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帰らざる部隊


「突撃!」

 佐村少尉はそう叫んで目の前の半魚人の群れに突進した。兵たちが軽機関銃兵を中心とした凸型の陣形を組んで佐村に続く。彼らの士気は意外なほど旺盛だった。あの化け物たちに自分たちの武器が通じることは分かっている。そう、自分たちは生きて帰れるかもしれない。

 だが次の瞬間、彼らのうち10人近くが倒れた。目の前の半魚人たちが一斉に槍を投げつけたのだった。たかが槍とはいえ、近距離から数十本を投げつければ近代装備を持つ兵士でも倒せる。

 

 生き残った兵たちは倒れた仲間を無視して走り続けた。敗走する軍は落伍した兵を助けることができない。それが残酷な現実だった。

 槍による攻撃に対抗して、小隊中央に配置されていた軽機関銃の発砲が始まった。軽快な発射音とともに飛び出した銃弾が、正面の半魚人たちをなぎ倒していく。そして銃弾を食らわなかった残りの半魚人たちも、その光景を見て明らかに怯えていた。

 「…これなら」

 兵の一人が呟いた。相手は数が多いとはいえ、所詮は古代レベルの装備しか持っていない。対する自分たちには近代兵器がある。勝てるのではないか。

 だがその兵士はいきなり胸に激痛を感じて倒れ伏した。半魚人の群れの中からライフルが発射されたのだ。半魚人の武器は槍だけではなかった。流石に銃を製造したとは思えないが、とにかく扱うことはできたのだ。人間と同じように。

 

 半魚人たちはその光景に勇気づけられたらしい。陣容が薄くなった正面が、周囲からの増援によって補強された。さらに銃を持った者たちが佐村小隊の側面に移動し、射撃を始めたのだ。

「まずい…」

 佐村少尉は焦り始めた。連中も銃を持っている。装備でのこちらの優位が大きく縮められた。銃を持っている者以外の他の半魚人も小隊を取り囲むように接近していて、そろそろ槍を投げつけてきそうだ。

 正面の部隊でこちらの攻撃を受け止め、別動隊が両翼から側面攻撃をかける。化け物のくせに合理的な戦術を使っていると言えた。

 「田山、兵の一部を割いて」

 

 佐村は隣を進んでいる田山曹長にそう言いそうになった。だが。

 「無理です。側面に割ける兵力はありません」

 佐村がすべてを言い終わる前に田山曹長はそう返答した。このままでは部隊が側面からの射撃で全滅することは彼にもわかっている。だが、どうしようもない。こちらの生き残りは20人ほど、この兵力をさらに分散することはできないのだ。

 側面から半魚人の槍と銃弾が降り注ぎ始めた。数人の兵が一瞬で倒れ、さらに一人また一人と欠けていく。武器の性能で多少劣ろうとも、数を集中すれば勝利できる。この原則が具現化されたような光景だった。

 

 佐村少尉はまだ倒れていなかった。おそらく弾数の関係で最後になるだろう軽機関銃射撃の後、彼は射撃を受けて混乱している正面の半魚人の群れに突進した。残り10名ほどになった兵たちもそれに続く。

 佐村はまず、目の前の半魚人の目に軍刀を突き立てた。そいつは不快な悲鳴を上げてその場にのたうち回った。続いて槍を突き出してきた隣の個体の手に切りつける。水かきの付いた指が切断され、槍は地面に虚しく落下した。

 

 「機関銃を捨てろ!」

 佐村の後方にいた田山曹長は大声で残り二人になった軽機関銃兵に指示した。弾切れになった銃など、この状況では邪魔なだけだ。各自が腰にさしている拳銃のほうがよほど役に立つ。

 周囲では死闘が続いていた。ある兵は残った小銃弾を目の前の敵に至近距離から撃ち込んで倒したが、ほかの敵が振り回す棍棒で殴り倒された。ある兵は弾切れになった銃で敵を殴りつけている。頭蓋骨が陥没する異音が一瞬響いた。その兵も次の瞬間、別の敵に刺殺されていた。


 もちろん田山も戦闘に参加している。装填されていた銃弾を佐村少尉を襲おうとしていた敵に打ち込んだ後、銃剣で周囲にいた敵の顔面を突く。頭蓋骨と銃剣がぶつかる感触が、田山の手に伝わった。

