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第06話: 街に来る前のお話

 ある日、俺は課長に呼び出された。


 何の話だろうと思いつつ職場の一室に入ると、課長と部長が座っていた。


「来たか、まあ、座りなさい」


 部屋に入った俺を見た課長はそう言って、部長に対して机を挟んで向かいの席を指差した。


「はい、失礼します」


 俺は言われたとおり、席についた。

 俺が席に着くと、課長が口を開いた。


「さっそくだが、本題に入ろう。呼び出したのは、君の新しい仕事について話をするためだ。君にはこれから大きな仕事を任せようと思っている」

「大きな仕事ですか。それは光栄ですが、まだ入社して間もない若手に任せて大丈夫なのですか?」

「私は君が適任だと確信している」


 課長の言葉からは、嘘偽りの類は感られない。


 俺はいつの間に課長の信頼を得ていたのだろうか。

 テロリストを潰したくらいしかやってない気がするが。

 でも、あれはものすごく怒られたし……。


 そんなことを考えていると、課長が続きを話し始めた。


「仕事を行うにあたって、君には夷津手市という街に赴任してもらう」

「夷津手市?聞いたことがありませんね」

「まあ、そうだろう。この街はいわゆる秘密都市でね。国家機密扱いで、一般人には認知されていない街なんだ。一般人が立ち入らないよう、厳重に隔離している」

「なんだか急に雲行きが怪しくなってきた気がします」

「まあ、秘密都市と言っても街自体は普通の街だ。軍事都市とかではないから安心してくれ」

「しかし、そんな普通の街がなぜ国家機密に?」

「それは私から話そう」


 それまで黙っていた部長が話し始めた。


「とりあえず、その街ができた経緯から話そう。まず、この街ができたのは大戦中だ」

「大戦というと、かなり昔ですね」


 大戦とは、百年以上前、地球に侵攻してきた「コヴァダ」という異星人に対し、地球側が防戦した戦争のことを言う。


 簡単に終戦までの過程を語ると、当初、コヴァダ相手に地球側は善戦した。

 しかし、技術力で勝るコヴァダ側に徐々に押され、被害も拡大していった。

 それでも地球側は必死で粘り、コヴァダ側も決め手に欠け、戦争は長引いた。

 そんな状況の中、別の異星人が介入し地球側の味方についた。

 ちなみにその異星人とは、俺が先日出張したインベルタの人たちのことだ。

 インベルタとコヴァダは長い間争いをしていたらしいので、インベルタとしてはコヴァダに地球を占拠されて勢力を伸ばされるのを阻止しようとしたのだろう。

 そして、地球・インベルタ連合軍はコヴァダ軍を地球から追い出して勝利した。

 以来、地球とインベルタは同盟関係となり、交流が続いている。


「この街はもともと、異星人に対抗するための計画を実施するために作られた街なのだ」


 部長の話によると、大戦当時、異星人に対抗する手段を各国が必死に考えていた。

 日本でも様々な対策が実行されたが、そのひとつに、遺伝子操作で超人的人間を量産する計画があった。

 ちなみにこの計画は、当時、遺伝子工学の分野で名声を誇っていた人物により提案された。

 だが、どれだけの成果が得られるかは未知数だった。

 また、産まれる前に処置をするため、その人間を戦線に参加させるには成長するまで待たなければならず、実際に効果が得られるまでに時間がかかる問題があった。

 しかし、当時はどんな小さな可能性にも縋りたいほど追い込まれていた。

 そのため、この計画は承認され、実行に移されることとなった。


 その計画で産まれた人間は「革変者(かくへんしゃ)」と呼ばれた。

 試験的に運用する余裕は無かったため、最初から大量の革変者を作ることが計画された。

 産まれた人間を研究施設で育成するには狭すぎると考えられたため、革変者を育成するための街を用意することにした。

 戦争が原因で無人と化した街を利用し、その街は敵に察知されることがないように厳重に隠蔽・秘匿された。

 そして計画通り、数年にわたって多くの革変者作り出し、その街で育成し始めた。

 しかし、その革変者が成長する前にインベルタの介入により戦局が激変し、終戦となった。


「ここまでは理解できたか?」

「概ねは。しかし、その街はなぜ現在も残っているのですか? 今も秘匿されている理由も分かりません。戦争が終わったのなら不要と思えますが」

「それは……」


 部長は暗い感じで話し始めた。


 戦争が終わった後、革変者たちをどうするかが議論された。

 その結果、この計画が有用なものかを判断するため、とりあえず革変者を引き続き街で生活させ、観察することにした。

