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第02話: 続く災難

 俺は現在、少女に引率され、女の子をおぶって運んでいる。


 かわいい女の子(自称)をおぶる行為というのは、傍から見れば羨ましい行為に思えるかもしれないが、俺は身の毛もよだつ思いでおぶっている。

 この光景が妻に知れたらと思うとゾッとする。

 さっきから変な汗が止まらない。

 妻に対するインパクトは女の子に手を握られていた光景の比ではないだろう。


 妻とはこの街で一緒に住む予定だが、妻は今、前に住んでいた部屋を引き払う作業や引越しの手配などをするため、まだこちらには来ていない。

 この街での仕事を告げられたのがかなり急だったため、俺だけ先入りしたのだ。


 だが、近くにいないからといって油断できない。

 妻は俺の女性関係に関してはかなり敏感である。

 それが県外であろうが国外であろうが他の惑星であろうが、俺の女性関係はまるで近くで見ていたかのような正確さで把握されることが多々ある。

 その確率は100%ではないにしてもかなりの確率だ。

 妻に知られる確率を少しでも下げるために、できるだけ変な噂が立つのは避けたい。


 しかし、他の人から見たら、これは何をしている光景に見えるのだろう。

 少女がいなければ、彼女をおぶっている彼氏か、女の子を誘拐している男に見えてしまうのではないだろうか。

 俺はそのどちらにも見間違えられたくない。

 その意味で、少女の存在はありがたい気がする。

 少女がいることで少なくとも犯罪とは思われないだろう。

 彼氏彼女には間違えられるかもしれないが、「しかし、なぜ少女が一緒に?」という疑問に思考が多少は逸れてくれるはずだ。


 1万2千円払った甲斐があった。


 あの後、できるだけ人通りの少ない道を通ってくれるよう少女に頼んだら2千円の追加料金を請求されてしまった。

 俺はそれを迷わず払った。

 いま歩いている道は確かに人通りが少ない。

 どうやら払った金額分の働きはしてくれているみたいだ。

 だが、それでも数人の住人は見かける。

 変に誤解されないことを祈るばかりだ。

 おっと、また軽率に祈りを捧げてしまった。


 先ほど決意したことをわずか数分で破ってしまった動揺を紛らわすために、少女と会話することにした。


「そういえばお嬢ちゃん。まだ名前を聞いてなかったね。名前は?」

(いずみ)このみ」

「俺は浅井遙人。このみちゃんの歳はいくつ?」

「女性に軽々しく年齢を聞くのはよくないよ」

「え……? うんん……。このみちゃんはまだそういうのを気にする歳じゃないと思うんだ」

「……5歳」


 このみちゃんはしぶしぶ答えた。


 言動がまったく5歳と思えないこの少女に、俺はさっきから聞きたいと思っていたことを聞くことにした。


「ところで、俺から巻き上げた1万ちょいのお金は何に使うのかな?」

「巻き上げたなんて人聞きの悪い。これは労働に対する対価なの。賃金と一緒なの」

「わ、わかった。じゃあその賃金は何に使うのかな?」

「貯金するの。今のご時勢、いつおとうさんやおかあさんが職を追われて路頭に迷うかわからないじゃない? そもそも今の職も収入は低めだし。だから、学費を払う余裕がなくなるかもしれない。そういうときの補填のために貯金するの。わたしにはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんはこの街の大学に行きたいみたいだから行かせてあげたいの」

「このみちゃんは本当に5歳なのかな?」


 5歳にしてはスケールの微妙に大きい話に俺は動揺を隠せなかった。

 幼い少女にしては金額が高いと思っていたが、こういうことだったのか。

 今の話なら、もっと巨額な要求をされてもおかしくなかったことに対して少しホッとした。

 しかし、このみちゃんはなんと言うか、そこらへんの大人よりしっかりしているなと少しだけ感心した。

 少なくとも俺がおぶっている女よりはまともな人間だと思われる。


 そんな話をしているうちに、その女の家らしき場所に到着した。


「わたしが事情を話すから、おにいちゃんはしばらくしゃべらないでね」


 家の人をどう誤魔化そうか悩んでいたが、どうやらこのみちゃんが誤魔化してくれるらしい。


「わかった」


 5歳の少女にリードされるのは非常に情けない気がするが、こっちはお金を払っているんだからと自分を納得させ、インターホンを鳴らした。


「はーい。あら、このみちゃんどうしたの? それにそちらのイケメンさんは誰?」


 家の中から出てきたのは母親らしき人だった。


「あのね、香織おねえちゃんがね、道端でお昼寝してたの。起こそうと思ったけど、『あと5分だけ……』とか言い続けて全然起きないの。このままだと風邪ひくと思ったから、たまたま通りかかったこのおにいちゃんに手伝ってもらって運んできたの」

「あらあら、香織ったら相変わらずしょうがない子ね。ありがとうね、このみちゃん」


 今の説明でこの母親は納得してくれたのか?

