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再戦

「明日からの行動であるが、私はとりあえず午前中に並河村を奪回、そこから宇賀那に進むべきと考える」

 小里村こりむら付近の野営地に設けられた連隊本部に、松田連隊長の声が響いた。この作戦の最終目的は宇賀那を占領し、同村から行われている周辺の村への襲撃を止めることだ。確かに並河村から宇賀那に向かうのが、地理的に最も近いのは確かだが。

 

「そのことですが…」

 清水作戦参謀が発言した。

 「何かね?」

 「我が軍は並河村前面の戦いでかなりの被害を受けました。戦死と負傷を合わせると、損害は300名以上に上ります」

 「それがどうした。損害を恐れていては軍事行動など行えん。300名の死傷者というのは、あのような化け物たちを相手にしたにしては少ないほうと言える」

 滝村参謀長が苛立ったように言い返す。それに対して、清水はさらに言い募った。

 

 「この先向かう宇賀那は敵の本拠地です。当然並河村より激しい抵抗が予想され、損害も大きくなると考えられます」

 「だからそれが何だ。まさか宇賀那を放置し、このまま引き上げろとでも言う気かね? 冗談ではない。あの村を放置しておけば、これからも周囲の村への襲撃が繰り返されるだろう」

 清水の発言に対し、滝村は強い口調で言った。損害におびえて軍を撤退させれば、将来に巨大な禍根を残すことになる。ここは多少の損害を覚悟してでも、諸悪の根源を取り除くべきだと言いたいらしい。

 

 「宇賀那を放置するとは言っていません。ただ、馬鹿正直に直接侵攻するだけが手ではないと言っているのです」

 「どういうことかね?」

 松田連隊長が怪訝そうに清水の発言の真意を聞いた。

 「宇賀那は漁村であり、海に面しています。ということは、海軍艦艇による沖合からの艦砲射撃が可能です。大きいとはいえ所詮は村、巡洋艦の一隻もあれば全てを破壊できるでしょう」

 


 「つまり海軍に応援を頼めと?」

 滝村が呆れたように言った。対外戦争ならともかく、内乱の鎮圧で海軍に貸しを作るなど陸軍の恥だ。そのような考えが透けて見える口調だった。

 「その通り。彼らが対艦攻撃用の兵器を持つとは考えられない以上、こちらは海軍を使えば何の被害も受けずに敵の本拠地を破壊することができます。我が連隊は艦砲射撃の後に宇賀那に突入し、生き残りを掃討してしまえばいいのです」

 

 清水作戦参謀の意見はそれなりに筋が通っている。半魚人は陸軍部隊を攻撃することはできるが、海軍の大型艦艇を攻撃する能力はないはずだ。

 敵が対抗不可能な武器で攻撃できるという点で、この案は確かに魅力的だった。清水は続いて言った。


 「それに、本日出現したあの奇妙な兵器には、こちらの火器がほとんど通用しませんでしたが、海軍艦艇の大口径砲なら破壊が可能かもしれません」

 「要するに貴官はこう言いたいのかね。陸軍では敵に勝てないから手助けしてくれと、海軍にお願いするべきだと」

 滝村参謀長の非難がましい声に、清水は涼しい顔で答えた。

 「その通りです。参謀長。頭を下げることで味方の損害を減らせるならそうすべきです。無用な誇りにこだわって余計な損失を出すほうが、海軍に頭を下げるより遥かに不名誉なことです」

 


 「それはいいが、問題は海軍が協力するかだな」

 松田が別の観点から、清水の案に難色を示した。陸軍と海軍では指揮系統が全く異なる上に、両軍の中はすこぶる悪いと来ている。応援を頼んだところで、素直にやってきてくれるとはとても思えない。

 「とりあえず海軍に支援要請は出すが、あまり当てにはできんだろう。我々はあくまで、陸軍単独で奴らに勝つ方法を探すべきだ。具体的には、あの奇妙な兵器を破壊する方法をな」

 