 成長した結果、期待通りの人間になれば、またいつ攻めてくるかも分からない異星人への対抗手段となるかもしれないと考えたからだ。


 だが、その結果は予想外だった。

 革変者たちは異様な人間になった。

 具体的に言うと、革変者たちはとにかく自制することを知らず、自分の好きなことに一生懸命で、好き放題暴れまわった。

 人を殺めるなどの非人道的行為を行う者はいなかったが、職員たちに迷惑をかけ続けた。

 セクハラをしまくる者、物を壊しまくる者、街中に美少女の絵を描きまくる者、とにかく露出したがる者など、その行動は人により様々だった。


 計画に関わった者にこの原因を尋ねても、トップの人に言われたとおりにやっただけだからわからないと答えるばかりだった。

 そのトップ(先に述べた、遺伝子工学の分野で名声を誇っていた人物)はすでに他界していたため、原因は結局わからなかった。


 それでも成果が全く無かったわけではなかった。

 革変者たちは確かに常人に比べて身体能力や知能指数が高かった。

 だが、その成果を打ち消すほど革変者たちは異常だった。

 また、なまじ基本スペックが高いせいで、革変者たちを抑え込むのは困難を極めた。


 これらのことから、この計画は問題が多すぎるということで凍結することが決定された。

 そうなると、革変者たちをどうするかという問題が残った。

 革変者たちを街から外の世界に解放すれば、一般人に多大な迷惑をかけることは目に見えていた。

 かといって、処分することは道徳的に許されないという意見が大半だった。


 そこで、革変者たちは寿命を迎えるまで街に閉じ込めたまま生活させることにした。

 革変者たちを自然消滅させることを狙ったのだ。

 革変者たちはなぜか街から出たがらなかったため、閉じ込めること自体は比較的容易だった。


 ここで問題となったのが、革変者が子供を産むことだ。

 革変者が子供を産んで、もし、親の問題のある遺伝子を受け継げば、革変者のような問題のある人間は減るどころか増えることになる。

 子供を作らないよう規制することを訴えた者もいたが、それは倫理的にも法的にも許されないという意見が多かった。

 また、操作された遺伝子を子が受け継ぐ確率は低いと考えられたため、結局、革変者が子供を作ることは黙認された。


 だが、予想に反し、革変者たちは驚異的な遺伝力を見せた。

 革変者たちの子供は、親の「自制しない」といった悪い特性を高確率で強く受け継いだ。

 その結果、危惧されていたとおり問題のある人間が増えることとなった。

 また、出生率がかなり高く、多くの子供が生まれたため、その増加率も高かった。

 それでもなお、倫理上、法律上の問題を指摘する声も多かったため、子を産むことへの規制は実現されなかった。


 ちなみに、革変者の子孫のうち、親の悪い遺伝子を受け継いだ者は「変覚者(へんかくしゃ)」と呼ばれるようになった。


 革変者を減らすつもりが、変覚者が大量追加されて事態が悪化してしまうという、どうしようもない状況だったわけだが、悪いことばかりではなかった。

 ごくわずかだが、親の悪い遺伝子が弱まった者もいた。

 全く受け継いでいないとは言えないが、許容できるレベルだった。

 それでいて、身体能力などの良い特性を受け継ぐ者も現れた。

 その者たちは「人覚者(じんかくしゃ)」と呼ばれた。

 試しに、特に優秀だった人覚者を外の世界へ羽ばたかせた結果、その者は多大な功績を残した。


 この実績が評価され、この街は優秀な人覚者を生むための施設として活用することした。

 優秀な人覚者が現れたら、積極的に外の世界に出して活躍させる。

 変覚者は街に残し、人覚者を産むための礎とする。

 そういう方針が採られた。


 変覚者が危険なことは先祖と変わりないので、街の隔離は続けられた。

 変覚者たちは先祖と同じで街から出ることを拒むため、隔離するのは変覚者が外に出ないようにするためではなく、一般人が街に入らないようにするためだそうだ。

 そのため、一般人が面白半分で近寄らないようにするため、街の存在自体が厳重に秘匿された。

 そして、現在もこの方針が採られている。


「理解できたか?」

「ええ……。しかし……一般人の僕は、これからその危険な変覚者たちの住む街に赴任するのですか……」

「まあ、昔よりはまともな人間も増えている。変覚者たちも昔よりはマシになっている。遺伝の力も長い年月の間に衰えてきているのだ。全員が色濃い変覚者ではないから安心してくれ」

「その言い方は、まだまだ色濃い変覚者はたくさんいると言っているように聞こえますね」


 安心できない。ものすごく不安になってきた。

 部長の隣の課長に目をやると、課長は俺から目をそらした。

 さっき普通の街とか言ってなかったか?

