表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/28

3月23日

 いつもは木曜日に投稿することが多いですが、サブタイトル的に今日がいいかと思い、本日投稿しました。小説内で3月23日になるのは、本話が半ばになってからですが。

 ちなみに当初の予定では本日完結する予定だったのですが、予想外に長くなったせいで無理でした。これからもしばらく、お付き合いして頂けると嬉しいです。

その夜、松田が指揮する第702歩兵連隊は鹿児島から派遣された第813歩兵連隊と中野村で合流した。第702歩兵連隊の幕僚たちは、合流が成功したことに安堵した。消耗した兵力と、それ以上に危機的状況にあった弾薬残量を、一応の作戦行動がとれるまでに回復させることが出来たからだ。

 

第813歩兵連隊を指揮する高木大佐は士官学校で松田と同期だった男だ。彼は到着してすぐ、松田に敵の戦力について質問してきた。

 

「銃で武装した暴徒多数が立てこもっていると聞いたが、敵はそれほどの大兵力なのか? 一個連隊を手こずらせるほどの」

 「正確に言えば敵は暴徒ではない。もっと厄介なものだ」

 「暴徒ではない? では外国勢力か?」

 「外国ならまだ良かったのだがな。敵は人類ですらないのだ。報告ではその辺りはぼかしたが」

 「貴官が冗談好きだとは知らなかったな。与太話はやめて、とっとと正確な敵の情報を教えてほしいのだが」

 

苛立ったような口調になった高木を見た松田は、兵に合図を出して死体袋を運び込ませた。その中には戦場から回収した深き者の死体が入っている。

 「これだ。我が軍がこれまでに交戦してきたのはこいつらだ。名前は深き者というらしい」

 松田は袋から引っ張り出された異形の生き物の死体を指さした。

高木は言葉を失った。一瞬作り物かと思ったが、だとすれば腐臭を放っているはずがないし、外見も精巧過ぎる。何より高木が知る松田は、このような手の込んだ悪ふざけをする男ではなかった。

 

「この半魚人と、貴官の連隊はこれまで戦ってきたと?」

 「ああ、こいつらが宇賀那周辺の森の中に数千人潜んでいる。銃で武装しているのは報告通りだ」

 「銃で武装しているだと。ということは、この化け物は道具を使えるのかね?」

 「おそらく人間と同程度の知能を持つらしい。そこにいる男によると、この深き者こそが人類の祖先だそうだし」

 「実田だ。お初にお目にかかる」

 

連隊本部の隅に影のように立っていた実田が、松田の言葉に合わせて自己紹介をした。高木は彼をうさん臭げな表情で見た。どう見ても軍人でない男が連隊本部にいて、連隊長と言葉を交わしているのだ。しかも黄色いローブと仮面で全身を隠しているとあっては、怪しまれて当然だった。

 

「この男は何者だ? 現地人か?」

 「現地人ではなく、セラエノ神智教会とかいう組織に属しているらしい。これまで我が軍に協力してくれている」

 「信用できるのかね?」

 「今日の戦いでは役に立ってくれた。彼らがいなければ危うかった場面も多い」

 「ほう…」

 

高木は半信半疑といった様子だった。

 

「ところで実田とやら、あなたは何を思って我が軍の手助けをしてくれているのかね? 愛国心か?」

 「そのような下らない感情故ではない。国家など我々の時間感覚に照らし合わせれば、一瞬で消えてなくなるものだ。逆に、そんなもののために戦う貴殿らには感心させられるな」

 「な、貴様! 松田、この男は本当に信用できるのか?」

 この時代の日本人らしからぬ実田の言葉を聞いた高木は激昂した。

 

「言いたいことは分かるが、とりあえずこの男は協力者だ。どんな理由からかは知らんが、我が軍の味方をしてくれていることは確かなのだ」

 「それにしてもな…」

 「私からも聞きたい。あなた方セラエノ神智教会は何を思って、我が軍に協力している? 昼間に会った時は人類の滅亡を防ぐためなどと言っていたが、どうも話を聞く限り、あなた方が人類に対してそれほど価値を見出しているとは思えないのだが」

 

松田は高木を抑えつつ、実田に質問した。

 実田はさっき人類全体を「深き者が近親交配によって劣化した生物」と呼んだ。それほどまでに人類を侮蔑しているなら、人類がクトゥルフの復活によって滅びようがどうでもいいことではないのか。

 

「我々セラエノ神智教会は人類によって構成された組織だから、という答えでは不満かね? 貴殿らが日本人として生まれたから日本を守ろうとしているのと同様、我々は人類として生まれたから人類を守ろうとしているという答えでは」

