第05話: 二度目の来訪者
孝太郎と言い争いをしていると、家の呼び鈴が鳴った。
今度こそパソコンが届いたのだろうか。
だが、また変な来訪者の可能性がある。
「孝太郎、お前も来い」
「なんで俺も?」
「いいから来い」
孝太郎はしぶしぶ付いてきた。
この家の呼び鈴にはマイクが付いていない。
ドアにのぞき穴もない。
そのため、来訪者を確認するにはドアを開けるしかない。
なぜ付けなかったのかと、この家を作ったやつを問い詰めたい。
そう思いながら、俺は恐る恐るドアを開けた。
「こんにちは。先ほどぶりですね」
そこには、先ほど来た怪しい宗教の二人組が立っていた。
「約束どおり、出直して来まし――」
俺はすぐさまドアを閉め、施錠した。
「遙人、どうしてそんなに慌ててドアを閉めるんだ?」
孝太郎は首をかしげながら、のんきにそんなことを言っている。
「俺も会いたくないし、お前も会いたくない来訪者だ」
ピンポーン! ピンポーン!
「ん? それはどこのどいつだ?」
ピンポーン! ピンポーン!
「お前が襲われた連中の仲間だ」
ピンポーン! ピンポーン!
「え? それってまさか! あの怪しい宗教――」
ピンポーン! ピンポーン!
「うるせぇぇぇええ!」
俺は連打される呼び鈴に我慢できず、ドアを開けてしまった。
ドアを開けた途端、無口なほうの教徒がドアをおさえて閉めさせないようにしてきた。
後ろの孝太郎は、教徒が着ている見覚えのある服装に頭を抱えている様子だ。
そして、よく喋るほうの教徒がニコリと笑った。
「あらためまして、こんにちは。約束どおり出直してきました」
「出直してくるのがはえーよ」
「我々はあなたを一刻も早く入会させたいのです」
「悪いが、入会する気はさらさら無い。さっきは穏便に追い返したが、今回は殴ってでもすぐに追いかえ……」
そう言いかけたとき、女教徒の後ろにそびえ立つ二人が目に入った。
「ふふ、気づいたようですね。我々もあなたが実力行使に出てくるのではないかと思い、助っ人を連れてきました。紹介しましょう。ダイオードン様の守護者、アノードンとカソードンです」
紹介された先には、全身白タイツでムキムキの大男二人が腕を組んで仁王立ちしている。
一人はタイツに青いラインが、もう一人は赤いラインが入っていて、顔にはそれぞれ「A」の文字と「K」の文字が記されている。
おそらく、「A」のほうがアノードンで、「K」のほうがカソードンだろう。
「あなたが実力行使で来るというのなら、こちらも実力行使させていただきます。あなたを力ずくでひれ伏し、入会させてあげましょう」
よく喋るほうの教徒はやけに自信ありげだ。
確かに、アノードンとカソードンからは只者ではないオーラを感じる。
見た目は変質者だけど。
しかし、俺はこの程度のオーラでは動じない。
「上等じゃねえか。もうここに来る気がおきないようにしてやる。孝太郎、お前も手伝え」
「なんで俺も? できれば関わりたくないのだが……」
「お前も他人事じゃないんだぞ。お前の家にも、いずれこいつらはやってくる。今のうちに、俺たちを脅かしたらどうなるかを思い知らせてやるんだ」
「戦わなくても警察を呼べばいいんじゃないか?」
それを聞いたよく喋るほうの教徒はニヤリと笑った。
「警察を呼んでも無駄ですよ。この街の警察は我々に非常に寛大です。電話しても相手にしてくれないでしょう」
「だ、そうだ、孝太郎。この街の警察が心配になったが、そもそもこんなくだらないことで警察の手を煩わせるわけにはいかん。協力してくれたら、恭子に隠しフォルダの中身を暴露するのはヤメにしてやる」
「本当だな!? そういうことなら協力しよう。お前が片方を相手にしている間、俺はもう片方を引きつけながら逃げ回ってやる」
「おい! 目標が低いぞ!片方を仕留めるつもりで行け!」
「作戦会議は終わりましたか?では、あなたの家のこの無駄に広い庭を対戦場所としましょう。我々女性二人は手を出しませんので、思う存分、アノードンとカソードンにやられてください」
よく喋るほうの教徒……わずらわしいので、今後、よく喋るほうの教徒は「教徒A」、無口なほうは「教徒B」としよう。
教徒Aが喋り終わると、アノードンとカソードンは身を屈めてタックルの構えをとった。
「孝太郎。お前はカソードンをやれ。俺はアノードンをやる」
「お、おう」
頼りない返事をした孝太郎が心配になるが、俺はアノードンに集中することにした。
しかし、俺がアノードンをどう仕留めようか考えるよりも早く、アノードンは俺めがけて突進してきた。
「うお!!」
