ある日の終わり
その後目を覚ましたのは日が沈みきってしまって、みんな床で寝静まった時間。私は縁側でそのまま寝ていたみたい。毛布が掛かっているのはきっとお姉さんのお陰。
毛布がとても優しくて、暖かくてもう少しここにいようと思った。不思議と酔いは醒めていた。
やはり私は山の淵を見つめる。今度は殆どはっきりしない姿の所為か直ぐに溶けてしまう様な気分になった。しかし私は唐突に怖くなった、きっと晴れ間に出るのが怖い。
きっと私は動くことが根本的に好きじゃないんだろうな、なんて何故か思った。
「あら、起きたの?おはよう。紅茶かココアでも飲む?」
気づくとお姉さんの顔が上から私を覗いていた。しばらく見とれてからココアがいいです。と絞り出した様な声で伝えた。
不思議なことにまだお姉さんの髪はびたびたに濡れていた。
「髪の毛…濡れてますよ?乾かさないんですか?」
なんだか触れてはいけない部分な気がした。
「そうね…濡れているのが好きなのよ、私は。」
そう言って美しい笑みを返した。水気の多い唇に潤っている瞳はそのどこからも瑞々しさを思わせた。両生類のような雰囲気の人だなぁとぼんやりした頭で思った。
白いカップに茶色の粉が入れられていく。いつの間にかお姉さんはココアを作る準備が整わせていた。水と砂糖を足して、かき混ぜる。ミルクを足して暖める。うん、いい匂い。
出されたココアは私の血液に溶け合ったように全身を温めた。寝起きの身体にはすごく馴染む。
「どう?美味しいかしら。」
「えぇ、すごく。温まります。わざわざありがとう。」
ふふっ、と品のある笑みを私に見せると、お姉さんはココアを飲むのを黙って見ていた。観察されているようで落ち着かない。
ココアを飲み切った後、不意にお風呂に入っていないことに気がついた。
「あの…こんな時間でもお風呂に入るのは良いんですか?こんな夜遅くに入ったことなくて。」
なんだか少し恥ずかしくなる。聞くは一時の恥。
「あらあら健康でいいこと。大丈夫だと思うわよ、あなたがしたいようになさい。」
「それは良かったです。では、お水を浴びて就床することにします。ごめんなさい、お姉さん。最後まで付き合えなくて。」
「私もさすがにもう寝るわ。これで最後にするわね。」
そう言うとくびっ、と最後の一杯を飲み干した。
「お酒とココアご馳走様でした。楽しかったです。では、また。」
「またね。」
手を振り合って、お姉さんとは別れた。お姉さんは少し悲しそうな顔を覗かせた気がした。
金属の階段がやけに身体と心に染みる。心身ともに青く染まってしまいそうな気がした。
コックさんがいつもいる食堂は薄暗かった。壁にあるランプがほのりと部屋を照らしているけれど、それだけ。なんだか薄気味悪い。少し早足で扉まで行き、扉を開く。引き戸なので音を立てまいとしていたけれど、カラカラと音が鳴った。
赤い絨毯は暗闇でも存在感を放っていた。私は初めて絨毯に嫌悪感を抱いた。なんだか責め立てられている気がした。
部屋の奥まで入ってもう一度扉を開くと脱衣所。先客は居なかった。大浴場もあるけれど、そんな気分ではない。
纏っていた布を脱ぐ。私にとって服は肌を隠すための布。ここには鏡がない。理由はわからないけれど、私の身体はとても醜いから嬉しいこと。
水を浴びながらこんな身体、洗う価値もないや。なんて思う。お皿を洗う方がよっぽど価値のあることだ。お皿はピカピカになって人の役にたつけれど、私は輝くわけでもなければ人の役になんて立たない。
布を纏って、寝室へ戻る。やはり絨毯は私をなんだか責め立てる。お酒が悪かったかな、なんて思いながら木の梯子を上った。金属の階段とは違って少し優しい気がした。
こうして私は一日を終えました。
読者様が少ないのは投稿数が少ないからか、ペースが遅いからか、はたまた面白くないからか。溜めておいてから放出していくべきだったなぁ、なんて思いますね…今更。