宇賀那村前面の戦い 完結編
何か誤解されそうなサブタイトルですが「宇賀那村前面の戦い」が終わっただけです。この小説自体はまだしばらく続くので、次回以降もお付き合いください。
数秒後、閃光とその一瞬後に轟音が走った。20発の手榴弾が爆発したのだ。続いて不快な叫び声が聞こえた。爆煙でよく見えないが、爆風と断片で全身を引き裂かれた深き者たちが絶叫しているのだろう。
佐村と兵たちはその煙の中にうっすらと見える影目がけて、次々と小銃を発射した。向こうも撃ち返してきたが、手榴弾の爆発で混乱しているために照準は鈍かった。
小銃が発射されるたびに、深き者は倒れていく。以前に食らった森林からの奇襲を、今度はこちらがより完全な形でやり返した格好だ。佐村は射撃を繰り返しながら、復讐の快感を覚えていた。これで少しは自分がかつて指揮していた小隊の仇を討てたと彼は感じていた。
「撃ち方やめ」
深き者全員が動かなくなったのを見て、佐村はとりあえず射撃を中止させた。こちらの被害は負傷2名。1人は助かるだろうが、もう1人は微妙なところだった。
「後は奴か」
深き者は始末したが、問題はあの樽状の生物だった。手榴弾の炸裂とそれに続く銃撃を受けても致命傷は負っていないらしく、星形の頭部と触手を動かし続けていた。とりあえずこちらを攻撃する様子はないが、意図が全くつかめない。樽状生物にもとより、「意図」などというものがあるのかも怪しいが。
なおその前にあった箱のようなものは、手榴弾の爆発と銃弾の直撃でボロボロになっていた。金属でも木材でもない未知の材質でできた外板が大きく剥がれ、内部から歯車や電線のようなものがはみ出している。おそらく、もはや機能することはないだろう。
「堕ちたものだな。かつての被造物の手先となるとは」
佐村が樽状生物をどうするか考えあぐねていると、実田が嘲笑するような声を出した。すると、それに対応する言葉、もしくは情報が佐村たちにも伝わって来た。正確には脳内に送り込まれた。
「手先となった覚えはない」
佐村と兵たちは息を呑んだ。樽状生物は何の音も出さなかった。にもかかわらず、その情報は確かに伝わってきたのだ。そして情報の内容は、実田の言葉に対する抗議としか考えられない。
あの生物は人間と意思疎通ができるのだ。音声による会話とは全く違った方法でだが。
「では、何故深き者の手助けをした?」
「宇賀那は我々が作り出した者たちが原形のまま生き残っている土地の1つだ。人間などに踏み込まれるわけにはいかぬ。深き者にも劣る退化した生き物になど」
「退化したのは貴殿らも同じだろう。第一、深き者を助けて人間を追い払ったところで、起きるのはクトゥルフの再臨でしかない。かつての仇敵による支配を望むほど人類が憎いか? いささか理解しかねるな」
その言葉を受けた実田は、再び嘲笑するように言った。樽状生物についての知識が全くない佐村たちには理解できないが、彼があの生き物を良く知っており、侮蔑の感情を持っていることは分かった。
「力を失った支配者とは惨めなものだな。南極の地下で過去の栄華を偲びながら眠りにつくか、かつての下僕によって飼い殺されるか。貴殿は後者を選んだらしいが」
「黙れ! 邪教の徒が。我々は一時的に地下に潜っただけだ。我々はいずれ再起し、ショゴスや深き者を支配下に戻す。これはそれまでの方便だ」
強烈な怒りを含んだ思念が伝わって来た。会話の内容から推測するに、あの生き物は深き者やショゴスたちの主人だった時期があるのだろうか。実田は相変わらずの侮蔑するような口調で、樽状生物に質問した。
「まあ自らの行動をどう解釈しようと自由ではあるな。ところで聞きたいのだが、我々に協力する気はないか?」
「劣化と退廃を重ねた連中に協力などするものか」
「そうだろうな。所詮は奴隷たちに見捨てられ、他星で再起する力もなくそのまま地上から消え去った種族の一員だ。協力する力があるなどと期待したほうが間違いだったよ」
「貴様!」
再び凄まじい怒りが伝わって来たが、実田は平然と受け流した。
「貴殿らがクトゥルフやミ=ゴとの戦いで使った武器は残っていないのか? まあ、こんなところで深き者に飼い殺されていたところを見ると、期待薄のようだが」
