0000 ——この国を貰いに来た。
「詠唱開始————放てっ!!」
総勢二千人によるさまざまな魔法がたった一点に向けて放たれた。
爆発は連鎖し、数十の雷が重なり、地は割れ、刃の性質を持った竜巻が一帯を切り刻む。
常人が受ければひとたまりもないであろう攻撃を終えて、それぞれが安堵したように息を吐いた。
絶対に死んだはずだ。
そう確信していたし、死んでいないとは思いたくなかった。
しかし——
「……終わりか?」
苛烈な攻撃による砂煙が晴れると、そこにあったのは絶望だった。
「ま、魔法も、効かないのか……?」
まるで何事もなかったかのように佇む人型のそれは、いかにも人間らしく首の関節を鳴らし、気だるげな表情を浮かべたまま歩み寄ってくる。
「う、うわぁぁぁぁぁぁああああああっっ!!」
恐怖で錯乱した一人の兵が男——いや、化物に肉薄する。
自身の扱える身体強化魔法を限界まで使用した兵は、僅か二歩で化物との距離を詰め、そのまま片手剣を化物の首筋へ向けて振った。
直撃し、それと同時に——まるで、それが人間に刃を振るったときの音だとでも言うかのように——金属音が辺りに響いた。
そのことに今更驚きなどない。
なぜ二千人もの兵が揃いも揃って魔法に徹していたのか、なぜその手に持った盾と剣を使わなかったのか。
「……それはさっき効かなかっただろ?」
つまり、そういうことなのだった。
折れた剣の刃先が空で回転し、カランと虚しい音を鳴らして大地に落ちる。
冷ややかな眼差しを一身に受けた兵は尻餅をつき、地面を濡らした。
「汚ねぇな、おい……」
眉間にしわを寄せ、少し足早にそこを通り過ぎ、また歩調を戻す。
それが一歩進むたび、兵は一歩後退していた。
「お前、本当に、人間か……?」
指揮官らしき人物が、ぽつりと言葉を漏らす。
「ん、あー、まあ、一応は化物かな」
生まれてこの方、これほどの力を持つ人間を見たことがなかった。
噂で聞いたことはある。
世界には天災と並ぶ化物が数人いると。
こいつがそれなのだろうか。
「ま、そんな怯えんなよ、別に殺す気はねぇんだ」
では、一体なにをしに来たのだろう。
それを問う前に、男は口を開いた。
「最初に言ったと思うが、もう一度言っておこう」
ニヒルな笑みを溢し、言い放つ。
「俺の名はアイン——この国を貰いに来た」
その日、一つの国がたった一人の男に奪われた。