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左手


「どこか痛むのですか」


優しく語りかける彼の声色は、私を本当に心配してくれているのだと分かる。

やや強めに首を振った。

現実に戻され、慌てて顔を拭うと、顔の穴という穴からたくさんの分泌物が放出されているため、ねちょりと糸を引いた。

急に恥ずかしさがこみ上げ、顔を伏せる。

私の無様な姿をみた彼は、小さく声をたてて笑うと、


「よかったらうちに来ませんか」


という言葉と共に立ち上がった。

私が地面に座り込んでいたため、しゃがんだ彼の膝元も土で汚れていた。それを軽く左手で払い除け、右手をこちらに差し出す。


「…………1人で、立てるのでっ、だ大丈夫……です」


声が上手く出なかったがなんとか言葉を紡いだ。


「それに……手、汚いので……」


どちらかといえばこちらが本音だった。涙やら鼻水やらを拭き取った手は、もう乾いたとはいえ、綺麗とはいえない。

すると彼は少し考えこむと、右手を引っ込め、左手を差し出した。


「こちらなら、おあいこです」


掌は少し土で黒ずんでいた。

私が戸惑っていると、じっとこちらをみつめたまま待っている。

彼の視線に耐えられなくなった私が、彼の手をとるのにあと20秒後。


これが私の物語の始まりだ。


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