら、ふとラムネが目に入った。
懐かしい。
自販機のお茶に比べると高めの値段だけど、祭りの熱に浮かされてつい、買ってしまった。
幼い頃、夏休みに栃木にある田舎のばあちゃんちに行くと、いつも畑で取れた大きなスイカときゅうり、そしてラムネを、井戸から引いた水で冷やしてくれた。
井戸の水はとても冷たくて、よく冷えた。
大きなタライの中で、プカプカと浮かぶラムネや野菜は太陽に照らされてキラキラと光って、子供心にきれいだと思った。
裏山ではセミやカブトムシを見つけて、飽きたら井戸水で冷えたスイカやきゅうりをかじり、ラムネを飲んだ。
シュワシュワシュワシュワ
ラムネのシュワシュワという音は、いつの間にかセミの声に変わっていく。
いくつもの夏を過ごした田舎のばあちゃんちに、行かなくなったのはいつからだっけ。
友達とゲームするほうが楽しくなって、一度行かなくなるとまぁいいか、と毎年を家でクーラーをかけて過ごすようになった。
そうこうしているうちに、ばあちゃんはあの世に旅立った。
今日みたいに暑くて、真っ青な空に大きな入道雲が浮かんだ日、ばあちゃんは透明な煙になって空に昇った。
あの日も、うるさいくらいにセミが鳴いていた。
物心ついて以来、初めて触れる死は、なんだかひどく遠く感じた。
どうしてばあちゃんに会いに行かなかったのか。
たまには遊びにおいで、と電話があるといつも声をかけてくれたのに。
後悔で、甘いはずのラムネが、ほろ苦く口に残った。
からん。
見知らぬ女性の、下駄の音でふと我に返る。
萌は、どんな浴衣で来るのだろう。
時計を見るともうすぐ約束の時間だった。
ラムネをどうしようか。
空になって、元のお店に引き取ってもらうか捨てればいいのだけど、中に入ったビー玉が気になった。
昔は、ラムネを飲んでビー玉をとるまでがセットだった。
とりあえず、そのまま持って彼女との約束の場所に向かう。
「楓?」
後ろから、声をかけられた。萌だ。
振り返って、しばし言葉を失った。
ラムネの瓶のような、少しだけ緑がかった、空のような青色の浴衣で、白い帯を締めていた。
「びっくりした。早めに来ちゃったからうろついてたんだけど、会えて良かった。こんなにたくさん人がいるのに会えるなんて、やっぱり私は運がいいわ。」
はしゃいだ萌の声。
「楓?」
もう一度、名前を呼ばれる。
「浴衣、似合ってるね。ラムネみたい。」
似合ってるね、の部分でパッと顔を輝かせたが、その後のラムネのくだりで顔をしかめる。
「ラムネは褒め言葉なの?」
「うん。夏色で、君ほど似合う人はいないよ。」
少しだけ考えて、一応、褒められたと感じたらしく萌はふふ、と微笑んだ。
「じゃあ、お祭り行きましょう?」
汗ばんだ手を、つなげて彼女は僕を引っ張る。
シュワシュワシュワシュワ
セミがすぐ近くで鳴いている。
ラムネ色の彼女に、ラムネをおごってあげよう。
そう僕は決意して、彼女を握る手を強めた。
お読みいただき。、ありがとうございました。
幼い頃の思い出は、どうしてあんなにキラキラしてるんでしょう。