存在
口の中が異様に乾いている。
水を求め辺りを見回すが、目に映るのは風に揺れる草花ばかりだ。止まっていても仕方がない、そう思い改札を出た。
頼りないスマートフォンをポケットに押し込んで。
「……ってか大体なんでこんな所に駅なんてあるんだろ?
都会ぐらしに飽きた人とか住むのかなぁ~」
声は静かに空気に溶けていった。先程から独り言ばかり口にしている。一人ぼっちがこれほど心細いとは思いもしなかった。
出来るだけ前向きを心がけようと、自然を楽しむ、くらいの気持で歩いていた。
すると少し先に小さな集落が見えた。
「……あれ電車から見えたやつかな」
電車が来るまでの待ち時間、あそこでなら、飲み水の確保や、寒さを凌ぐことも可能である。
「とりあえずいってみますかね」
人恋しくなっていた私にとって一筋の光が差した。
重い足取りが、少し軽くなる。
集落の近くにくると、ここが入口だと言わんばかりに、木の看板が建っていた。根元は腐り始め、今にも倒れそうなほど傾いている。
[鬼游村]
「きゆうむら?……おにあそびかな?どのみち聞いたことないな」
気になって、看板の裏側にまわってみるとそこには別の名が書いてあった。
[美娘村跡地]
「あれ、こっちは違うこと書いてあるし……美娘村……んー」
自分の知識の無さが情けない。しかし進むしかない私にとって、名前など関係ないと開き直り、再び歩き出した。
文献などにのっていそうな古びた建物が連なるこの集落は、どこか居心地の悪い気味悪さがある。
のどかな田舎暮しに憧れたこともあるが、これがその代表だというならば、一生住まなくてもいいと思えた。
すると目の前から、こちらに向かってくる男女が見えた。男はいかにも畑帰りという格好をしており、あちこちが土で汚れている。顔についた土を女が手にした布切れで拭っていた。
そこで、私は、微笑ましいはずの光景になぜか違和感を覚えた。
2人の顔からしてまだどこかあどけなさの残る若者にみえた。なのに服装がやけに地味で、時代錯誤であったのだ。
「あの……すみません」
勇気を振り絞り、声をかけたが、村人達はにこやかに談笑したまま、こちらに目もくれない。
何度か呼びかけてみたが視線が交わることはなかった。
まるで自分が存在していないみたいだ、と思った。
不安や恐怖が押し寄せ、足が震える。自分は死んでしまったのだろうか。電車の事故かなんかに巻き込まれて、気づいたら行き場を失った生霊となってしまったのではないか。
そんな非科学的なことを考えた。
目がじわりと熱くなる。呼吸も思うようにいかない。喉が痛い。胃が暴れだす。
視界が歪んでいる。涙だけは流したくない。そう思えば思うほど、瞳はたっぷりと雫に浸かっていった。
溢れ出してからは止まることはない。あんなに乾いていた喉からたくさんの分泌液が出て、口から吐き出されると、土の中へと逃げていった。
誰のものとも知れない声が耳に入る。獣の唸るような低い声。
それが自分のものだと気づくのは、別の声が私を呼んだからだ。
「どうかされたのですか?」
反射的に顔を上げた。それはそれは醜い顔であったはずだが、彼は気にも止めずゆっくりと私に近づいてきた。
涙で視界が曇っているが、それでも彼が美しいことだけははっきりとわかった。
血の通ってなさそうな白い肌。腰まである手入れの行き届いた長い髪。
艶っぽい赤い唇が映えていて、女性と間違えるほどの美しさだ。骨格や声から男性だと分かるが、見間違えてもおかしくはない。
呆気にとられていた私はじっと彼を見つめていた。
すると微笑を携えている彼の口が再び開かれた。




