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宇賀那村前面の戦い 中編

 筆者が今週忙しかったせいで、今回やや短いです。そのせいで、2話で終わらせる予定だったこのシーンが3話(もしかしたら4話)構成となってしまいました。申し訳ありません。気長に付き合って下さると嬉しいです。

加納少佐から指揮を受け継いだ副大隊長の天野大尉は、加納の最後の思考を共有する気にはなれなかった。確かに深き者との銃撃戦はこちらが優勢になりつつあるが、深き者よりさらに厄介な敵、重砲による攻撃をかいくぐった5体のショゴスが接近しているのだ。

 

「何とかならんのか」

 天野は呟いた。ショゴスのうち2体は既に触手による攻撃圏内に入っている。ショゴスから触手が伸びるたびに、兵たちは手足を切断され、胴体を分断されていった。

 

「重砲は何をしている?」

 重砲による支援砲撃は加えられているが、何か砲撃の感覚が間延びしている気がするのだ。何故もっと大量の砲弾を撃ち込まないのか。

 「砲員の疲労かもしれません」

 「そうか」

 

近くの兵の言葉に、天野ははっとした。砲兵部隊は午前中の戦闘でかなりの兵員を失っている。そのため現在は、生き残りの兵が一人につき二人分、あるいはそれ以上の仕事をこなしている形になる。短期間ならいざ知らず、長時間にわたる戦闘では体力に限界が来るだろう。

 

「無謀だったのではないか」

 その思いが天野の胸中をかすめた。午前中の戦闘でかなりの被害を出したまま、連隊は宇賀那を攻撃している。一旦後退して大部隊の増援を要請するか、せめて失った兵力の補充を受けてから、進撃を再開するべきではなかったのか。

消耗した部隊で作戦を強行したツケを、加納大隊長の戦死やショゴスに対する苦戦と言った形で突き付けられている気がしてならなかった。

 


「深き者多数が接近中、このままでは白兵戦になります」

 さらに悲痛な報告が届いた。銃撃戦はこちらが優勢になったはずだが、ショゴスが戦闘に加入したことにより、それも怪しくなってきている。限られた火力の一部をショゴスに割かざるを得なくなり、深き者への攻撃が不十分になっているのだ。

 

 加えてさっきからの戦いでこちらの兵がかなり失われ、戦力が大きく低下している。深き者のほうはと言うと、これまでの戦闘でだいぶ倒したはずだが、まだ二千人近く残っているようだ。

 「ダメか」

 天野は絶望した。やはりこの作戦は無謀だった。午前中、いや昨日の戦闘の時点で一旦後退し、内地からの増援を仰ぐべきだったのだ。それをせず進撃を強行した結果がこの体たらくだ。

 

 大体相手の兵力もよく分からないままに、軍を侵攻させるとはどういうつもりだ。天野は胸中で連隊本部を罵った。連中の愚行が加納少佐の戦死と大隊の危機、ひいては連隊の危機をもたらしたのだ。

 天野はショゴスの姿を見据えた。深き者たちはその巨体の陰に隠れながら進撃し、時折銃撃を浴びせてくる。さらにショゴスもまた多数の触手を展開し、その先についた刃物で人類側の将兵の肉体を分断していた。

 


 「白兵戦用意!」

 天野は覚悟を決めてその命令を出した。後退してから態勢を立て直す手もあるが、それをやれば部隊はかなりの確率で潰走状態になる。それよりはむしろ、互いの距離が縮まったことを利して白兵戦に移るべきだと彼は判断した。

 ショゴスの触手はおそらく混戦状態になれば使用できないだろうし、日本陸軍は小部隊単位での接近戦に長けている。このままショゴスと深き者の両方を相手に、戦力を削られ続けるよりはましな戦いが出来るかもしれない。

 

 もちろんこれを行えば人類側の被害も膨大なものとなり、勝っても負けても部隊は壊滅状態になる可能性が高い。だが、絶望的な状況を打開する方法は他に考えられなかった。

 

 冷徹な計算と自暴自棄が相まった思考回路の中で突撃を命じようとした天野の耳に、連続した銃の発射音が響いた。銃声は大隊の側面から聞こえてくる。

 「敵の新手か?」

 だとすれば最悪だ。正面の敵に加えて、側方からも襲撃を受ければ戦力が擦り減った大隊には到底対処ができなくなる。それどころか、苦戦の中ただでさえ士気が低下している兵たちがパニックに陥り、戦わずして部隊が瓦解する可能性すらある。

 