 それに、俺に適任の仕事とは、一体なに?


「それで、僕はその怪しい街で何をすれば?」

「まず、君には高校生に扮して高校に入学してもらう」

「え!? ちょっと待ってください! 僕は23歳ですよ!? 入学ってことは高校一年生だから、15歳か16歳くらいでしょ? さすがに無理があるんじゃ!」

「大丈夫、大丈夫。君、実年齢より若く見えるから。高校生を主張しても疑われないと思うよ。ちょっと大人びてる程度にしか思われないんじゃないかな」

「しかし、高校なら教師とかでもいいでしょう」

「今までは確かに教師として潜入させてきた。しかし、学生として潜入できるなら、そちらのほうがいいんだ。後で仕事の内容を説明するが、この仕事はより親密に生徒と交流することが大切なんだ。教師よりも同級生としてのほうが、より親密になれるだろう」


 自分がそこまで若く見えることは若干ショックだが、今は仕事の内容のほうが重要だ。


「まあ、とりあえずいいでしょう。それで、その親密に生徒と交流することが大切な仕事とは?」

「君は同じ学校の学生の中から人覚者を探し出して報告してくれ。探し出した人覚者は高校卒業後、外の世界に羽ばたいてもらう。ちなみに、人覚者の定義は、『外に出しても問題ないくらい、問題のある遺伝子が弱まった人間』だ。つまり、優秀な者に限らず、外に出してもいいと判断できる人間は積極的に外に出す。平凡でもバカでも、問題ないと判断できる人間は報告してくれ。要するに、君の仕事は人覚者を探すというより、外に出していい人間と出してはいけない人間の選別といえるかもしれないな。気をつけてほしいのが、一見まともそうに見えても、実はとんでもない変人だったりすることもある。なので、ぱっと見で判断するのではなく、交流を深めて隅々まで探ってくれ。あと、逆のパターンもあり得る。つまり、一見問題ありそうに見えて、実は意外と許容できるレベルいたりする。なので、できれば、変人と印象を受けた人間とも交流してその人間を深くまで探ってほしい」


 普通なら近寄りたくない人間とも、お友達にならないといけないわけだ。

 仕事じゃなければ絶対にお断りだ。


 あれ? よく考えると、まともそうに見える人間とも、まともじゃなさそうな人間とも交流を持てって、それって全員と交流を持てと言っているのと同義じゃないか?


「ちょっと待ってください。さっき『同じ学校の学生の中から』って言ってましたけど、多すぎないですか? 現実的に考えて、そんなに交流を持てないでしょう」

「まずは君と同じクラスに集中してくれ。そして余裕があれば他のクラス、他の学年にも目を向けてほしい。ちなみに、もう一人、君と同じ高校に教師として派遣する者がいる。その者が担任となるクラスがあるから、そのクラスはその者に任せればいい」

「2人でも厳しいような……。いつもこんな人員で行っているんですか?」

「いや、昔はもっと多くの人員で行っていたんだが……。この仕事に就いた者は心を病む確率が高くてな。その噂が広まって、誰もこの仕事をやりたがらないんだ。命令だと言って無理やりやらせようとすると、この職をやめると言い出す者もいる。実際、君が潜入する高校も人員が不足していてな。選別の進捗が芳しくない。だから他の学年にも目を向けてほしいのだ」

「つまり、職をやめるくらいイヤな仕事を僕はやらされようとしているわけですか?」

「ま、まあ、君は心が強いし、大丈夫だろう……」


 部長は歯切れの悪い言い方をした。

 俺もこの仕事を断っていいかな……。


 結論を出す前に、いろいろ疑問があるので聞いておこう。


「質問が何点かあります。先ほど、人覚者は外の世界に出すと言っていましたが、本人の意思で街に残りたいということもあるでしょう。その場合はどうするのですか?」

「その心配は、ある意味無用の心配といえる。先ほども言ったが、街の住人は外に出たがらない。それは人覚者も例外ではない。外に出ることを提案しても、拒絶されるのは確実だ」

「無用の心配どころかダメダメじゃないですか。どうやって外に出すんですか?」

「無理やり出す。一度外に出して、しばらく外で生活すれば、じきに順応する。これは過去の事例が証明している。ちなみに、これは若い人間の話だ。これも事例が証明しているのだが、歳をとるごとに外への拒絶心がひどくなる傾向がある。歳をとった者を外に出しても、発狂したり、精神的に病んでしまうことが多い。そのため、若いうちに出すのが好ましい。人覚者かどうかを判断する期間や成長などとのバランスを考えた場合、高校卒業くらいの時期が一番適切なのだ」

