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第01話: 到着早々の災難

「また明日な~」


 今日から赴任する街に到着し、俺は車で送ってもらった同僚と別れた。

 そして俺は今、これから住む家の前に立っている。


 新しく住む場所の第一印象は、家の前の空間が無駄に広い。

 塀から家の建物までの間に、ただ背の低い草が一面に生い茂っているだけの空間がある。

 建物の敷地以上の面積があるんじゃないか?

 これは庭なのだろか。

 塀が邪魔して車を入れることもできない。

 車は持っていないので別にいいのだが。

 その庭の先に建っている家は2階建てのごく普通の家だ。

 庭の大きさとのギャップがひどい。


 その家に入ってみると、家の中は思っていたよりかなりキレイだった。

 だが、家の内装よりも先に目に付いたのは玄関を入ってすぐのところに佇むカバだった。

 等身大のカバがこちらをじっと見ている。

 もちろん本物ではなく作り物だが、なぜカバなのだろう。

 家の間取り図を見たとき玄関が微妙に広いと思っていたが、カバを置くためだったのか。

 

 俺はそれ以上考えるのはやめ、カバの傍に荷物を置くと、さっそく街の探索に出かけた。

 これからしばらく暮らすことになるこの街を、歩いて見ておきたかったからだ。


「意外と普通の街だな」


 ここに来る前に、上司が「自制しない変人が多い」みたいなことを言っていたから嫌な予感がしていたが、第一印象はよくある街といった感じである。


 少しだけホッとして街を眺めながら歩いていると、曲がり角で走ってきた女の子とぶつかった。


「あたっ!」


 俺にぶつかった高校生くらいの女の子はそんな声を上げ、尻餅をついた。

 俺は少し体制を崩されたが、転ぶほどではなかった。


「大丈夫ですか?」


 俺は女の子に声をかけた。

 だが、手は差し伸べない。

 自分で立てるだろう。


「あたた……大丈夫です。あの、ちょっと手を貸してもらえますか?」


 予想に反して手を差し伸べないといけないらしい。

 気が進まないが、余所見をしていた俺にも非がある以上、手を貸さないわけにもいかず、しぶしぶ手を差し出した。


「ありがとうございます」


 女の子はそう言って俺の手をつかむとゆっくり立ち上がった。


「…………」

「…………」


 女の子が手を離してくれない。

 もう完全に立ち上がったので手をつかむ必要はないのに、目の前の女の子は俺の手を握り締めたまま顔を見つめてくる。


「あの、手を離してもらえます?」

「あなた、見たところ私と同じか少し上くらいの歳に見えますけど、高校生ですか?」


 俺のお願いを聞かず、女の子はそんなことを聞いてくる。


「手を離してくれたら答えます」

「答えてくれたら手を離します」


 この女の子は俺の手をつかみ続けることに何を見出しているのか。

 俺は質問にさっさと答え、手を離してもらうことにした。


「明日から高校生です。明日、この街の夷津手東高校に入学します。さあ、答えたんだから手を離して――」


 俺が言い終える前に、目の前の女の子はパァと表情を明るくし、テンション高く語りかけてきた。


「えー! すごい偶然ー!! 私も明日同じ学校に入学するの! まさかの同い年!? 同じ高校に入学する二人がこうして出会うなんて、これってすごい奇跡じゃない?」


 なんていらない奇跡だ。

 できれば、この女とは二度と会いたくないと思い始めていたところなのに。


「わかったから、まず手を離し……」


 俺が手を離せという前に、この女は手を放すどころか、もう片方の手を仲間に加えて両手で手を握ってきた。


「あなた、名前は?」

浅井遙人(あさいはると)

「私は花咲香織(はなさきかおり)! よろしく!」


 反射的に名前を答えてしまい、よろしくされてしまった。

 

 もうこれ以上は付き合っていられない。

 両手で手を握られたこの光景ですら、妻に知られたら危険だ。

 俺は握られた手を振り払おうと、思いっきり手をブンブン振ったが、こいつ、女のくせに力が強く、まったく手が離れない。


「すごい激しい握手だね」


 握手に間違えられる有様である。


「これは握手じゃなくて、あんたの手を振り払おうとしているんだ。なあ、いい加減手を離してくれないか? 俺の信頼と命に関わるんだ」

「あはは! なにそれ! ハルトって冗談がうまいね!」


 冗談なんかではないのだが。

 この光景が妻に知れれば、俺を慕ってくれる妻の信頼が揺るぎ、場合によっては処刑されるかもしれない。

 高校生を装っている以上、妻がいると言えないのが実に歯がゆい。


 このやりとりの間にも俺は手を振りほどこうと必死に努力しているが、手は全く離れない。

 これはハッキリ言わないとダメだ。


「手を離してくれ。正直、気持ち悪い」


 正直にハッキリ言ってやった。

 これを聞いた女は、俺の顔を上目遣いで見てきた。


「手を握ってたの迷惑だった?」

「すっっっごく迷惑だ!」


 むしろ、さっきの発言を聞いて迷惑じゃないと思うこの女はどうかしている。


 俺の強めの抗議が効いたのか、女は若干うつむいた。

 これでようやく手を離してくれると思いきや、この女は再度俺の顔を見上げてきた。

 その顔には全く動揺の色が見られない。


「わかった! じゃあ一緒に食事に行こう!」

「おっと、何もわかってないね」


 そして俺も意味が分からない。

 先ほどまでの会話の流れでなぜ食事をに行くという結論になるんだ?