 「そのことですが、小官に一つ案があります。我が陸軍の兵器にも、奴らに対抗できそうなものがあります」

 滝村参謀長が松田の言葉を待ちかねていたかのように提案した。提案の中身を聞いた松田は聞き返した。

 「このような森林の中を移動させることができるのか? 砲だけならともかく、弾薬も必要なのだぞ」

 

 宇賀那周辺の森林には一応の山道は存在するが、もちろん舗装はされていない。だから連隊は今回の出撃で、最大で山砲程度の火器しか持ち込まなかった。それ以上大型の兵器を投入すれば、進撃速度が大幅に低下する恐れがあったからだ。

 進撃速度が遅くなる程度ならともかく、下手をすれば木の根や泥濘に足を取られて全く進めなくなる可能性すらある。松田の懸念に対して、滝村は答えた。

 

 「予備の馬匹を投入し、襲撃を受けた村の生き残りの人間にも、輸送の手助けをしてもらえば何とかなるでしょう。砲弾については、周囲の村から徴発したトラックで運べばいいと考えます」

 「なるほどな」

 松田は頷いた。佐村少尉は襲撃を受けた村に残されていたトラックを用いて、連隊本部まで帰還している。他にも自動車の運転ができる兵は何人かいるはずだ。

 


 


 翌日の3月22日、特に夜襲なども受けなかった連隊は小里村こりむらを出発、並河村に向かった。他の村が襲撃を受けたという報告もない。

 ただ、損害が皆無だったわけではない。昨夜は奇妙な呪文のような声が宇賀那の方向から聞こえてきた他、異様な光が観測されている。

 それを見た何人かの兵が、「奇妙な島を見た」、「全てが狂った世界で、巨大な怪物が動いている」などと主張し、錯乱状態になったのだ。

 兵だけなら戦闘を恐れての狂言という線もあったが、古里村の村人にも同様の状態になった者が複数いたので、その可能性は低かった。他の人間たちが首をかしげる中、彼らは後方に送られた。

 

 

 「さて、どうなるかな」

 移動しながら清水作戦参謀は呟いた。一応昨日、内乱鎮圧に協力するよう海軍に要請は出している。と言っても、半魚人の襲撃では冗談と受け取られるだけだろうから、適当に話を作り替えた。外国勢力から支援を受けたらしい武装集団が宇賀那村に立てこもっているので、海軍も掃討に協力してほしいと報告したのだ。

 だが、指揮系統が違うので海軍が動いてくれるかは分からない。伝統的な両軍の不仲を考えれば、動かない可能性のほうが高そうに思われた。そもそも現在、近くに訓練中の海軍艦艇がいるかも分からないのだ。

 

 「そのときはそのときだ」

 清水は腹をくくった。とにかく昨日は、あの得体のしれない兵器を追い返したのだ。今日もそれは可能なはずだ。最悪の場合は、殺せるだけの半魚人を殺してから撤退する。その後増援を、できれば師団規模の兵力を投入してもらえばよい。

 

 軍は並河村を全く抵抗を受けずに通過した。半魚人は既にこの村を放棄したらしい。それが昨日の戦いで大損害を受けたためか、宇賀那に兵力を集中するためかは不明だが。

 「気を付けろ、ここから先は何が起きるか分からん」

 松田連隊長が皆の気を引き締めた。ここまで来ればいつ森の中から半魚人が現れるか分からないし、昨日のあの兵器を投入してくる可能性もある。

 

 「敵襲!」

 急に見張りの兵が声を上げた。噂をすれば影とやらだ。

 連隊の右手から現れた敵は数百人の半魚人に。

 「やはり出してきたか…」

 昨日連隊本部を全滅の危機に追い込んだあの兵器、巨大な不定形の白い塊だった。しかも昨日は一体だったが、今日は二体が出現している。


 テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ

 

 あの奇妙な声が聞こえてきた。兵の一部はそれを聞いて狂乱状態になった。昨日の悪夢、いくら砲撃を加えても塊を破壊できず、多数の戦死者を出したことが頭に残っているのだろう。

 白い塊はゆっくりと近づいてくる。その様子はどこか傲然としているようにも見える。「貴様らの武器では私を破壊することはできない」、巨体からそのような嘲笑が聞こえる気がした。 

 