「では、優秀でない人間を出すのはなぜですか? 優秀な人間を無理やり出すのは何となくわかります。しかし、外に出しても活躍が期待できない人間を無理やり外に出す意味が分かりません。本人が外に出たいと思っているのならまだしも、出たくないと思っているのなら、街の中で生活させたほうが本人にとっても幸せなのではないでしょうか」

「人口の増加を少しでも和らげるためだ。この街の出生率は高い。放っておけば、我々が対処できないくらい人口が増加してしまう。昔は優秀な人間だけを外に出していたが、優秀な人間など多くないから少ししか外に出せず、どんどん人口が増加してしまってな。こういう方針が採られるようになったのだ。だから、多少変人でも、より多く外に出したい。変人でも深く探ってから判断しろと言ったのはそのためだ」

「今の話からすると、高校より上の世代で街に残っているのは全員が外に出せないような変人ということになるのではないですか? 先ほど、街には普通の人間が増えていると言っていましたが、それは高校生以下の話なのですか?」

「いや、我々が見落としていたり、街を出ることに強く抵抗されて外に出すのをあきらめた者も多くいる。また、成長してまともになるケースも増えている。なので、高校生より上にも普通の人間はたくさんいるから心配しないでくれ」


 でも、普通じゃない人間のほうが多いのでしょう? と聞こうとしたが、怖かったのでやめた。

 やっぱりこの仕事やめようかな……。


「次の質問です。その高校に入学するのはいつですか?」

「3日後だ。3日後に入学式がある」

「3日後!? いくら何でも早すぎでしょう!」

「この人事が決まったのがつい最近でな。いろいろな手続きが間に合うか分からず、君へ伝えるのを後回しにしていたのだ。昨日すべての手続きが完了したので、今日、君に伝えたというわけだ」

「そんな……。妻とも相談しないといけないのに……」

「君の奥さんには今朝、渡部君が説明に行った。奥さんは心よく承諾してくれたそうだよ」

「なぜ事前に妻に!?」

「君が奥さんの意見を尊重することは良く知っている。だから事前に奥さんの承諾を取っておいたのだ。君が快くこの仕事を承諾してくれるようにね」


 部長はニヤリと笑いながらそう言った。


「なるほど、逃げ道を塞いだというわけですね」

「人聞きの悪いことを言わんでくれたまえ」

「しかし、なぜ妻が快く承諾したのかがわかりません」

「おそらく、君と一軒家で一緒に生活できることに喜んだのだろう。君も喜びたまえ。奥さんも一緒にその街で生活することを許可する。しかも、会社が用意した一軒家で生活できるぞ」


 物で釣ったわけか。

 確かに、綾芽はずっと家をほしがっていたので、なんとなくだが納得できる。


「あと、なんで孝太郎が説得に行ったんですか?」

「渡部君は君たちと仲がいいからね。説得の成功率が上がると思った。それと、先ほど教師として潜入する者がいるといったが、それは渡部君のことだ」

「え!? ということは、俺はこれからあいつと一緒に仕事をするのですか?」

「そういうことになるな」


 別に不満があるわけではないが、つくづく腐れ縁だなと思った。

 まだこの仕事を断るという選択肢も捨てていないので、一緒に仕事をするとは限らないが。


「ところで、僕が入学する高校は男子校ですか?」

「なぜそんな質問をするのか分からないが答えよう。男女共学だ」

「……そうですか……」

「な、なぜそこまで残念がるんだ?」


 俺の顔色が悪くなるのを感じたのか、部長が心配に尋ねた。


「部長は妻が僕の女関係に非常に敏感なのを知っていますよね。仕事上、おそらく女子ともある程度交流しないといけないのでしょう。そうなると、妻の怒りゲージが溜まらないか非常に心配です」

「あ、ああ、それは失念していた。確かに、奥さんの怒りゲージが溜まったキャバクラの件は衝撃だったな」

「それは忘れたい過去なので……」

「ああ……すまない」


 キャバクラの件とは、部長に連れられてキャバクラに行ったときに起きた事件である。

 普段は風俗など絶対に行かないのだが、酒がかなり入ってテンションがあがっていたこと、偉い人の誘いであったこと、キャバクラならプロ相手におしゃべりするだから妻も許してくれると油断したこと、かなり高い酒を奢ってくれると言われた等の理由で、つい、部長の誘いに乗ってキャバクラに行ってしまった。