「私がおごるからさ! あっちのほうに私のお勧めの店があるの」

「お断りします」


 俺は女があっちと指差した方向とは逆方向に強引に歩き出した。

 しかし、この女は俺の手を、またその逆方向に引っ張って抵抗してくる。


「いいじゃん、食事くらい!」

「よくない!」


 この女にとってはただ男と食事に行くだけかもしれないが、俺にとってはそれが最後の晩餐になるかもしれないのだ。

 そんな壮絶な覚悟をもって、こいつと食事をする理由は全くない。


「こんなかわいい女の子の誘いを断るなんてもったいないよ!」

「自分でかわいいとか言うな!俺はお前がかわいいとは思わない!」

 

 俺は現在の妻と付き合いだしてから他の女性の大半がカカシにしか見えなくなった。

 へのへのもへじのカカシとまでは言わないが、人間に頑張って似せようと作った、あのカカシみたいなものだ。

 なので、世間一般から見ればどうかわからないが、俺はこの女がかわいいと思えない。


 そんな俺の内心を知らないこの女は手を引っ張りながら粘る。


「かわいいと思えないのは会ったばかりだからだよ! これから一緒に行動すれば、あなたの私に対する好感度は急上昇するはずだよ!」

「今、こうしている間にも俺のお前に対する好感度は急降下している! 壊滅的な好感度になる前にその手を離せ!」


 そう言ったものの、すでにこの女に対する好感度は壊滅的だ。

 

 と、さすがにこの女も一連の攻防で疲れたのか、手を握る力が緩んできた。

 いける!

 俺が思いっきり手を引っ張ると、女の両手からスルッと手が抜け、ようやく俺の手が解放された。

 俺はすぐに逃げようとしたが、この女はあろうことか、俺の腰に後ろからまとわりついてきた。


「おい! お前なにやってる!離せ!」


 俺は清水の頭をグイグイ押したり、腕を力ずくで解こうとするが、なかなか解けない。

 この女の細い体のどこにこんな力と体力があるんだ。


「一緒に食事に行くまで離さないよ~」


 こいつは俺と食事することに何を懸けているんだ。

 しかもこの女、なぜかさっきより顔がすごくうれしそうだ!

 よだれ垂らしてるし。

 なんか怖い!


「よし分かった! 俺よりもいい男を紹介してやる。何なら、今からその男の家に行って会わせてやる。そいつと一緒に食事を楽しんでくるといい!」


 その男とは、先ほど別れた俺の同僚である。

 俺は同僚を生贄に捧げ、この窮地を逃れようとしたが……。


「あなたよりいい男なんてそうそういないよ! 私はハルトと食事に行きたいの!」


 俺の交換条件はあっさり却下された。

 しかたない、妥協案を提示してみよう。


「よしわかった、こうしよう。その食事をする店まで一緒に行こう。ただし、俺はお前の10mくらい後方を歩くから。そしてその店に着いたら俺は帰るから、お前だけ店に入って心置きなく食事を楽しんでくれ」

「なにそれ! 意味わかんない! 一緒に食事に行くって言うのは、食事をする場所まで一緒に歩くって意味じゃなくて、一緒にゴハンを食べるって意味だよ! そもそも、そんなに離れて歩いたら一緒に歩くとも言えないし!」


 妥協案も一蹴されてしまった。

 最大限の譲歩だったのだが。

 

 こうなったら、観念するフリをして隙を見て逃げよう。


「よし、俺の負けだ。一緒に行ってやるから離してくれないか?」


 俺はあきらめたように抵抗をやめた。


「え!? ホントにー!?」


 俺が観念したと思った女は俺から腕を離した。

 よし、今だ!

 俺はすぐさま走り出そうとした。

 しかし、逃げ出すより先に、女に手を掴まれた。


「ぐを!」


 走り出そうとしていた俺は後ろに引っ張られる形になった。

 それにしてもこいつ、なんて反応してやがる!