 「増援が来てくれました」

 だが周囲の兵から聞こえたのは、悲鳴ではなく歓声だった。天野はほとんど信じられないといった表情で、銃声が聞こえる方向を見た。

 そこにいたのは確かに、直立歩行する蛙を思わせる奇妙な生き物や無数の目と口を持つ白色の塊ではなく、日本陸軍の軍服を着た兵たちだった。

 



 天野は知らなかったが、この部隊は深き者の別動隊の迎撃にあたっていた和田少佐の大隊だった。砲兵部隊を襲撃しようとしていた別動隊を撃破した和田大隊は、深き者やショゴスはこれ以上近くにいないというセラエノ神智教会からの報告を受け、敵の本隊との戦いに加わることにしたのだ。

 

 いきなり予想もしていなかった方向から攻撃され、深き者たちの姿勢は大きく乱れた。和田大隊は移動に時間がかかる重装備の一部を後方に置いてきていたが、それでもほぼ無傷の大隊が新たに戦闘に加入したことは大きかった。

 先ほど別動隊を撃破したことで自信をつけた将兵は、混乱してばらばらになった敵の小集団に集中砲火を浴びせ、次々と全滅させていったのだ。

 

 「これなら」

 天野はそう呟いて、突撃を思いとどまった。和田大隊の投入により、戦況は一挙にこちら側に傾いた。深き者たちはもはやこちらに進撃することはできず、逆に分断されて逃げ回っている。

 さっきまでは全滅を覚悟していたが、今度は深き者のほうが全滅の危機に陥っているのだ。

 


 「後はショゴスか」

 深き者の集団は無力化されつつあるが、問題はあと5体のショゴスだった。彼らはさっきまでの戦闘で加納大隊、現在天野が指揮している大隊の兵をかなり死傷させている。

 それは現在も同じで、深き者を追って不用意にショゴスに接近した和田大隊の兵たちは瞬時に戦死の運命を迎えていた。

 

 そして和田大隊に蹴散らされた深き者たちは、ショゴスの陰で態勢を整えつつある。まだ数はそれなりにいるので、このままだと人類側は手痛い反撃を食らうかもしれない。

 「ショゴスの周囲を歩兵砲で攻撃しろ。村重少佐殿の大隊にも依頼してくれ」

 咄嗟に天野はそう命じた。歩兵砲でショゴスを破壊することはできないが、その陰に隠れている深き者たちを死傷させることはできる。敵が密集せざるを得ないことを考えれば、大戦果が期待できそうだ。

 

 歩兵砲の砲弾がショゴスの周囲に落下し始めた。最初は和田大隊の砲だけだが、すぐに村重大隊の砲も加わる。砲弾が落下するたびに爆風と鋭い金属片が飛び散り、ショゴスの陰に隠れた深き者たちを傷つけていく。

 「さて、どう出る」

 天野はショゴスを見据えた。このまま突っ込んでくるのか。あるいは深き者を守って後退するのか。

 

 

 そのショゴスたちの周囲に突如、巨大な爆炎が湧きだした。時間的にいって重砲による砲撃ではない。

 「セラエノ神智教会…か」

 天野はショゴスの上空を見据えた。そこには予想通り、ビヤーキーに乗り込んだ黄衣の集団がいた。

 

 彼らは戦闘の前半で深き者に向かって砲弾を投下してくれたが、今度はショゴスに対して空爆を行うことにしたらしい。爆炎の大きさからみて、投下したのは重砲弾だろう。

 弾速が足りないため砲から発射した時ほどの威力は発揮できなかったが、それでも重砲弾の爆発はショゴスにかなりの打撃を与えたようだ。こちらに向かっていた5体のうち、2体が四分五裂の状態になり、残り3体も一時的に動きを止めた。

 

 天野は追い打ちを期待した。セラエノ神智教会が行った爆撃で、ショゴスは一時的に無力化された。今度は連隊の砲兵部隊が砲弾を撃ち込み、簡単に再生が出来ないほどに破壊するべきだろう。

 

 しかしこちらの砲兵は中々砲撃を開始しなかった。天野は苛立った。連戦で砲員が疲労しているのは分かるが、今撃たなくてどうする。これではセラエノ神智教会の協力に対し、申し訳が立たないではないか。

 

 「連隊本部に意見具申、ショゴスに…」

 天野が砲撃を催促しようと電信員に声をかけた瞬間、通信機を操作していたその兵は息を呑みながら報告を寄こしてきた。

 「砲兵部隊がやられました。以後、砲撃による支援は期待できません」

読んでくださっている皆さん、本当にありがとうございます。次回は新しい神話生物が登場することになると思います。この戦闘シーンが後一話で終わるか、二話にまたがるかは微妙なところですが、とりあえず来週中に一回更新はします。二話にまたがった場合、サブタイトルがややこしいことになりそうですが。

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