 ツッコミどころはいくつもあったように思うが。

 俺がおぶっている女は普段からそういう類の奇怪な行動をとるのだろうか。


「お兄さんもありがとうね」

「い、いえいえ、とんでもない」


 俺が殴って気絶させたわけなので、お礼を言われることに多少の罪悪感がある。


「…………」

「…………」


 なんだろう、この母親が俺の顔を無言で見つめてくる。


「あなた、なかなかのイケメンね。あなたが担いでいる私の娘を嫁にもらってくれないかしら」

「あなたは初めて会ったどこの馬の骨ともわからない男に娘を差し出すんですか?」


 冗談かもしれないのに思わず本気(マジ)ツッコミをしてしまった。


「顔がよければ大抵のことは問題ないわ。あなたみたいなイケメンが私の息子なると思うと……ハァンッ……」


 この母親は、手を頬に当て、顔を赤らめ、とろんとした目で官能的なため息をついた。

 この行動で察した。

 さっきの発言は冗談ではなく本気だ。


 長居しては危険と判断し、俺はとっとと背中の娘を置いて立ち去ることにした。


「じゃあ娘さんはここに置いておきますので」


 俺は玄関口に娘を降ろすことにした。


「あら、せっかくだから家にあがっていけばいいじゃない」

「結構です」


 母親の言葉を軽く受け流し、娘を降ろそうとした。


「うんん……まだおりたくない……」


 俺が降ろそうとした娘はそんなことを口走り、俺の正面に回している腕をギュッと締め付け、降ろされまいとしてきた。


「お前、起きてるだろ」

「……おきてない」

「よし起きてるな。起きてるんならさっさと降りろ」


 一体、いつから起きていたのだろう。

 そういえば道中、背後から妙な鼻息のような音が聞こえてきたが、そのときからか。


「え゛へへ~、おりたくな~い」


 この女は降りるどころか、足で俺をホールドしてきた。

 くそ! さっきと似たような状況になってしまった!

 そして、今回はさらに厄介な存在がいた。


「あらあら、香織もお別れしたくないみたいだし、やっぱり家に上がっていきなさいな。なんなら、二人きりになれる部屋を用意するわよ?」


 そう言いながら母親は俺の手を思いっきり引っ張り、家の中に引きずり込もうとしてきた。

 俺はもう片方の手で下駄箱を掴んで抵抗した。

 子供が子供なら母親も母親だな!

 しかもこの母親、娘と同様に力がかなり強い。

 油断すると一瞬で引きずり込まれそうだ。


「奥さん、俺はこの後どうしても外せない用事があるんです! なので早く解放してください!」

「まあまあ、そう言わずに! 私は二人がこれから家の中で過ちを犯して子供を作ってしまっても全然かまわないわよ。あなたにとっては子孫を残す絶好のチャンスなのよ!」

「奥さん! あなたはかなり危険な発言をしている! 娘さんの将来をこんな簡単に決めてしまっていいものではないでしょう! それに、俺は娘さんと事を起こす気など微塵もわいてこない! わかったらその手を離せやあぁぁぁ!!」

「私はハルトとの子がほしい~」

「親子そろってホントめんどくせえええ!!」


 この家に来て、ものの数分でこのようなカオスな状況となってしまった。

 この二人を思いっきり殴ってやりたいが、下駄箱を掴んでいる手を離せば殴る前にとんでもないことをされる気がする。

 この窮地を脱する方法を考えていると、俺を引率してきた少女が目に入った。


「このみ様! お願いします! 助けてください!」


 俺はプライドを投げ捨て、少女に全力で助けを求めた。

 それを聞いたこのみちゃんは何かを考えるような素振りを見せた後、手のひらでパーを突きつけてきた。

 待ったという素振りではなく、お金の数値を表していることを一瞬で理解した。


「5千円か!?」


 このみちゃんはコクンとうなずいた。


「よし、わかった! 払うから助けてくれー!」



 その後、俺はこのみちゃんのおかげで窮地を脱した。

 このみちゃんが変態親子に「おにいちゃんを解放しないと、あなたの旦那さんに二人が男を連れ込もうとしたってバラすよ?」と言ったら嘘みたいにおとなしくなった。

 あの二人をあそこまでおとなしくさせる、この家の旦那さんはどんな人なのだろうか。少しだけ興味がわいた。

 もうこの家には関わりたくないけど。


 そして現在、娘が起きたため、付き添う必要のなくなったこのみちゃんと家の外に立っている。

 はあ……、非常に疲れた。

 そして喉がかなり渇いた。何か飲みたい。というか、酒が飲みたい。

 コンビニにでも行きたいが、場所が分からない。


「このみちゃん、この近くにコンビニとかないかな?」

「あるよ」

「じゃあ連れて行ってくれないかな。案内料はおいくら?」

「サービスにしとく」


 俺はその言葉に、この街に来て初めて人の良心というものを感じた。

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