俺は思わず突進してきたアノードンをまともに受け止めてしまった。
アノードンは俺を押し倒そうとしてくるが、俺は踏ん張って耐える。
「ぬおおおお!」
見た目に違わず、かなり力が強い。
「はるとー! 助けてくれー!」
俺とアノードンが攻防を繰り広げていると、孝太郎の叫び声が聞こえてきた。
叫び声の聞こえた方向を見ると、孝太郎がカソードンに四の字固めをくらっていた。
「お前! やられるの早いよ!」
こんなことなら逃げ回らせたほうが役に立ったかもしれない。
「やっちゃえ!やっちゃえー!」
孝太郎のそばでは、教徒Aと教徒Bがはしゃいでいる。
その姿を見ていると無性に腹が立ってきた。
「ぬおお……おりゃああああああ!!」
俺は全身の力を振り絞り、アノードンを持ち上げ、教徒Aと教徒Bめがけてアノードンを放り投げた。
「え?ちょ、キャーーーーーー!!」
アノードンは教徒A・教徒Bにまとめて直撃した。
「ふきゅ~」
アノードンをくらった教徒Aと教徒Bは気絶したのか、間抜けな声を最後に静かになった。
アノードンもダメージがあるらしく、しばらく立ち上がりそうにない。
「よし! 孝太郎! いま助け……」
孝太郎の救出に向かおうとしたとき、庭の外の道路にトラックが止まるのが見えた。
トラックから降りたドライバーは、荷台から荷物を降ろそうとしている。
パソコンが届いたのではないか?
「孝太郎、もう少し待ってろ! パソコンが届いたっぽい」
「おい! パソコンなんてどうでもいいだろ! 先に助けろよー!」
俺は孝太郎の叫びを無視してトラックへと走り、ドライバーの男性に話しかけた。
「あの、もしかして、うちに荷物を届けに来てくれたんですか?」
「ええ、そうですよ。ここにサインいいですか?」
「あ、はい。いや~待ってましたよ~」
このやり取りの間にも、後ろで孝太郎が叫び声をあげている気がする。
「なんかお取り込み中のようですが、この荷物は家まで運んでいいのでしょうか」
「あ、庭の隅っこに運んでもらっていいですか。俺も手伝います」
「いえいえ、お手伝いは結構です。台車があるので、乗せていきましょう」
ドライバーは台車にパソコンを乗せる作業に取り掛かった。
「はるとー! 急いでくれー!」
後ろで孝太郎の叫び声が聞こえてくる。
それが聞こえたのか、ドライバーはこちらに心配そうな顔を向けてきた。
「あの、急いだほうがいいですか?」
「ああ大丈夫です。あいつ、体はかなり頑丈なんで」
「そうですか。あの、もしかしてこれも仕事のうちですか?」
ドライバーは小声でそんなことを聞いてきた。
「そういえば、この街の配達関係はうちの機関の人間がやってるんでしたっけ」
「ええ、私も最近この仕事に配属されました。前の人が心の病で休職してしまって……」
「そ、それはかわいそうに……。あなたは頑張ってくださいね」
「あなたの庭で起こっている光景を見て少し不安になりました。前の人が病んでしまった原因の片鱗を見た気がします」
「…………」
実際は多分こんなもんじゃないですよと言いそうになったが、我慢した。
この人は人が良さそうなので、長く続けてもらいたい。
「それにしても、この荷物、結構大きくて重いですけど、差し支えなければ何が入っているか教えてもらっても?」
「パソコンが入ってるんですよ。自作パソコンなので、大きめなんです」
「そうなんですか。これだけ大きいと、やっぱり記憶領域の容量も大きめなんですか?」
「ええ、世間一般から見ても、かなり大きい部類だと思います」
「そうですか。容量が大きいのは当然、AVをたくさん保存するためですね?」
「え? ……い、いえ。うちではAV鑑賞は極刑に値するので全く保存されていません」
「AV鑑賞は極刑ですか……それは難儀ですね。私なんか、パソコンの容量の大半をAVが占めています。最近では容量が足りなくなって困っているんですよ」
「そ、そうですか」
なんとなくだが、この人はこの街で長続きしそうな気がする。
そんな話をしながらパソコンを運んでいると、いつの間にか目的の場所にたどり着いていた。
「あ、ここでいいです」
「はい、じゃあ降ろしますね」
「あ、手伝います」
俺とドライバーは二人でパソコンを台車から降ろした。
「ありがとうございました」
「いえいえ、では、また荷物があれば配達に伺います。機会があれば、自作パソコンの組み方をぜひ教えてください」
「ええ、機会があれば教えますよ」
「それはありがたい。では」
そう言ってドライバーは立ち去った。
なんというか、個性的な人だったな。
「はるとーーー!」
忘れていた! 孝太郎を助けなくては!
