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エピローグ 

1947年、沖縄本島北部にて


 「何か陰気臭い土地だな。もとは村だったみたいだが」

 

沖縄に駐留することになったアメリカ海兵隊の兵士が、彼らの基地の建設予定地周辺を見て呟いた。草木に覆われたその土地はかつて人が居住していたらしく、家屋の残骸のようなものが見える。

 家屋の残骸はただ朽ちているものもあれば、砲弾で吹き飛ばされたものもあった。さらに砕けた人骨らしきものが、周囲に散在している。

 

「どうせ戦争で全滅したんだろ」

 

隣にいた仲間が言った。2年前の沖縄戦では民間人を含めて二十万人以上の死者が出た。二人ともこの戦いに従軍しているから、その凄まじさはよく知っている。この村もその戦火に巻き込まれて消えたのだろうと言いたいらしい。

 

「この辺は戦場になってないはずだがな。それに、家の壊れ方から見て十年以上前から放棄されてたんじゃないのか。この村は」

 

だが兵士はその言葉に異議を唱えた。家々の朽ち具合から考えると、かなり前から人が住んでいなかったように見える。そしてこの地区は日本軍が配備されていなかったので、沖縄戦の戦火は及ばなかったはずなのだ。

 



「まあどうでもいいだろ。住民がいないおかげで立ち退かせる手間も省けた。結構な事さ」

 

仲間はそう言うと歩き出した。兵士もそれに続く。彼の言葉通り、どうでもいいことは確かだ。住民がいなくなったのが如何なる理由であれ、自分たちには関係がない。

 

「あれ、誰かいるみたいだぞ」

 

不意に仲間が声を上げた。確かに近くの森の中で、人間らしき者が動いている。

 

「日本人かな。とりあえず追い出すか」

 

二人はそいつに近づいて行った。ここは基地の建設予定地で、日本人の立ち入りは禁止されているはずだ。何をしにこんなところに来たのかは不明だが、スパイ容疑で拘束される前に連れ出してやるのが親切と言うものだろう。

 だが近づいて行った彼らが目にしたのは日本人ではなく、それどころか人間ですらない生き物だった。カエルや魚を思わせる顔と、水かきの付いた手足を持つその生き物は、二人を興味深げに観察していた。

 

「な、何だ、こいつは?」

 

二人は大声を上げた。こんな生き物は見たことがない。そう言えば沖縄戦で捕虜になった日本軍の士官、確かサムラとか言う男が、この辺にはかつて半魚人がいたと主張し、捕虜収容所で笑いものになっていた記憶があるが。

 

「とにかく、こいつを連れて行くぞ」

 

彼ら二人は目の前の半魚人が自国の漁村、インスマスで大量に捕獲されたのと同じ生き物であることは知る由もなかった。


 




その頃、基地設営に必要な物資を運ぶ輸送船の船内では、新しく駐留することになる米軍の司令官が客人と話していた。

 

「それで、マーシュさん。これだけの好条件を提示して頂いたのは何故ですかな?」

 

司令官は内心の不信感を抑えながら客人、マーシュと名乗る男に質問した。不気味な男だった。遺伝的な病気が原因で顔が変形しているとかでいつも覆面を付けていて、くぐもったような独特の声で話す。そしてその身体からは大量の香水の臭いと、生臭いような妙な臭気が漂っていた。

 それでも司令官がマーシュに敬意を払っているのは、この男が世界でも指折りの規模を持つ海運会社のトップだからだった。正確に言うとその会社の経営者は別にいるのだが、実質的に会社を切り盛りしているのはマーシュらしい。

 


マーシュは非常に謎の多い男だった。彼の会社は第二次大戦の勃発を機に急成長したのだが、それまでマーシュがどこで何をしていたのかは誰も知らないのだ。20年代にこの日本を含むアジアとの間で武器の密貿易をやっていて逮捕され、開戦の直前に釈放されたという噂もあるが、それが事実かは分からない。

 そしてマーシュは、沖縄にアメリカが大規模な軍事基地を建設するという計画を聞くや否や、同業他社より一ケタ安い価格で必要な物資を輸送することを申し出てきた。軍はやや不審に思いつつも、戦後で予算が少ない時期であることもあって結局はマーシュの会社との契約を受け入れた。

 