「馬鹿にするな。我々は無策でいたわけではないぞ」
「では武器の隠し場所は?」
「教えるものか」
「なら、仕方がないな」
そう言うと実田は樽状生物に向かって歩いて行った。鱗に覆われたその手にはどこからか取り出したナイフが握られている。
「もう一度だけ聞く。武器はあるのか? あるならどこに置いてある?」
樽状生物は答えず、実田に向かって触手を伸ばした。だがその触手は実田のナイフによって一撃で両断された。
「邪教の徒が」
「セラエノで貴殿らについての情報も見たが、種族として退化したというのは本当だったらしいな。偉大なる古き者が聞いて呆れる」
「それでも我々は創造主だ。被造物の堕落した末裔に協力などする気はない」
「そうか」
樽状生物がまた何かを伝えようとする前に、星形をした頭部が地面に落下した。実田がナイフを振るったのだ。
「最後に矜持を見せたか。深き者の手下になる前にそうすれば良かったのにな」
実田は言い捨てると、地面に倒れた樽状生物を無視して佐村たちがいる方に戻ってきた。
「戻るぞ。用は済んだ。ショゴスを操るための機械は破壊し、操っていた奴も始末した。これ以上ここにいる意味はない」
佐村はその言葉に従った。確かにいつまでも森の中にいるのは好ましくない。深き者に襲撃される危険がある。あの生き物が何だったのかなど、森を出てから考えればいいことだった。
トラックを止めた位置に戻るため、出来るだけの速さで帰途についていた佐村は自分が成し遂げたことにまだ気づいていなかった。
佐村が兵を引き連れて、連隊本部への帰還を急いでいたそのとき、宇賀那前面で戦闘中の部隊は敵の思わぬ行動に戸惑っていた。さっきまで猛威を振るっていたショゴスの動きが止まり、数多の将兵を惨殺してきたその触手が本体に向かって引っ込んでいったのだ。
ショゴスを相手に悪戦苦闘していた加納大隊指揮官代理の天野大尉も目を疑った1人だった。軍への攻撃をやめたショゴスは、何をするでもなくただ無秩序な動きを繰り返している。その様子はまるで途方に暮れているようにも見えた。
連隊が思わぬ事態に混乱する中、ショゴスたちはゆっくりと周囲の森林の中に進み始めた。人間の軍隊のことも、共闘していた深き者のことも忘れ去ってしまったかのように。
深き者がショゴスに退却命令を出したのかと一瞬思ったが、彼らもまた混乱しているようだ。つまり、これは人類側の行動、あるいは偶然によって引き起こされた出来事と言うことになる。理由については全く見当がつかないが、ただ分かるのはこれが千載一遇の好機だということだった。
数秒後、深き者たちが逃げ始めた。深き者の兵力は半減し、ショゴスはどういうわけか使えなくなった。これでは勝算がないという判断だろう。
「よし、ショゴスを迂回して追撃しろ。今までの借りを返してやれ」
天野は命令を出した。他の2大隊も深き者を追い始めている。銃声が響くたびに深き者の何体かが倒れ、その上を逃走中の仲間が踏みつけていく。骨が砕ける音と奇妙な声が束の間響くが、すぐにそれも聞こえなくなり、後には汚らしい肉塊だけが残る。
「いいぞ」
普通の状況で見れば目を覆いたくなるような酸鼻な光景だが、今の人類側の将兵はそれを心地よいものと感じていた。自分たちは勝ちつつある。敵を追い詰め、次々に倒しているのだ。天野も笑みを浮かべている一人だ。大隊長が戦死するほどの苦戦の末、ようやく勝利を掴んだのだ。こんな時ぐらい喜んでも罰は当たるまい。
深き者をさらなる災厄が襲った。算を乱して逃げ惑う隊列の中に、多数の爆炎が走ったのだ。その跡には中心から順に消し炭、肉片、惨死体、動けなくなった重傷者が残されている。
「今頃になってか」
天野は嬉しさと忌々しさが入り混じった複雑な声を発した。森の中で移動に戸惑っていた砲兵部隊が、ようやく位置転換を終えて射撃を始めたのだ。願わくばショゴスとの戦闘の時に介入してほしかったが。
天野の感想をよそに、砲兵部隊はこれまでの不在を浴びるように猛烈な砲火を深き者に浴びせた。重々しい発射音が響き渡り、大小の砲弾が異形の生物に向かって撃ち込まれる。
