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謎の村、宇賀那

 佐村少尉の直属の上官である川本大尉が佐村に宇賀那うがな周辺の暴動の鎮圧を命じたのは本日、1925年3月20日の朝だった。

 この日の明け方に、見るからにひどい状態になった数人の男が駐屯地に飛び込んできて、自分たちの村が宇賀那うがなに住む魚人たちに襲われて全滅したと訴えたのだ。対応した川本大尉が半魚人などいるはずがないと説明しても、男たちは同じ言葉を繰り返した。

 

 半魚人がいるかはともかく、この宇賀那という漁村がとかく噂がある村なのは確かだった。戸籍人口が600人ほどしかいないにも関わらず、村の規模がほとんど町と言っていいほど大きかったのだ。

 村の有力者たちはそれを人が住まない廃屋が多いからだと説明していたが、廃屋と言うにはあまりに立派な家が多かった。そのため政府は徴兵逃れのためにそんなことを言っているのではないかと疑ったほどだ。

 

 そして宇賀那は周囲の村から完全な孤立状態にあった。宇賀那の住民が村から出てくるのは、獲った魚を缶詰工場に売りに行く時と、どうしても自給できないものを購入する時だけで、それ以外の他集落との関りを完全に避けていたのだ。

 その様子は他の村を完膚なきまでに嫌悪しているようであったが、周囲の村の宇賀那への憎悪はそれ以上であったかもしれない。

 周囲の村の人間はこう言っていた。「宇賀那の住民は海に住む魚人と取引をしている。そればかりか魚人と混血しており、今あの村に住んでいるのは魚人と混血が大半だ。そして化け物共は時々周囲の村を襲撃し、村人をさらっていくのだ」と。その様子には閉鎖的な社会にありがちな他集団への憎悪以上のものがあった。

 

 もちろん確たる証拠がある話ではない。だが宇賀那がいかにも怪しげな村であるのも確かなのだった。まず漁業以外にほとんど産業がないにもかかわらず、この村は異常に豊かに見えた。

 申告される所得は単なる漁村とは思えないほど多かったし、村の実際の収入はそれ以上に多そうだったのだ。宇賀那の住民が金塊を持ってきて高価な品物を買っていったという話はよく聞いたし、村にある家のつくりもいかにも立派だった。

 

 そして化け物の噂が広まる上で決定的だったのが、宇賀那住民の独特の風貌だった。子供は割と普通に見えるのだが、年齢を重ねるにつれてその姿は不気味なものとなっていくのだ。

 まず肌が灰色っぽく変色し、おそらく皮膚病の一種なのだろうが鱗のような突起が浮き出てくる。目は飛び出したようになり、唇が異様に厚ぼったくなる。そして最後には、彼らと混血した魚人そのものの姿となるのだという。

 

 と言っても、その状態になった宇賀那住民をはっきり見た者はいない。一つには周囲の村に出てくるのは若者ばかりであるせいであり、もう一つは宇賀那の住民が妙に短命であるせいだった。

 たいていの村人の死亡届は、せいぜい40代ぐらいで役所に提出されている。「漁に出ていて事故に遭った。遺体は発見されていない」、というのが提出される書類の決まり文句だった。

 あるいはこの妙に短命なところが、忌まわしい噂をさらに助長したのかもしれない。周囲の住民はこう囁いていた。「宇賀那の連中の大半は本当は死んでなどいない。ただ魚人の姿に変わったので、人前に出られなくなっただけだ」と。何の証拠もない戯言なのだが、周囲のほとんどがこれを信じていた。

 

 もちろんこれらのこと全てについて、合理的な説明は可能だ。宇賀那の住民が不気味な風貌を持ち短命なのは、周囲の集落から嫌悪されているために近親婚を繰り返さざるを得なかったためだろう。魚人との混血などという荒唐無稽な説明に頼らずとも、近親婚が多くの奇形を生むのは周知の事実だ。

