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松田連隊出撃

筆者は日本の軍制についてそれほど詳しいわけではないので、登場する日本軍部隊の編成について史実と違うところが多々あるかと思います。本土から離れた沖縄に配置されている(架空の)部隊なので、いろいろ独自の部隊編成がなされているということで、ご納得いただければ幸いです。一応、この時代の日本軍では一般部隊での装備があり得ない兵器(戦車など)は、出さないつもりです。

 「佐村少尉殿。指揮所で連隊長がお呼びです」

 3月21日の朝、命令通り営舎で待機していた佐村少尉はいきなり呼び出された。彼は耳を疑った。連隊長と言えばこの駐屯地で最も高位にある人物だ。たかが少尉の自分を呼び出すことは、常識的には考えられない。

 小隊を全滅させられた責任を追及するための査問会、もしくは軍法会議だろうかと一瞬思ったが、一少尉の処分などわざわざ連隊長がやることでもあるまい。

 



 戸惑いながら旅団指揮所に向かった佐村少尉は、そこに連隊の幕僚全てが集まっているのを見て驚愕した。これは何か尋常ならざる事態が起きたとしか思えない。まさか自分の小隊が全滅した後、また何かがあったのだろうか。

 「席に着きたまえ、佐村少尉」

 連隊長の松田大佐が低い声で言った。やや小柄だがたくましい体格をした厳つい顔の男だ。

 

 「はっ…」

 大佐という雲の上の人と言っていい人物に声を掛けられた佐村少尉は、緊張しながら指揮所のテーブルの端の席に着いた。

 「貴官には今より、連隊本部付を命ずる」

 松田大佐が言った。

 「あの、川本大尉からは命令を受けておりませんが…」

 佐村はさらに緊張しながら答えた。小隊を全滅させたかどでの軍法会議でなかったのは正直ほっとしたが、遥か高位の人物である連隊長が、直属の上官を飛び越えて配置転換を伝えてきた理由が分からない。

 

 「川本大尉はおそらく戦死した。貴官が属していた中隊も全滅だ。昨日宇賀那に出撃した後、今に至るまで連絡がない」

 「…」

 佐村は絶句した。川本大尉があの後中隊を率いて、宇賀那周辺に向かっていたとは。

 そして後悔が襲った。何故あのときもっと川本大尉に食い下がり、宇賀那周辺に行くことの危険性を訴えなかったのか。

 「暴動の発生以来、宇賀那周辺に行って戻ってきた士官は貴官だけだ。だから聞かせてほしいのだ。今あそこで何が起きているかをな」

 

 松田大佐はどこか沈痛な面持ちで言った。戦争でもないのに、麾下の兵を多数失ってしまったことに衝撃を受けているのかもしれない。

 「分かりました」

 佐村は自分が知っていることをすべて話した。並河村周辺で数百体の半魚人に襲撃されたこと。彼らの動きは明らかに統制が取れていて、銃を持っている者もいたこと。周囲の村は彼らによって皆殺しにされた可能性が高いこと。

 

 「信じがたい話だな」

 松田大佐の隣に座っていた大柄な将校、参謀長の滝村少佐が首を傾げた。他の幕僚たちも半信半疑、と言うよりは明らかな疑いの目を佐村に向けている。

 たかが暴徒に小隊を全滅させられた佐村が、自分の失態を誤魔化すために荒唐無稽な作り話をしているのではないかと疑っているようだ。

  

 「まあいい」

 松田大佐がざわめく参謀たちを制した。

 「半魚人と言うのは戦場の混乱の中で何かを見間違ったのかもしれんが、宇賀那周辺に武装した数百人、おそらく千人以上がいるのは確かなのだろう。そいつらが周辺の村を次々に襲っていることもな」

 「その通りです」

 佐村はそう言って頭を下げた。

 

 「川本の中隊が全滅したことを考えると、中途半端な兵力を向かわせるのは徒に損害を増やすことになりますな」

 作戦参謀の清水大尉が発言した。こちらは関本とは対照的に、小柄で痩せた男だった。参謀たちにとって、既に軍の出撃は確定事項となっているようだ。半魚人という報告の真偽に関わらず、宇賀那周辺の暴動は鎮圧しなくてはならないという判断だろう。

 「では、どうします。一個大隊程度を向かわせますか?」

 滝村参謀長が続いて松田に質問した。この沖縄北部に駐屯する第702歩兵連隊は、編成に3個歩兵大隊を含んでいる。滝村の提案はその中の一つを送るというものだ。任務を1000人程度の暴徒の鎮圧とみるなら、規模として妥当、と言うより過剰と言えるが。

 

 「いや、ここは連隊全てを投入する。そもそも敵の数がはっきりと分からない以上、一個大隊では兵力が少なすぎる。下手をすれば今度はその大隊が全滅することになりかねん」

 松田大佐が宣言した。

 「しかし、たかが暴動の鎮圧に連隊が出て行くのは…」

 滝村参謀長は顔をしかめた。対して松田連隊長は諭すように言った。

 「中途半端な兵力を投入してもし敗北した場合、相手を勢いづかせることになる。ここは圧倒的な兵力を投入し、早期に解決を図るべきだ」

 「はっ」

 

 滝村は沈黙した。司令官がそう決めたからには、参謀がそれ以上何かを言うことはできない。

 「今から全軍を出撃させる場合、準備が整うのは昼過ぎになります。戦闘が長引いた場合、向こうで夜を迎えることになりますな」

 作戦参謀の清水少佐が注意を喚起した。昼に宇賀那周辺に到着した佐村小隊は一部が戻ってきた一方、夕刻に到着した川本中隊が文字通りの全滅を遂げたのが、気にかかっているのだろう。

 

 「いや、やはり本日出撃する。佐村少尉の話によると、敵は次々と周囲の村を全滅させているようだ。それを放置しておけば、軍の存在価値が問われることになる」

 松田大佐のその言葉の後、議題は暴動鎮圧のための作戦方針に移っていった。




 3月22日午後二時ごろ、那覇に駐屯する第702歩兵連隊は連隊長松田一雄大佐の指揮のもと出撃した。歩兵3個大隊に各種の補助兵科がついてその兵力は3千を超える。局地的な暴動の鎮圧に向かう部隊としては、過剰なほどの大兵力と言えた。

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