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宇賀那村前面の戦い 前編

 戦闘シーンが予想外に長くなりそうなので、二つに分けることにしました。今回は一人の大隊長の視点から戦闘を描きます。

「多いな」

 加納大隊長は目の前の敵を見ながら呟いた。報告では二千とのことだったが、三千以上いるように見える。

そして彼らの側面を8体のショゴスが進撃している。擬態を行っていないのは、先ほど擬態したショゴスを撃破されたため、無駄と悟ったからだろう。

 

「歩兵砲射撃開始。目標は半魚人」 

 加納は指示を出した。すぐさま、6門の歩兵砲が射撃を開始する。威力は低いが機動性が高く、歩兵の支援に適した砲だ。その砲が続けざまに咆哮し、深き者の集団の中に砲弾が落下し始めた。

 

「敵は散開しつつ後退、ショゴスを盾として進撃を開始する模様」

 見張り員が報告した。確かに深き者たちは砲撃を浴びて後退したかと思うと、ショゴスの後ろについている。ショゴスを盾にしながら進み、ある程度のところまで接近してから襲い掛かる気なのかもしれない。

 

「連隊本部に砲兵による支援を要請しろ」

 加納は通信兵に命じた。ショゴスを歩兵砲で破壊できないのは昨日の時点で分かっている。ここは重砲による攻撃が必要だ。

 


「重砲、山砲が砲撃を開始しました」

 嬉しそうな報告が届いた。その言葉通り、後方で轟音が響き、ショゴスの周囲で大小の爆発が起き始めた。連隊直属の砲兵部隊による支援が開始されたのだ。

砲弾は次々と落下し、一部はショゴスを直撃する。重砲弾を食らったショゴス一体がバラバラになり、山砲弾を食らった他のショゴスから無数の破片が飛び散る。だが…

 

「つぶしきれん」

 加納は呻いた。ショゴスの数に比べてこちらの砲の数が少なすぎる。これでは全てのショゴスを破壊する前に、敵がこちらを攻撃できる位置に入ってしまう。

 




「深き者たちがショゴスの陰から出てきました。ショゴス7体は依然進撃中」

 そのことを裏付けるような報告が届いた。どうやら砲撃だけで勝利を収めることは難しいようだ。

 「全部隊、手持ちの火器で深き者を攻撃しろ」

 やむなく加納大隊長はそう命令した。ショゴスには勝てないからというより、両者の武器の射程を考慮した結果だ。

ショゴスの触手より、深き者が持つライフルのほうが射程が長い。とりあえずは深き者を攻撃したほうがいいという判断だった。

 

その命令を待っていたかのように、多数の火箭が深き者の集団に向かって伸びていった。歩兵砲、機関銃、小銃、大隊が保有するすべての火器が深き者に向けられたのだ。隣の村重大隊でも同じ命令が出たらしく、銃と砲の発射音が続けざまに響いた。

 その威力は凄まじかった。小銃や機関銃はショゴスを破壊することはできなくとも、地球上のほとんどの生物を殺す威力を持つ。

そのような武器が束ねて発射されたのだ。大隊に向かってきた深き者の中にはたちまち、複数の弾丸を受けて即死する者、手足を吹き飛ばされて転げまわる者が続出した。

 

だが深き者が放つライフル射撃も、確実に人類側の兵たちを捉えていた。昨日時点ではライフルを持つ深き者はそれほど多くなかったのだが、今回はほとんどがライフルで武装しているようだ。相手も本拠地の防衛とあって、武器の出し惜しみはしないことにしたのかもしれない。

 

「奴ら、一体どこからあれだけの銃を」

 加納少佐と村重少佐、二人の大隊長は異口同音に呟いた。銃火器の所持にはかなりの規制があり、一つの村が余りに多くの数を購入すれば不審がられるはずだ。

それなのに深き者たちは何千丁という数のライフルでこちらを攻撃している。彼らはどうやって、政府の目を盗んであの数の銃と弾薬を手に入れたのだろうか。

 

そしてそのおかげで、こちらの損害が無視できないものになりつつあった。前方の深き者の群れから小銃と遜色ない威力を持つ銃弾が降り注ぎ、兵たちを次々と死傷させているのだ。

硝煙の臭いに地面にばらまかれた血液と内臓の悪臭が混ざり、いわく言い難い臭気が戦場に立ち込める。既に二人の大隊長の周りにも銃弾がかすめるようになっており、周囲にいた兵1人が突然肩を撃ち抜かれて倒れた。

 

「歩兵砲部隊、敵の中央部に砲弾を撃ち込んで隊列を分断しろ」

 加納の焦燥を帯びた指示のもと、歩兵砲が深き者の大群の真ん中に撃ち込まれた。至近距離で爆風を浴びた深き者は一撃で残骸に代わり、その周囲にいた者は皮膚を覆う鱗を表面の粘液もろとも引き剥がされ、聞くに堪えない絶叫と共に地面を転げまわった。