「特に見返りなどは求めません。これも我が社の祖国愛の表れです」

 「はあ、それは軍としても嬉しい限りですが」

 

司令官は戸惑いながらそう返答した。赤字覚悟で受注し、今後の契約に繋げるつもりだろうか。それにしても、条件が破格すぎる気もするのだが。

 

 「ところで確認しておきたいのですが、基地の設営場所に変更はありませんな」

 「はい、海兵隊の基地は北部の森林地帯に建設されることになっています。あの場所の地形は森林地帯での戦闘訓練に打ってつけなので」

 

司令官はマーシュの突飛な質問に少し戸惑った。そう言えば基地の建設予定地はマーシュの口利きで決まったという噂が、軍内に流れたことがある。彼自身はその噂を信じず、単に土地が広くて住民が少ないからあの場所に決まったのだと思っていたが。

 

「それを聞いて安心しました。ところで、一つお願いがあります」

 

「やはり来たか」、司令官はそう思って身構えた。どうせマーシュは軍が関係する他の事業の受注についての口利きでも頼んでくるのだろう。今回の破格の条件を考えれば、自分が出来る範囲で話を聞いてやってもいいが。

 


だがマーシュが持ち掛けてきた話は、思いもよらないものだった。

 

「基地の中に我々の同胞を受け入れて頂きたいのです」

 「同胞?」

 

奇妙な言い草に戸惑いながら、司令官はそう聞き返した。マーシュの同胞とはどういうことだろう。彼の会社の社員を基地内に住まわせろとでも言う気だろうか。

 

「マーシュさん。それは流石に不可能です。あなたの会社の社員を信用しないわけではありませんが、基地内に民間人を入れては軍事機密が漏れる可能性がありますので」

 「海兵隊の宿舎に入れろとは言いません。軍の邪魔になる行為は一切行わないと約束します」

 「それにしましても…」

 

 「この条件が受け入れられないようであれば、今回の契約はなしにさせて頂きます。我が社としても、このような条件での契約を破棄して損はありませんので」

 

マーシュが脅迫じみた言葉を放った。司令官は顔をしかめた。今更契約を他社に変更すれば、基地の建設に大幅な遅れが出てしまう。

 

「何も大それたことを要求しているわけではありません。駐留する将兵の皆さんに、もし私たちの同胞を見かけても危害を加えないように、忠告して欲しいだけです」

 「とりあえず、その『同胞』とは正確には誰であるかを言って戴けますかな」

 「分かりました」

 

マーシュはそう言うと、船室にあるベルを鳴らした。すると、音もなくドアが開いて数人が入って来た。

 

入ってきた連中は皆マーシュと同じような全身を覆う服を着込み、覆面を付けている。そして彼らとマーシュは、一斉に覆面を外した。

 

「お分かりですかな」

 

覆面の中にあったものを見て顔を引き攣らせる司令官の顔を、魚のように飛び出た目で覗き込みながらマーシュは言った。

 

「今回の基地の建設予定地には、もともと我々のものだった土地が含まれています。我々は自分たちの土地を取り戻したいだけなのですよ」

 

マーシュの鱗が生えた手の先端のカギ爪が、半ば気絶しかけた司令官を指さした。

 

「大丈夫ですよ。我々はうまくやれます。インスマスでは不幸な行き違いがありましたが… 宇賀那を全滅させた日本人よりは、あなた方を信用したいと我々は思っているのですよ」

 

続いて船中に異様な轟音が鳴り響いた。司令官はその音の正体に気づいて、意識が遠ざかるのを感じた。海の中にいる巨大な何者かが、マーシュの指示で船底を叩いている。

 

「さて、どうなさいますか」

 「わ、分かった。あなたの言う通りにする」

 「そう、それでいいのです。これからも仲良くしたいものです」

 

マーシュの魚とカエルを混ぜ合わせたような異相が歪んだ。おそらく笑ったのだろう。

 

マーシュはさらに何かを呟いたが、それは司令官の耳には聞き取れなかった。船は一路、1925年3月23日に全滅した村に向かって進んでいた。


 

 本作はこれで完結とさせていただきます。ここまで読んでくださった方々に感謝します。クトゥルフ神話×架空戦記という妙なジャンルの作品でしたが、思いがけず多くの方に読んで頂いたようで、筆者はとても嬉しく思っています。

 皆さん、今まで本当にありがとうございました。

 


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