 周囲の集落の嫌悪は宇賀那が豊かであることに対しての嫉妬によるものだろうし、宇賀那の豊かさの源は優れた漁場のそばにあることだろう。実際、周りの漁村が不漁のときでも宇賀那は常に豊漁なのだ。もっとも周辺住民に言わせると、「それこそが奴らが海の化け物と契約した証だ」そうだが。


 宇賀那周辺の村人たちから話を聞き終わった川本大尉は、その訴えの意味について考えた。彼らは自分たちの村が宇賀那からやってきた半魚人たちに襲われたと言っている。半魚人云々は別として、宇賀那の村人がほかの村を襲撃しているというのは事実かもしれない。

 もともと仲は最悪と言っていい状態だったのだ。いつ衝突が始まってもおかしくない。しかも飛び込んできた男たちの何人かは傷を負っている。これは襲撃の話が事実である証拠ではないのか。

 「分かりました。宇賀那からの襲撃が事実であれば、軍が対応します」

 川本大尉は請け合った。本来軍ではなく警察の仕事ではないかという気もしたが、男たちの言う通り宇賀那からの襲撃が多数の死者を出す規模のものであれば、警察だけでは戦力不足かもしれない。

 

 「と言っても、連中の訴えをどこまで信用していいものやら…」

 村人たちが部屋から出て行ったあと、川本大尉は呟いた。沖縄北部に軍の駐屯地ができて以来、軍を使って宇賀那を殲滅してほしいという周辺住民からの散発的な要求は絶えることがない。

 以前にそう訴えてきた男の「奴らは我々の敵というだけでなく、御国、いや人類にとっても敵だ」という大げさな主張を、川本は忘れることができないでいた。何故あの集落があそこまで嫌われるのかは不明だが、とにかく村人たちの訴えについては彼らの宇賀那への病的な嫌悪を考慮する必要がある。

 

 村人が負っていた傷は確かに宇賀那の住民との衝突によるものなのだろうが、衝突の規模はよく分からないし、そもそも宇賀那の側に非があるのかさえ分からない。

 もしかしたらさっきの村人たちのほうが宇賀那を攻撃し、さらに軍をその衝突に巻き込もうとしているとも考えられるのだ。

 「とりあえず一個小隊程度を宇賀那に向かわせてみるか」

 川本大尉はそう決定した。どうせ宇賀那は数百人程度の人口しかいない村だ。そこが他の村と揉めているからと言って、大兵力を出すには及ぶまい。所詮村同士の小競り合い、少数でも軍が姿を見せれば落ち着くだろう。後は指揮下の小隊のうち、どれを向かわせるかだが。

 「佐村にやらせるか。」

 川本の指揮下にある小隊の一つを指揮する佐村幸平少尉は民俗学に興味を持っていて、休暇のときにはよく駐屯地付近の村を調査しているという話を聞く。ということは宇賀那周辺の地理にも詳しいはずだから、この任務には適任だろう。

 

 「佐村少尉、宇賀那と言う集落の周辺で村人同士の衝突が起きているようだ。貴官は麾下の小隊を率いて、暴動を鎮圧して来い」

 川本大尉はいつも通り朝一番に中隊指揮所に現れた佐村少尉に命令した。彼はこれを単なる仲が悪い村同士の小競り合いと見なしていたのだ。

 そのことを非難するべきかは微妙なところだ。結果として佐村少尉と彼が率いる小隊が悲惨な運命を迎えたのは事実だが、当時そのことを予測できた者などいなかっただろう。

 「はい、小隊は宇賀那に進撃、暴動を鎮圧します」

 佐村少尉はそう答えた。彼もまた、自分がちょっとした百姓一揆のようなものを鎮圧しに行くとしか思っていなかった。指揮下の兵士たちが小銃を向ければ、村人たちはすぐに押し黙るだろうと考えていたのだ。数時間後、宇賀那周辺の村に到着した自分が何を見るかも知らずに。

 

 駐屯地から出撃した佐村小隊43名は宇賀那の隣にある並河村という集落に向かった。衝突が起きている村の中で、そこが一番駐屯地に近かったからだ。だが並河村で彼らが目にしたのは徹底的な殺戮の跡と、いつの間にか出現した数百人の半魚人だったのだ。

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