「え゛へへ~、逃がさないよ~」


 そう言いながら女は不適な笑みを浮かべている。

 変な悪霊に取り憑かれた気分だ。


「なあ、逃げるくらい嫌がってる男と食事をして楽しいのか?」

「嫌よ嫌よも好きのうちっていうじゃない。嫌がってるように見えて、実は照れてるだけなんだよね? この照れ屋さん!」


 この女を本気で殴りたくなってきた。

 悪霊みたいなもんだから、退治してしまっても構わないよな。

 しかし、街に来て早々トラブルを起こすのは……。


「そうだ! チューしよ! チューしちゃえば手を繋いだだけで照れることなんてなくなるよ! というわけで、ん~」

「ふん!」

「ぱぎゅ!!?」


 唇を近づけようとしてくるこの女に俺は腹パンを食らわせた。


「ぷぇ~……」


 俺の拳を食らった女は間抜けな声を上げながらパタンと倒れた。

 どうやら気絶したらしい。

 我慢できずに殴ってしまった。

 いや、もっと早くこうしているべきだったのか。

 もうすでに誰かに見られて、よからぬ噂が立っているかもしれない。


 神様、どうかさっきまでの光景を誰も見ていませんように……。


 俺が神に祈りを捧げていると、後ろから服をクイクイと引っ張られる感触がした。

 振り返ると、幼稚園くらいの少女が俺の顔をじっと見つめていた。

 どうやら、神様はイタズラ好きらしい。

 さっそく目撃者らしき人物があらわれた。


 その少女は屍となった女をチラリと見たあと俺のほうに向き直り、口を開いた。


「強姦するの?」

「おっとぉ! お嬢ちゃん? エグい言葉を知っているね~。それは君のような幼い子供が使っていい言葉じゃないんだ。今後、封印しなさい。あと、強姦しないよ」


 突然とんでもないことを言い出した少女に、俺は笑顔で諭すように言った。

 少女はなにかを考えるような表情をした後、また口を開いた。


「犯すの?」

「おおぅ! 若干マイルドになった気がするけど、意味は変わっていないね。その言葉も封印するように。あと、犯さないよ。お嬢ちゃんは俺をどうしても性犯罪者にしたいのかな?」

 

 どうも幼女らしからぬ変な方向に勘違いしているようだ。

 この少女は一連のやりとりを見ていたわけではなく、たった今来たばかりなのか?


「お嬢ちゃんは俺とあそこで倒れてる女のやりとりをどこから見ていたのかな?」

「おねえちゃんがおにいちゃんにまとわりついてるとこから」

「そこまで見たのなら分かるだろう? 俺はしつこくまとわりついてくる悪霊のような女を退治しただけなんだ。むしろ俺は被害者なんだ。」

「たとえ事実がそうでも、わたしが警察におにいちゃんがおねえちゃんを力ずくで犯そうとしてましたって証言すれば、おにいちゃんが疑われるよ? おねえちゃんがしつこくまとわりついてきたから殴って気絶させたって話より現実的だもん。それに、わたしってこの辺りではすごくかしこい女の子って有名だから、わたしの証言の力ってあなどれないよ。逮捕されるまではいかなくても変な噂がたって、街中を平気で歩けなくなるよ」

「よしわかったお嬢ちゃん!なにが望みだ!」


 俺はいつの間にか少女に脅迫されていた。

 これまでのエグい発言は、この脅迫の布石だったのか。


 俺が脅迫に折れたと見て、少女は要求を伝えてきた。


「いちまん」

「え?」

「1万円」


 どうやら金目当ての脅迫らしい。

 よかった、女がらみの卑猥な要求じゃなくて。

 いや、全然よくはないのだが。

 大の大人が、幼い少女に脅迫されてお金を払うというのは大人のプライド的にどうなのだろう。

 俺が悩んでいると、それを見透かしたように少女が言った。


「これは脅迫じゃなくて協力の提案なの。わたし、このおねえちゃんの家を知っているから、家までおねえちゃんを運ぶことができるよ? おねえちゃんの家族におねえちゃんを運んできた経緯を聞かれたら話をあわせてあげる。さっきも言ったけど、わたしの証言はけっこう力があるの。あと、おねえちゃんが目覚めるまでおねえちゃんのそばにいてあげる。で、おねえちゃんが目覚めたら、おにいちゃんが殴ったことが他の人にばれないように、いい感じに言いくるめてあげる」


 つまり1万円はその協力の手間賃ということだそうだ。

 それなら仕方ない気がしてきた。

 お小遣いをあげるようなものだ。ちょっと高い気はするけど。

 幼女の癖になかなかあざといではないか。

 そう思いながら俺は財布から1万円を取り出し、少女に渡した。


「まいど。じゃあ家まで運ぶからおねえちゃんをおんぶして」

「え?おんぶするの?俺が?」

「当たり前でしょ。こんなちっこいわたしが担げるわけないでしょ?おにいちゃんバカなの?」

 

 おお神よ……あなたは残酷すぎる。


 俺は今後、軽はずみな祈りはしないようにしようと思った。


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