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機械仕掛けの魔導王  作者: 夢兎
序幕 機械仕掛けの魔導王
16/20

0015 だが、あえて言おう。


「【Firrrrrrrrrrrrrrreeeeeeeeeeeeeeeee】!!」


 絶叫と言われても否定出来ないほどに、濁点混じりの声を張り上げた。


 それは反射的なもので、たとえば、そこに破壊しなければならないものがあったとか、危機的状況に陥ったとか、そういうことは全くない。


 ただ、ひたすらにこのどうしようもない感情を叩きつけたかった。


 幼子の癇癪と変わらないその行動によって、辺り一面を更地に変えた俺の心に残ったのは、後悔と喪失感、広大な森一つを丸々消し飛ばして尽きることのない怒り。


「【Fire】ッ!」

『エネルギー残量が不足しています』

「【Fire】ッッ!!」

『エネルギー残量が不足しています』

「あぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああ゛あ゛あ゛っっっ!!」


 今までにない勢いで拳を叩きつけると、まるで隕石でも堕ちたかのように地面が陥没した。それでも満足出来ず、何度も、何度も、拳を振り下ろす。


 そして、なんとなく空が高く感じた頃、ようやく俺は仰向けに地面に倒れたのだった。これだけの大惨事が起きてもなにも変わらない青空を眺めながら、小さくなった怒りに比例して肥大化する喪失感に抗えない苦しみを覚える。


 なぜ、こうなったのだろう。


 結果としては、思っていたよりも悪くはない。


 けれど、それならどうして——


「どうして、俺なんだ……っ!」


 あのとき、俺が、先に助かろうとしていれば、今、ここにいるのはフィーアだったはずなのに。


「どうしてっ」


 問う。


「どうして……っ」


 問い続ける。


「どうして……!!」


 返ることのない問いを。


「なんでっ、爆発しねぇんだよっ!! ——【Fire】ッ!」


 青白い光線が雲を散らして飛んでいく。これだけの回復スピード、一度でも使い切ったのはさっきが初めてだった。というか、限界があることすら知らなかった。


「【Disarmament】」


 すうっと、空気に解けるように消え去った主砲を確認して、顔を腕で覆った。


「なんでだよ……」


 俺の問いに、やはり答えは返らない。


「帰らねぇと……」


 向こうの世界に。必ず。そう約束したのだから。こうして、生きているのだから。


 けれど、とりあえず、今だけは——


        × × × ×

 