 深き者の隊列内部に、さらに連続した爆発光が走った。時間的に考えて加納や村重の大隊の砲ではない。

 

「セラエノ神智教会が上空から砲弾を投下しているようです」

 副大隊長の天野大尉が報告してきた。上空を見やると、確かに蝙蝠と昆虫を混ぜ合わせて爬虫類の雰囲気を付け足したような奇怪な生物の群れが飛んでいる。セラエノ神智教会は連隊本部から砲弾を受け取り、ビヤーキーから深き者の隊列に向かって投下したらしい。

 

「連隊長も思い切ったことをしたものだな」

 あのような得体のしれない集団に砲弾を供給するとは、と加納は内心思った。もし彼らが敵であれば、砲弾は松田連隊目がけて投下されていただろう。幸い、そのような事態は発生しなかったが。

 



「よし、敵の前方に火力を集中。一気に叩きのめせ!」

 砲撃及びビヤーキーからの空爆で、加納大隊に接近中の敵集団はほぼ真っ二つに分断されている。各個撃破の好機だ。

 命令通り、小銃、機関銃、歩兵砲など大隊が保有する全ての火器が、深き者の前方集団目がけて叩きつけられた。異形の生物の大群が、血液と肉片と金属片と硝煙の混合物に転じていく光景に、将兵は歓声を上げた。

 

「いいぞ。前方集団を叩き潰したら、今度は後方にいる連中を始末してやる。化け物どもを我が国から一掃しろ」

 敵の前方が崩壊していくのを見て、加納は満足げに言った。加納は小隊長として日露戦争に従軍したことがある。あれも日本の運命を賭けた戦争だったが、あるいは今回の戦いは日露戦争以上に重要かもしれない。相手は好戦的な大国などよりも遥かに危険な存在、人間が理解することも妥協することも不可能な怪物なのだから。

 

だから自分たちは何としてでも勝たなくてはならない。化け物たちに人類の力を教え込み、二度と今回のような真似ができないようにしてくれる。

 加納は潰走した敵の前方集団から目をそらすと、後方集団を見据えた。先ほどから連続して行われた砲撃で視界が悪化しており、その姿は朧げにしか見えない。戦場に立ち込める爆煙と粉塵が収まるまで、双方とも身動きが取れないと思われたが。

 

「何…」

 何人かが同時に叫んだ。靄の後ろにいる深き者の隊列から閃光、明らかに銃の一斉射撃と思われる硬質の光が走ったのだ。

 

彼らが次の言葉を発する前に、深き者の集団が一斉に放ったライフル弾が到達した。その瞬間、大隊の隊列の前方が赤と僅かばかりの白に染まった。

靄の中から放たれた高速弾によって破砕された人体の一部が、落ち葉が堆積した赤土の上にばらまかれたのだ。

 もちろん人類側も撃ち返すが、霞の向こうにいる相手に対して効果が上がっているのかは分からない。自分たちはただやみくもに撃っているだけではないかという空気が全体に伝わり、将兵の士気は徐々に低下していった。

 

一方、深き者の隊列から放たれる射撃は残酷なまでに正確だった。発砲の閃光が走る度に、地面に人間の肉片と骨片が撒き散らされ、その上にカーキ色の軍服に包まれた死体、あるいは間もなく死体となる存在が倒れこむ。

 視界はだんだんと回復してきたが、それでも不利は否めないように見えた。射撃のたびに倒れていくのは、明らかに人類側のほうが多い。

 

「火力ではこちらが優勢なはずだが」

 加納は独り言を言った。深き者の武器がライフルのみであるのに対し、こちらは歩兵砲と機関銃を装備している。相手のほうが人数で勝るとはいえ、総合火力では上のはずだ。  


だがその予想を裏切るかのように、人類側の兵は次々と倒れていく。信じたくない光景だった。

 「朝の戦いと同じか」

 加納は午前中の戦いの報告を思い出した。砲兵部隊に接近してきた深き者は、それまでの素人臭い射撃とは全く異次元の正確さで銃撃を加え、多数の兵を死傷させたという。

 


「ふむ… 連中はその手を使っているか」

 いつの間にか加納の隣に来ていた男が呟いた。黄色いローブと白い仮面を着けているので、セラエノ神智教会の者なのだろう。加納はこの連中を信用していなかったが、とりあえず男の発言の真意を聞いてみることにした。

 

「その手とはどういうことだ」

 「後方にいる連中を見ろ」

 「後方にいる連中?」

 

加納は聞き返しながら、奥のほうにいる敵を見た。銃を持った深き者の背後に、悍ましい装飾が為された冠のようなものを被った連中が数人いる。彼らは戦闘に加わらず、こちらをじっと見据えていた。

 