俺は孝太郎のもとへ向かってダッシュした。
「どりゃあああ!」
孝太郎のもとに駆けつけた俺は、カソードンにとび蹴りをかました。
カソードンは吹っ飛び、俺はパートナーを救出した。
「孝太郎! 大丈夫か!?」
「……もう……ダメだ……」
「頑丈さだけが取り柄の孝太郎がここまで弱るとは! なんてひどいことをするんだ、あの野郎は!」
「……お前もけっこうひどい行動をとっていたがな……ガクッ」
「こうたろーーー!」
孝太郎は力尽きてしまった。
周りに目をやると、アノードンとカソードンが起き上がり、反撃の機会をうかがっていた。
「くそ! こうなったら二人まとめてかかってこい!! このあと野球のナイター中継を見ないといけないからな。試合開始時間までに片付けてやる!」
その後、激しい戦闘の末に俺はアノードンとカソードンを撃退した。
そして現在、ボロボロになったアノードンとカソードンが気絶した教徒Aと教徒Bを担いで撤退しようとしている。
「はぁ……はぁ……これに懲りたら、もう来るんじゃねえぞ!」
俺の警告が通じたのか通じてないのか分からないが、アノードンとカソードンはこちらを見ながら撤退していった。
「いま何時だ? 18時30分!? もう野球始まってるじゃねーか!」
俺は急いで家の中に駆け込み、野球観戦を始めた。
「あー! だから早く交代しろとあれほど……。なんでこんなに先発を引っ張るんだ!」
「おい、遙人。野球観戦を楽しんでいるところ悪いが、何か忘れていたことがなかったか? よく思い出してみなさい」
激闘が終わってからしばらくたった後、俺が熱心に野球観戦していると、後ろから孝太郎の声が聞こえた。
「あ! パソコン、庭に置きっぱなしだった!」
「お前の中では友人よりパソコンの方が優先度が上なのか……?」
「そういえば、孝太郎も庭に置きっぱなしだった」
「軽い感じで言うな! お前、俺をなかなか助けなかった挙句に置き去りにしやがって! 目が覚めたら目の前にいた犬が、かわいそうな人を見るような目で見ていたぞ!」
「まあまあ、酒を飲んで落ち着け」
俺は飲みかけの缶ビールを指差して勧めた。
「酒って……俺が飲みかけてたビールしか残ってないじゃないか。他は全部飲んだのか?」
「ああ。あんなことがあった後だから異様に酒が進んでしまってな」
「……疲れたから帰る」
「おう、帰り道に気をつけろよ。マジで」
俺がそう言うと、孝太郎はピタリと動きを止めた。
どうやら、街中を歩くことがどれほど危険かを思い出したようだ。
しかも、今は夜なので、更に危険かもしれない。
「……今日ここに泊まっていていいかな?」
「ダメだ。寝床はベットひとつしかない。それにお前、着替えとか持ってきてないだろ。明日その格好で教師として学校に行くつもりか?」
「じゃあ、俺の家まで一緒に帰ってくれないか?」
「却下だ。帰り道は俺一人じゃないか」
「じゃあ、俺はどうすれば……」
「変なやつに遭遇する余地を与えないほど速く、家までダッシュすれば大丈夫だ」
「ちくしょう! こんなに疲れているのに家までダッシュとか、何の罰ゲームだ!」
孝太郎はしばらく考え込んだが、それしかないという結論に達したのか、玄関へ歩いていった。
俺は玄関までは見送ることにした。
「そういえば、明日から俺は教師で、お前は生徒なんだよな」
玄関で靴を履きながら孝太郎はそう言った。
「ああ、そうだが。今更どうした? お前のほうが年上ってことだから、敬語を使えということか? 非常に不愉快だが、仕事ということもあるし、ちゃんと敬語を使うつもりだ」
「教師にタメ口を使う学生も居るし、そこはあまり心配していない」
「じゃあなんだ?」
「さっき宗教の連中の相手をしたとき、俺達はそこらへんを忘れて普通に接してたけど、大丈夫かな……。教師と生徒が同じ家にいるところも見られてしまったが」
「……大丈夫じゃないかな、たぶん。なんか勧誘のことしか頭に無い感じだったし。いざとなったら、親戚ってことにすればいいんじゃないか?」
「まあ、そうだな。それに、俺が今悩むべきはそんなことじゃなかったな。家まで無事にたどり着けるかを心配するべきだったな」
「その通りだ。無事を祈る。マジで」
「ああ。じゃあ行ってくる!」
孝太郎はものすごい速さでダッシュしていった。
俺はそれを敬礼しながら見送った。
野球観戦を終えた後、風呂に入った俺は、すぐさまベットに向かった。
いろいろありすぎたせいで、異様に眠かったからだ。
俺はベットにもぐり、考えた。
俺の仕事ってなんだったけ?
疲れすぎて思考が鈍っているのかもしれない。
俺はこの街に来る前に上司に言われたことを思い出していた。