 不意に田山の背中から腹にかけて激痛が走った。思わず腹を見た田山は自分に何が起きたかに気づいた。槍の穂先が腹から飛び出している。後ろに回り込んだ半魚人に槍を突き立てられたのだった。

 「隊長は無事か?」

 激痛の中、田山曹長はそれだけを確認した。佐村少尉が数人の兵とともに敵陣を突破したのが見える。これでいい。隊長が脱出すれば、上に情報を持ち帰ることができる。この並河村周辺に化け物の群れがいることを。

 田山は最後の力を振り絞って手榴弾のピンを抜くと、敵の真ん中に投げつけた。数秒後、巨大な爆音とともに数人の半魚人が倒れたが、田山がその光景を見ることはなかった。


 



 辛うじて脱出に成功した佐村少尉は生き残りの兵と共に森の中を走っていた。半魚人たちはそう俊足ではなさそうだが、森の中に別動隊がいないとも限らない。一刻も早く、この山道を出る必要があった。

 走りながら彼は暗然としていた。ここに来る前は43名の兵員がいたのに、今自分についてきている兵はたった5人しかいない。しかも佐村が最も信頼していた田山曹長を含め、その中に下士官は一人もいない。最後まで残って佐村の脱出を助けた彼らは、文字通りの全滅を遂げたのだった。

 「隊長、見えました! 中野村です」

 

 生き残った兵の一人が声を上げた。確かに目の前に見えるのは中野村、行きに通過した小村のようだ。

 「よし、あそこで何か輸送手段を借りよう。農産物出荷用のトラックが一台くらいはあるはずだ」

 佐村は決定を下した。このまま徒歩と鉄道で駐屯地まで行ったのでは時間がかかりすぎる。兵たちはさっきの戦闘と脱出で疲れ切っているとなれば尚更だ。何か乗り物を手に入れて移動時間を短縮するべきだろう。とにかく早く自分たちが見たものを報告しなければならないのだ。

 

 だが村の中に入ってよく見ると、そこには人っ子一人いなかった。家屋の戸が乱暴に壊された跡や、付近にある大量の血痕が、この村で何が起きたのかを暗示している。佐村の小隊が通過した後、半魚人の群れが中野村にも襲い掛かったのだ。

 それを見た兵の一人が急に崩れ落ちたかと思うと、地面を転がりながら泣き始めた。恐ろしい戦いをくぐりぬけて安全地帯に到着したと思ったら、ここもまた敵の勢力範囲になっていた。その衝撃で精神が崩壊したのだろう。

 

 佐村は無言でその兵に武道の絞め技をかけ、気絶させた。放っておけばこの場にいる全員に伝染する恐れがある。兵を統率する役割の下士官が並河村前の戦いで全滅した今、佐村自身が部隊の秩序を保たなくてはならないのだった。

 「隊長、トラックがあります!」

 他の兵が村長の家らしい建物を指さして言った。確かに隣には軽トラックが止めてあった。本当に小さなトラックだが、数人の人間を運ぶだけなら十分だろう。

 

 「隊長、早くあれに乗りましょう!」

 その兵は大声で言った。彼の声にも発狂の兆候があることに佐村は気づいた。おそらくここで敵が現れれば、佐村含めて残り5名となってしまった小隊は戦わずして瓦解する。

 「よし、あのトラックを使ってここを脱出する」

 

 佐村はそう言ってトラックに向けて歩き出した。「いつ半魚人が戻ってくるか分からないから」とは言わなかった。この状況でそれを言えば、下手をすれば全員の精神が崩壊しかねないからだ。他の4人はさっき気絶した兵を運びながら佐村に続いた。

 佐村がトラックのエンジンをかけた途端、右手の森の中から数体の半魚人が現れた。全滅させたと思っていた村に、人間の姿があることに気づいたのだろう。

 

 「射撃開始、目標は右手の半魚人!」

 佐村はとっさにそう命令した。半魚人を倒すためというより、兵の正気を保つためだ。今にも発狂しそうな人間の意識を保つには、何かやるべきことを与えるしかない。あくまでその場しのぎであり、後の副作用が心配だが、今はそれどころではなかった。