 目を覚ますと、見知った顔が目に映った。


「ベルン、ハルトか……?」


 俺とそう変わらない年齢であろう彼は、金髪碧眼といういかにも西洋人な顔立ちで、俺より数段イケメンだった。なんだこいつ、腹立つな。


 なんで目覚めてまず目にするのが美女じゃなくてイケメンなんだ。


「ああ」

「死——そうか、あいつ、本当にお人好しだな……」

「貴様、今なんて言いかけた」

「いや、なにも」


 危ない危ない。よく考えてみれば、そんなことを言えるほどに俺はこいつと仲がよくない。というか、多分、嫌われている。


「そんなことより、よく素直に従ったじゃねぇか、よっと」


 身体を持ち上げて立ち上がると、ベルンハルトの他にあのとき一緒にいたであろう面子が並んでいた。やはりと言うべきか、あまり歓迎されているような雰囲気ではない。


「主の命に従うのは、騎士の役目だ」

「はっ、お堅いねぇ……」

「そして、主の間違いを正すのも、騎士の役目だ」

「なるほど。それで俺をどうしようって?」


 剣の柄に手を置いたベルンハルトを流し見ながら、俺は嘆息する。一言で言えば、面倒くせぇ。


「俺と決闘しろ」

「嫌だね」


 考えるまでもなく拒否した俺に、ベルンハルトは鋭い眼差しを向ける。


「貴様に拒否権はない。助けてもらった恩はあるが、この短時間で取り入る手際、どこの出とも知れない素性、見逃すわけにはいかん」

「お前が見逃さなくても、俺は逃げ切れるぜ? お前らは相手を見る能力が乏し過ぎる。そんなんじゃそのうち死ぬぞ」


 俺の忠告を聞いて、ベルンハルトは悔しげに唇を噛んだ。


「俺が……俺が貴様に勝てないだろうことは、この惨状を見れば判断出来る」

「なら」

「それでもっ! ここで貴様に挑まないのは、俺の騎士道に反する。俺が、俺の決めたルールを破ってしまったら、それにもう未来を生きる資格はない。負けてもいいなどとは思っていない。勝つ確率がどれだけ低かろうとも、俺は貴様に勝つ」

「……無意味だ。冷静になれ、ベルンハルト。確率が低いんじゃない——確率がないんだ」

「俺を愚弄するか……!」

「そうじゃない。当たり前のことを言っただけだ。絶対なんて嘘くさいが、俺は俺が必ずと思うものにはあえてそう言うようにしている。だから、あえて、言おう」


 俺は、ベルンハルトの瞳を見据えて言い切った。


「お前は絶対に俺には勝てない」

「……っ!」


 こいつ自身も分かっているはずだ。言葉でいくら飾ろうとも、戦う前から負け腰なやつが勝てる道理はない。


「お前にどんな事情があるかなんて俺には関係ねぇよ。俺との戦いを逃げの理由に使うな。あいつは言ってたぜ、『ベルンハルトはそんな簡単に負けるような男じゃない』ってな」

「貴様に、なにが分かる……」

「分かんねぇっつってんだろ。……いい加減にしろ、俺は今、虫の居所が悪い」


 面倒くせぇ。面倒くせぇ。面倒くせぇ。最高にイライラする。どうして俺がこいつを説き伏せなきゃいけねぇんだ。意味分かんねぇ。


「……貴様があの方にとって有益であると判断出来るものがない」

「はっ、まだ建前を並べるか。俺があいつにとって有益かどうか判断出来る材料は今から手に入れて来てやるよ」

「信じろと?」

「信じろ。納得出来なきゃ決闘でもなんでもしてやるさ。……あまり自分の格を下げんな。お前のその行動が、主であるユリアの評価も下げていると気づくべきだ」


 僕の失態は主の失態だ。下にいる者が悪いのは、即ち主が悪いということになる。そんなこと、少し考えてみれば分かりそうなもんだが。


「俺とお前の間にはなにもなかった」

「なっ」

「俺もあいつには返しきれない恩がある。今回のことは黙っといてやるよ。お前の騎士道がどんな高潔なもんかは知らねぇが、この状況に騎士道なんてものがないことくらい俺でも分かる。やるなら、ユリアの前で、衆人環視のもとで、だ。そのときは、正々堂々、真剣勝負といこうじゃねぇか」


 俺の言葉を聞いて、ベルンハルトは了承の意を示すように柄から手を離した。


 なぜこんな無駄なことをしようとしたのか……本気で謎だが、別にそんな込み入った話をするほどの仲じゃない。俺は俺のやるべきことをしよう。


「お前らは先に帰れ。城の場所は覚えてるからな、俺は用を済ませてから向かう」

「……用?」


 訝しげな表情を見せるベルンハルトに、俺は微かに口元を緩ませながら答えたのだった。


「——恩人のところへ出向くのに、手ぶらってわけにはいかねぇだろ?」


 元の世界であればポーランドのビドゴシュチにあたる地点に、その城は建っていた。


 なにか細工でもしているのか、城全体がぼんやりと赤みを帯びており、随所に灯る火が城下町を明るく照らしている。


「にしても、気温が高いな……」


 事前にベルンハルトに聞いてはいたが、想像以上だ。この時期のビドゴシュチの最高気温は平均二十五度前後、高くても日中三十度いかないくらいだろう。それが、現在午後九時で三十五度。異常だ。


「炎の国か、なるほど」


 八つ当たりを済ませるとしようか。


 下降し、門の前に立つ。門の高さはおおよそ五十メートルはあるだろう。信じられない大きさだ、これを開け閉めしているのだろうか……と思ったら、脇に通用口らしきものがあった。まあ、そうだよな。