ダゴンの祭司を失い、ショゴスも無力化された深き者はこの圧倒的な火力に抵抗できなかった。勇敢にも踏みとどまって撃ち返そうとする者もいたが、彼らはほどなく複数の銃弾と砲弾を浴びて肉片と化した。自暴自棄になったのか銃を捨てて飛び掛かろうとした深き者は、重機関銃の射撃を浴びて四散する。
「よし、いいぞ。皆殺しにしろ!」
天野は命令と言うより挑発のような指示を出した。それを聞くまでもなく、大隊の兵たちは今までの鬱憤を晴らすべく、深き者への追撃を続けている。
小銃と軽機関銃が続けざまに発射され、逃げ回る深き者の背中を銃弾が抉る。ある者は傷つきながらも逃げようとするが、二発目の銃弾を食らって力尽きる。ある者は銃弾を食らって倒れた後、人類側の兵士の軍靴によって踏みつぶされた。骨が砕ける音と甲高い悲鳴が周囲に走るが、銃声と砲声、何よりも勝利に酔った兵たちの耳にはほとんど届かなかった。
もっとも届いたとしても、同情する者などいなかっただろう。深き者たちは周囲の村の人間を皆殺しにした上、連隊にも大損害を与えたのだ。連隊の兵士たちにとって、深き者は危険な怪物と言うだけでなく、戦友の仇でもあったのだ。情けをかけられるはずもなかった。
無論、指揮官も同様だ。特に天野大尉は直属の上官だった加納少佐の仇を討たんとしており、出来るだけ多くの深き者を殺すことを誓っていた。
「大隊長、連隊本部から命令です」
味方の優勢を見て笑みを浮かべる天野に通信兵から報告が来た。
「内容は何だ」
天野は苛立たし気に聞いた。連隊本部が何を言ってきたかは知らないが、「倒せるだけの敵を倒せ」以外の命令なら聞く気になれなかった。
「追撃を中止し、部隊を再編制しろとのことです」
「何だと!?」
天野は顔色を変えた。連隊は多大な犠牲を払いながら、ようやく敵を撤退に追い込んだ。加納少佐の仇討ちを抜きにしても、ここは徹底的に追撃し、一人でも多くの敵を倒すべきではないのか。
「深き者が逃げている方向に伏兵が潜んでいることが、ビヤーキーからの偵察で分かったようです」
「そういうことか」
天野は舌打ちした。深き者たちはただ潰走しているように見えたが、実はそうではなかった。人類側を罠にかけ、逆転勝利を狙っていたのだ。
「止むを得ん。追撃中止のラッパを」
断腸の思いで天野はそう言った。追撃を続けたいのは山々だが、それをやればせっかくの勝利が無に帰してしまう。残念だが、ここはいったん退くしかない。
天野が唇を噛みしめながら退却命令を出した直後、深き者の集団と連隊の間に巨大な地割れが発生した。将兵たちが息を呑んで見守る中、命令を無視、あるいは聞き逃して追撃を続けていた部隊と逃げ遅れた深き者が、大地に出来た裂け目に落下していった。
裂け目からはどす黒い粘液で覆われた異形の生物が地上を凝視していた。クトーニアン、先ほど砲兵部隊に大損害を与えたクトゥルフの眷属が、再び姿を現したのだ。
前方にいた部隊の一部が、そこを目がけて手榴弾を投げ込み始めた。クトーニアンについての知識はなくとも、状況から敵であることを悟ったらしい。
だがその攻撃が通用することはなかった。続けざまに起きた爆発はクトーニアンの巨体を覆う粘液の一部を弾き飛ばしただけだったのだ。クトーニアンは、攻撃されたことにすら気づかなかったかもしれない。
攻撃の効果が上がらないことに気づいた将兵が歯ぎしりする中、クトーニアンはゆっくりと地底奥深くに消えていった。後には戦車でも通過不可能と思われる巨大な地割れだけが残っている。
これでは追跡は不可能だ。架橋でもしないことには割れ目の上は通れないし、かといって迂回しても時間がかかりすぎる。立ち止まった人類側の兵たちを尻目に、地割れの向こうにいる深き者は悠然と去っていった。
「逃げられたか。だが覚えていろ」
天野を始めとする将兵は宇賀那の方向を殺意がこもった目で睨んだ。この戦いで生き残った連中も、次は必ず倒してやる。
自分で書いてて何ですが、古の者の扱いが残念すぎますね。実は結構好きな神話生物なのですが、「現在は種族として衰退し、滅びかけている」という設定を重視した結果、こうなってしまいました。
クトゥルフ神話には「かつて栄えた種族や集団が孤立と堕落を重ね、見る影もない程に退廃する」というテーマが多いので、こういうのもありだと勝手に考えています。まあ本作自体、まともな神話作品ではありませんが。