 「それはそうだが、我々軍人は日本と言う国に誇りを持っている。それに比べてあなた方は、人類と言う種族に対する愛着など持っていないように見えるが」

 「より根本的な問題として、我々の信仰は深き者のクトゥルフ信仰とは相容れない。我らが神ハスターは、クトゥルフと対立しているからな」

 

「ハスター?」

 「我々セラエノ神智教会が信じる偉大な神だ。遥かなる外宇宙のアルデバラン星の都市カルコサにお住まいだが、如何なる場所にいようとも敬虔な信徒の願いに応えて力を与えてくださる。地球上にいる者にしか影響を及ぼせないクトゥルフよりも遥かに偉大な力をお持ちなのだ」

 

  突然陶酔した口調になった実田を、松田は内心で薄気味悪く思った。理性的に見える時もあるが、この男の本質は狂信者なのだ。熱狂的に自らの神を誉め讃える今の言葉で、それを思い知らされた。

 大体そのハスターや、クトゥルフとやらは本当に存在するのかと思う。考えてみれば実田たちがそう言っているだけで、その存在を示す証拠はないのだ。

 

ただいてもおかしくないとも感じる。松田たちは深き者やショゴス、ビヤーキーやクトーニアンをこの目で見た。であれば、クトゥルフやハスターが存在しても不思議ではないのではないか。

 

「…なるほど、あなた方はそれなりに信用できそうだな」

 これまで実田を露骨に疑っていた高木が、松田の沈黙を衝いて急にそんなことを言い出した。松田は一瞬不思議に思ったが、すぐにその意味を理解した。

 クトゥルフやハスターが実在するかは、そもそも問題ではない。実田たちセラエノ神智教会がその存在を確信していることが重要なのだ。

 

セラエノ神智教会はハスターという神に忠誠を尽くし、深き者たちが信仰するクトゥルフを敵視しているようだ。ということは、深き者と交戦している軍は実田たちにとって「敵の敵」であり、協力すべき存在ということになる。であれば、実田たちが軍に敵対行動をとるとは考えにくい。

 

そのことに気付いた松田は薄く笑った。高木の言うとおり、セラエノ神智教会は割と信頼に値する。「人類を救う」などと言っている連中には一片の信用も置けないが、自らの宗教を盲信している連中はある程度頼りになるのだ。前者が何をしでかすかは予測がつかないのに対し、後者は少なくとも自分たちの教義から外れた行動は取らないからだ。

 

「分かって頂けたようで何よりだ」

 松田たちの内心を知ってか知らずか、実田は皮肉っぽい声を出した。

 その後彼らの会話の内容は、明日3月23日の作戦行動に移った。


 



3月23日、南緯47度9分、西経126度4分にて。

 グスタフ ヨハンセンを臨時の指揮官とする7人の船員は、高速船アラート号の甲板からその島を見ていた。アラート号は本来彼らの船ではない。彼らがもともと載っていた船を航行中に襲撃、撃沈した連中から、戦闘の末に奪い取ったものだ。この戦いで船長が死亡したため、現在は航海士のヨハンセンが船を指揮していた。

 

「海図に載っていない。全く未知の島だ」

 ヨハンセンは自らの目と正気を疑いながら、前方に屹立する巨大な陸塊を凝視した。その表面は海水で濡れ光り、腐敗した膿汁を思わせる不快な濃緑色の地肌が微かにうごめいているように見える。

 

「連中、あの島の存在を隠すために我々を襲撃したのでしょうか?」

 「おそらくな」

 

船員の一人、ブライドゥンの言葉にヨハンセンは頷いた。アラート号のもとの持ち主だった混血の水夫たちは、明らかに単なる海賊とは違っていた。海賊なら積み荷と船を奪おうとするはずだが、彼らはまず進路を妨害しようとし、それが通じないと見るやただ問答無用でヨハンセンたちの船を沈めようとしたのだ。

 おそらく彼らは、現在ヨハンセンたちの目の前にある島の存在を知られたくなかったのだ。

 

「もしかしたら、あれに関係があるのかも知れない」

 ヨハンセンはアラート号の船室に恭しく飾ってあった人間と頭足類と爬虫類を混ぜ合わせたような不気味な像と、その横にある物体と経典らしき書物を指差した。

像は明らかに空想の世界にしか存在しない怪物を現したものであるにもかかわらず、忌々しいほど精密に作りこまれており、そう呼んでいいかは不明だが写実的とすら言えた。

 

 そしてその像の前には、忌まわしい物体が置かれていた。ヨハンセンたちは一瞬その正体がわからなかったが、気づいた瞬間に凄まじい恐怖と嫌悪感から胃が痙攣した。

 「それ」はもともと人間の死体だったのだろうが、巨大な爬虫類の皮らしきものが皮膚に縫い付けられ、さらに頭蓋骨の頭頂部が切断されて脳が摘出されている。その跡の空洞には蛸の死骸が押し込まれ、その触手は悪趣味なことに眼球を引き抜かれた眼窩から突き出していた。