 夜間だからか、閉じられている通用口を軽くノックする。八つ当たり、とは言っても別に暴力ですべてを片付けようとは思っていない。


 そもそも、そんな方法で手土産を持ってこられても、あいつは渋面を晒すだけだろう。それではなんの意味もない。


 故に、俺は今回、一人も殺すつもりはない。


「すいませーん」

「身分証は」

「ないです」


 小窓のようなところから聴こえてきた声に簡潔に答えると、当然のように、


「身分を証明出来ない者を通すわけにはいかない」


 と言われてしまった。当たり前だった。……この世界の身分証、そのうち手に入れないとなぁ。


「ですよねー、じゃ、武力行使で」

「は?」


 疑問の声を無視して、石の扉を殴る。いや、この場合は、殴るというより、突くと言ったほうが正しいだろうか。事実、俺の腕は石の扉に突き刺さり、そのまま貫通した。


 こういう力加減は、一通りインプット済みである。基本的にほとんど殺して終わりな俺たちだが、たまに『無傷で拉致って来い』みたいな任務もあるのだ。


 ていうか、それ以前に、そもそも力加減を精密にコントロール出来るようにならなければ、俺たちの身体では日常生活で不都合があり過ぎる。


 貫通した先で指を曲げて、少し力を入れて引っ張ると、石の扉が音を立てて外れた。それを殴って破壊し、腕から外した後にゆっくりと通路内に侵入する。


「止まれ!!」

「は? 嫌だよ」


 街の中に入ると、活気の溢れる光景が瞳に飛び込んでくる。露天がいくつも並び、広場のような場所では道化師がなにか催し物をしている。俺も見に行きたいところだが、それはまたの機会としよう。


 のんびりと城に向かって歩いていると、後ろからわらわらと門の内部にいたであろう警備兵たちがやって来た。


 ……十二。思ってたよりも多いな。十二人も門兵が必要なのか? 兵が余っているのだろうか。


「動くな!」

「嫌だ」

「大人くしく捕まれ!」

「嫌だ」

「止まれ!」

「嫌だっつの……」


 聞き分けのない奴らである。新人か? まあ、落ち着けよ。


 周囲がざわめきに包まれ、野次馬と逃げ出す者とで二分されつつある中、俺はゆっくりと兵たちの装備を確認する。


 剣が五人、槍が二人、弓が二人、杖が三人。杖は魔法使いか、あいつの話じゃ、剣や弓を持ってても魔法が使えないとは限らないって感じだったが……。


「やるか?」

「…………」


 ジリジリと仲間と視線を交えつつ歩み寄ってくる兵は、俺の質問には答えない。が、答えないのが答えのようなものである。


 やられる前にやろうか。


 ——カンッと剣が落ちる音が響いた。


 続けざまに槍や弓、杖も地面に転がる。そのどれもが、もはやその原型を留めてはいなかった。


 なにが起きたのか分からない、と言った顔で呆然とする彼らの横を悠々と通り過ぎながら、俺は鼻歌を歌う。


 久々の縛りプレイに、すでに怒りも霧散し、口元が吊り上がっているのが自分でも分かる。


 やっぱり、たまには身体を動かすのも悪くない。大砲をぶっ放して終わりじゃ体も鈍るしな。さてさて、一体どこまで進めるか。あいつらがいれば賭けをするところなんだが……そこだけが残念だ。


「よっし、気張れよ、俺」


 個にして、欧州諸国の五番手。歴代最強の国王——【炎帝】エミル・アウナス。その実力、確かめさせてもらおうじゃねぇか。


 わらわらと集う兵達を視界に入れたまま、俺は声を張り上げた。


「絶対なんてものはない! だが、あえて言おう!」


 ガンッと、地が凹み敷き詰められた石が舞うほどの力で地を踏みしめる。



「俺の名は、アイン! 今日をもって、この国は俺の恩人のものとなる——絶対に、だ」



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