 俺が部長とキャバクラでワイワイやっていると、突然、店に綾芽が乱入してきた。

 俺は綾芽に掴まれて店外に引きずり出された。

 俺が引きずられている最中、店内の人たちは皆、唖然として停止していた。

 部長もお酒をこぼしていることに気づかないくらい硬直していた。

 その後、俺の身に起こったことは……思い出したくもない。


「まあ、奥さんも仕事ということなら理解してくれるのではないかな」

「そうでしょうか……」

「そ、その奥さんは一軒家に住めることをとても喜んでいる。この仕事を断れば、逆に奥さんの機嫌を損ねることになるぞ! この仕事を請けなければ当然、一軒家に住む話はなしになるからな」

 俺がこの仕事をどう断ればいいか考えていることを察したのか、部長が慌てた様子でそう言った。

「……先に妻を説得したあなたたちの策は正しかったようですね。それを言われると、この仕事を請けるしかない気がしてきました」

「わかってくれてうれしいよ」


「最後の質問です。課長、あなたはさっき、この仕事には僕が適任だと言っていましたよね。どのあたりが適任なのですか?」

「まず、心が強いことだ。君なら心を病むことはあるまい。次に、高校生に成りすますことのできる見た目。高校生としてこの仕事を行える者は貴重なのだ。そして、君もどこか自重しないところがあるからね。街の住人とも気が合うだろう。あと、君を閉じこめ……いや、なんでもない。とにかく、どうだ、これだけでもこの仕事には君が適任だと思わないかね」

「僕が評価されているわけではないことはわかりました」


 自分の能力や実績が評価されての抜擢ならまだモチベーションが上がったのだが、そうではないことが分かり、俺の心は沈みきった。


「もう質問はないかね?」

「……はい」

「では、この後は課長の指示に従って早速準備に取り掛かってくれ。ああ、あと、街のことが少しでも知りたい気持ちだと思うが、詳しく教えることはできないので理解してくれ」


 詳しく教えることができないのは、詳しく知って絶望して仕事を断られることを恐れているためではないかと思えた。


「君が住む家のことは教えることができる。間取り図などの資料も渡す。奥さんと部屋割りなんかを考えて励みにしてくれ。あと、街の中の地図は見せることができるが、機密資料のため、持ち出すことはできない。なので、頑張って頭に入れてくれ」


 唐突に部長は提示できる情報を話した。

 アク抜きのつもりだろうか。


 それにしても、街の地図は手に入らないのか。

 頭に入れてくれと言われたが、記憶は苦手なので覚えられる自信がない。

 街に着いたら、まず街を探索する必要があるかもしれない。


「では、頑張ってくれ! 浅井君!」


 部長は最後に力強くそう言った。

 仕事を頑張ってくれと言ったのか、街での生活は苦労するだろうが頑張ってくれという意味で言ったのかは定かではない。

 なんとなく後者な気がする。


 その後、その日の仕事を終え、家に帰ると、綾芽が満面の笑みで迎えてくれた。


 なぜか綾芽は牛乳パックを大量に用意していた。

 俺たちがこれから住むことになる家の資料を渡すと、綾芽は牛乳パックで家の模型を作り始めた。

 模型を作っている綾芽の顔はとても幸せそうだった。

 その顔を見ていると、先ほどまでの不安が吹き飛び、この仕事を請けてよかったと思えるようになった。


――――


 そして今、そのとき吹き飛んだ不安が返り咲いている。

 街での初日を終えた俺は、ベットの中で街に来る前のことを思い出し、結果、明日からの不安がいっそう大きくなることとなった。


 俺は仕事上、変覚者と思われる人間とも交流を持たなければならない。

 今日会ったような連中ともだ。

 特に、初めに会った女は、俺と同じ高校で、しかも同学年であることが判明している。

 いや、でもアレはもう外に出してはいけない人間ということでいいだろう。

 問題は、あの女みたいな人間が他にも多くいる可能性があるということだ。

 はっきり言って、そんな連中と交流を持てる自信はない。

 男なら百歩譲ってまだいいが、女は危険だ。

 今日みたいなことが毎日続いたら、妻の怒りゲージが一瞬で溜まってしまう。

 今日も妻の怒りゲージを溜めてしまった気がするし……。


 というわけで、明日からはしばらく積極的な交流は控えて様子を見よう。

 交流するのは危険な人間と安全な人間を見極めてからだ。

 ここで考えられるのが、俺にその気が無くても一方的に寄り付かれることだ。

 対策を考えなければ。


 ベットの中で対策を考えていると、俺はいつの間にか眠りについていた。


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