 4丁の小銃の射撃音が響き渡る中、佐村はトラックを発進させた。何としてでも情報を持ち帰る。彼はそう決意していた。






 佐村少尉直属の上官である川本大尉は、昼過ぎに5人の兵とともに帰ってきた彼の顔を見て目を見張った。いかにも軍人らしい精悍な顔をしていたはずの男が、今は完全に呆けたような顔だ。その憔悴した様子は、数時間で10歳以上年を取ったように見える。

 彼が出撃していった宇賀那の周辺で、何かとてつもなく恐ろしいことが起きたとしか思えなかった。

 

 「どうした佐村少尉? 貴官が連れ帰って来た5人の他の兵は今何を?」

 川本大尉の質問に、佐村少尉は相変わらず呆然とした様子で答えた。

 「小隊は全滅しました。あの5人と自分以外に生存者はいません」

 「何だと?」

 

 川本大尉は耳を疑った。彼が佐村少尉に命じたのは民間人同士の小競り合いの鎮圧だ。そんな任務で数十人の軍人が戦死するなどと言うことがあり得るのか?

 「どういうことだね? 私が貴官に命じたのは単に村同士の衝突を収めることだったはずだが」

 「あれは単なる村同士の小競り合いなどではありません。私の隊は武装した数百人に襲われ、全滅したのです。中には銃を持っている者もいました」

 

 佐村少尉はそう回答した。先ほどは呆然としていたが、情報を正確に伝えなければならないという責任感からか、いくらか冷静さを取り戻したようだ。

 「数百人? だが宇賀那の人口はたった600人だぞ。しかも今日駐屯地に駆け込んできた連中の証言が正しければ、いくつかの村は同時に襲われている。600人の村から数百人規模の襲撃隊を複数出せるはずがない」

 川本大尉は混乱しながら聞いた。これは「宇賀那とその周辺の村落の争い」ではなかったのか。もし武装した数百人がいたという佐村少尉の証言が正しいとすれば、もっと多くの村が争いに関与していることになるが。

 

 「数百人とは言いましたが、正確には村は人間に襲われたのではありません」

 「人間に襲われたのではない? では何が村を襲ったというのだね?」

 「半魚人です。宇賀那についての言い伝え、あれは事実だったのですよ。宇賀那の人口は600人ではありません。あの村には人間の他に、おそらく千人以上の半魚人が住んでいるのです」

 

 川本大尉はその言葉を聞いて怒りを覚えた。この男は何を言っているのだ? いきなり帰ってきたと思ったら、そんな荒唐無稽な話を始めるとは。

 宇賀那周辺の村人の妄想を聞いて、ミイラ取りがミイラになったのだろうか。佐村少尉はそれなりに優秀な若手士官だと思っていたのだが、認識を改める必要がありそうだ。

 

 「冗談はやめたまえ。とにかく君の小隊の残りがどこにいるかを報告しろ。半魚人に殺されたなどというおとぎ話ではなくな」

 「他に報告することはありません。私の小隊は確かに半魚人の襲撃を受け、全滅したのです。虚言と思われるなら、私が連れてきた兵にも同じ質問をしてください」

 「分かった。もういい。君は営舎で待機したまえ」

 川本大尉は苛立ちながら佐村少尉を追い返した。明日も同じ話をするようなら、精神に異常をきたしたとして更迭するつもりだった。


 

 次に川本大尉は佐村少尉とともに戻ってきた兵たちのうち、錯乱状態の1人を除く4人に、宇賀那周辺で本当は何が起きているのかを質問した。その返答に川本大尉は困惑した。佐村少尉と全く同じことしか言わなかったからだ。

 兵たちが佐村少尉に口止めされているのかと思って、自分の階級を持ち出したが結果は同じだった。彼らは怯え切った様子で、仲間は半魚人に襲われて死んだと繰り返すだけだったのだ。

 

 うんざりした川本大尉はその日の夕刻、佐村小隊を除く中隊全員で宇賀那に向かった。そしてそれっきり帰ってこなかった。もちろん彼とともに出撃した百数十名の兵も。


 こんなマニアックと言うか、誰得な作品を読んでくださってありがとうございます。 

 今のところ人類側がやられっぱなしですが、次回から反撃が始まります。ご期待ください。

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