 これらの行為は被害者が生きているうちに行われたらしく、死体の表情は絶叫の形で固まり、鱗のある皮と人間の皮膚をつなぎ合わせている縫い目からは、おびただしい血が流れていた。

 

 被害者の身元はよく分からないが、襲撃してきた連中と違って白色人種と分かる顔立ち、日焼けした肌から判断すると、混血の水夫たちに捕らえられた船乗りなのだろう。彼はおそらく自分の船を沈められた上に彼らの捕虜となり、野蛮人たちの言語に絶する残虐性の犠牲となったのだ。

 このような行為を行った正確な理由は分からないし正直理解したくもないが、おそらく何らかの宗教儀式なのだろう。像の形状と人体の損壊のされ方の類似から想像するに、人を神に変えるというような。

 


 「連中があの像を神とする宗教を信仰していて、あの島がその聖地なのかもしれない。全く人に知られてこなかった島だ。怪しげなカルトが蔓延る余地は大いにある」

 

 ヨハンセンの推測に、他の6人は頷いた。これほど「カルトの聖地」らしい場所もない。不気味な濃緑色をした岩石の表面は巨大な怪物の皮膚を思わせ、悪臭と瘴気をほとんど視覚で受容できそうなほどに噴出している。しかも島を埋め尽くす巨大な岩石群は、人類が生み出した幾何学で判断するとどこか不可解な印象を覚える曲線で組み合わさっており、じっと見つめていると違和感で視野が歪んでくる。

 

 まともな人間なら、絶対にこのような場所にいたくはないだろうが、悍ましい宗教儀式を行うカルト集団なら、この世のあらゆる法則が失われたかに見えるこの島にこそ神が住まうと判断するのではないだろうか。

 

 「どうしますか、船長代理? あの島に上陸しますか」

 

 島を眺めていたヨハンセンに、ブライドゥンが質問してきた。ヨハンセンはしばし沈黙した。理性的に考えれば、あのような怪しげな場所に上陸すべきではない。とっとと通り過ぎるべきだ。

 だがヨハンセンはどうしても、島を無視する気にはなれなかった。あの混血の水夫たちは、一体何を守ろうとしていたのか。あの島には何があるのか。そのような好奇心が頭から離れなかったのだ。

 一方で、やはり危険ではないかと言う思いもある。あの島がカルトの聖地だとすれば、上陸した途端に狂信者に襲われる可能性がある。狂信者に捕えられれば、ヨハンセンたちは船室に飾ってある死体と同じ運命を辿るだろう。


いあ いあ くとぅるー ふたぐん いあ いあ くとぅるー ふたぐん


 「どうした? 何の真似だ?」

 

 船内から不意に聞こえてきた異様な声に、ヨハンセンは振り向いた。他の6人のうち誰かの悪ふざけかと思ったのだ。だが、全員の顔を見てもそれらしき行動をとっている者はいなかった。それどころか、全員が怯えた表情で辺りを見渡している。

 

 「どこから聞こえてくるんだ? この声は」

 

 ブライドゥンがやや精神の均衡を失った様子で、声の発生源を求めて船室を歩き回り始めた。やがて彼は船内に立ち尽くして、声がする場所を指さした。船乗りらしく日焼けした精悍な顔が、紙のように白くなっている。


いあ いあ くとぅるー ふたぐん いあ いあ くとぅるー ふたぐん


 彼の指の先には、あの物体、爬虫類の皮を縫い付けられ、頭蓋骨の内部に蛸の死骸を押し込まれた悍ましい死体があった。アラート号を奪取した時点でこんなものは海に捨てるべきだったのだが、気味悪がって誰も触れようとしなかったために、そのままになっていたのだ。

 

 その死体の口から、不可解な言語の列が発せられている。明らかに死んでいるにも関わらず、唇と舌が動いて言葉を紡いでいるのだ。苦痛に歪んだまま凍り付いていたその顔は、いつの間にか明らかな恍惚を示すものとなっている。

 ヨハンセンたちは声も出なかった。何もかもが狂っている。襲撃してきた連中も、連中の聖地らしいこの島も、船内の死体も。

 

「に、逃げろ」

 

 ヨハンセンは恐怖で固まっていた咽喉を何とか動かして叫ぶと、島に向かって舵を切った。あるいは、この時点で自分は狂っていたのかもしれないと、彼は死の直前に残した手記に記している。ヨハンセンたちは、死体の声から逃れるかのように、あるいは導かれるかのようにその島に向かった。

 

 次回から戦闘回です。本作もそろそろクライマックスですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