 「だがこちらには、昨晩運び込んだ切り札がある」

 滝村参謀長は呟いた。内乱鎮圧には不要と見なされたので昨日は投入されなかった兵器、夜通しかかって連隊に合流した兵器が後方で待機しているのだ。

 「重砲部隊、射撃開始! まず一体に攻撃を集中しろ」

 松田が命令した。その瞬間、山砲や速射砲とは全く異なる、巨大で重々しい発射音が鳴り響いた。苦心惨憺してここまで運び込んだ兵器、6門の重砲が発射されたのだ。

 重砲は山砲の2倍の口径と10倍近い砲弾重量を持つ。機動力が低いため本来森林戦で使う兵器ではないが、連隊は大量の馬匹と周辺から徴発したトラックを用いて、何とか砲と弾薬を運び込んでいた。

 

 6発の砲弾はいずれも塊の周囲に落下した。周囲の半魚人が跡形もなく吹き飛び、大量の弾片が塊の表面を傷つける。

 「まだか…」

 戦況を見ていた佐村少尉は呟いた。塊は原型を保っている。あれではすぐにまた再生するだろう。

 

 だが続いて行われた第二斉射では、一発が塊のど真ん中を直撃した。その瞬間、山砲弾や速射砲弾の直撃ではあり得なかったことが起きた。塊全体が崩壊し、無数の破片が周囲に散らばったのだ。

 「やったか?」

 佐村は思わず声を上げた。昨日山砲や速射砲で攻撃した時は、いくら当てても表面を凹ませるだけだった。それが今回は、全体を崩壊させるところまでいったのだ。

 


 そんな中、山砲による砲撃も始まっている。威力では重砲に劣るが数と速射性では勝る。その砲弾が多数の断片に変じた塊の周りに落下し、断片をさらにバラバラにしていった。

 「よし!」

 松田連隊長も快哉をあげた。昨日は全く歯が立たなかったあの兵器が無力化されつつある。完全に殺すところまではいっていないが、あそこまでバラバラになればすぐには再生できないはずだ。

「塊2、後退します」

 兵が声を上げた。確かに攻撃対象になっていなかった塊が後退しつつある。人間側が新たに投入した兵器の威力に驚いたようにも見えた。

 

 「重砲部隊は後退しつつある塊を狙え!」

 松田は大声で言った。あの巨大な白い塊は強敵だ。倒せるときに倒しておく必要がある。

 重砲による再度の射撃が始まった。巨大な砲声が響き、木々がなぎ倒されていく。砲弾の大部分は木々を吹き飛ばすだけに終わったが、一部は塊を直撃した。

 「塊1、2ともに完全破壊した模様」

 歓声交じりの報告の通り、二体の塊は両方とも数百の断片に分解され、短期間では再生できそうもない。連隊は勝った。昨日は歯が立たなかった半魚人の兵器を無力化したのだ。

 

 「半魚人多数、重砲部隊に接近中」

 また新たな報告が届いた。半魚人たちが重砲を脅威と見て、まずそれを潰すことにしたらしい。数秒後、機関銃の連射音が響き始めた。重砲部隊の護衛についている機関銃部隊が射撃を開始したのだった。

 「どうやらこれで」

 中里情報参謀の独り言が聞こえた。半魚人が持っている武器はせいぜいがライフルどまり。それで機関銃に挑んだところで死体の山を作るだけだ。

 だが。

 

 「重砲部隊、苦戦中。突然目の前に、半魚人の兵器が出現した模様!」

 切迫したような報告が突然届けられた。

 「どういうことだ?」

 本部の皆は首を傾げた。あの兵器は縦横高さともに数メートルの大きさがある。しかも色は森の中ではよく目立つ白色。そんなものが接近してくれば、すぐに分かるはずではないのか。

 

 「一体何が起きた? 重砲部隊の見張り員は居眠りでもしていたのか?」

 滝村参謀長が皆を代表して叫んだ。戦車より遥かに巨大なものが接近しているのに気づかないなど、事実であれば見張り員の怠慢以外の何物でもない。

 「それが… 敵は樹木に擬態していたようなのです」

 その兵からは当惑したような返答があった。

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