「あの冠を被った奴らだ。奴らはダゴンの祭司で、ダゴンと大いなるクトゥルフの力の一部を授かっている。貴軍の苦戦は奴らのせいだ」

 あまりにも荒唐無稽な発言、いや待て。セラエノ神智教会の連中がショゴスに対して行使した力、あれもまた現実離れしたものだった。彼らに超常的な力を使えるなら、深き者が使えてもおかしくない。

 

「セラエノ神智教会にも同じような支援はできるのか?」

 加納は男に質問した。超常的な力の存在を信じたわけではないが、このままでは味方の損害が増える一方だ。ここは藁にもすがる思いだった。

 「できるが、それをやるとショゴスへの対処が不可能になるな」

 

男は冷徹な口調でそう言った。現在セラエノ神智教会はショゴスと交戦中だが、相手の数が多すぎて中々無力化できないようだ。とりあえず二体は重砲部隊との連携で無力化したようだが、残り六体は真っすぐこちらに向かってくる。

 そしてショゴスたちはもうすぐ攻撃圏内に入ってくる。この状況でセラエノ神智教会をショゴスへの攻撃から外すことはできない。 

 

「貴様はのんびりと戦況を見ているが、何とかできんのか? 例えば魔術でこちらの射撃を支援するとか」

 どうにもならない状況に苛立った加納は思わず八つ当たりのような言葉を口にした。この男は何故こんなところで深き者の戦術について論じているのだ。

仲間と共にショゴスを攻撃するなり、あの黒いローブの連中と同じようにこちらの兵の射撃の命中率を上げるなりしてくれないものか。

 

「それはできん。私には貴殿を守るという任務があるのでな」

 男は相変わらず冷然とした口調で言った。

 「私を守るだと?」

 加納は再び聞き返した。この男が自分を守るとはどういうことだ。敵が襲ってきたときに、魔術で撃退でもしてくれるのか。

 

 「気づいておらんようだが、ダゴンの祭司どもは指揮官である貴殿を狙っている。私は貴殿を守るよう松田とかいう連隊長から頼まれたので、その銃弾を逸らしてやっているのだ」

 「な?」

 

 加納は絶句した。そうか。激戦の中、自分には妙に弾が当たらないものだと思っていたが、この男が自分を守ってくれていたのか。加納はさっき男に投げつけた言葉を後悔した。  

 同時に、自分だけが守られていることがひどく罪深いことのように感じられた。兵たちが銃弾の中に身をさらして戦っているというのに、自分だけが安全地帯に隠れている形になっているとは。

 もちろん兵たちには分からないだろう。彼らは加納が弾雨の中に身をさらしながら、指揮を取っていると思っているはずだ。だから士気に影響は出ないだろう。

 

 だがそれは余計に罪深いことではないのか。ある意味加納は、自分が危険に身をさらしていると、兵に嘘をついていたようなものだ。

 「それなら必要ない。あなたは戦闘の支援をしてくれ。私の護衛はしてくれなくて構わん」

 加納は思わずそう口にしていた。二人が話している間にも、兵たちは加納の周りで次々と倒れていく。一瞬前まで喜怒哀楽の感情を有する人間だったはずのものが、一発の銃弾でただの有機物の塊に変わっていくのだ。

 

 そんな中、加納だけが死を免れている。男に言われて気づいたが、確かに加納に向かって飛んでいるはずの銃弾が何故か傍の木々を、あるいは気づきたくはなかったが、傍の兵を直撃しているのだ。

 

 「それはできん。貴殿を守るようにというのが、貴殿の上司からの頼みなのでな」

 「あなた方は我が軍の指揮下にはないはずだ。よって松田連隊長の依頼に従う義務もないと考えるが」

 

 加納はセラエノ神智教会の男が拒絶の意を示したことに対して、そう言い返した。目の前の男が加納の護衛をやっていることで、大隊は支援を受けられず、苦戦を強いられている。

 この状況を打開するには、男に加納の護衛任務から離れてもらうしかない。そして男が自分の護衛をしているのはあくまで「依頼」によるものだ。「命令」によるものではない。

 

 「ふむ。確かに道理だな」

 男は呟いた。

 「だが、それをやれば貴殿は確実に死ぬぞ。それでもいいなら私は貴殿の護衛を中止するが」

 「構わん。小官は死よりも敗北と不名誉を恐れる。兵たちが倒れていく時に、自分だけ安全地帯に隠れていることなどできん」

 

 加納は叫んだ。このままでは自分の大隊は深き者、異形の化け物たちに敗北する。そんなことが許されていいはずがない。自分の死によって状況が打開できる可能性があるなら、そうしてみるべきだ。

 


 「私には分からん思考だな。まあいい」

 男はそう言うと、何か奇妙な手ぶりをした。すると上空から昆虫と蝙蝠を掛け合わせたような怪物、ビヤーキーが下りてきた。男はそれに乗り込むとこう言った。

 「それでは私は安全な上空から、貴軍の射撃を管制することにする。管制と防御を同時に行うことはできんし、ここで貴殿と心中する趣味は私にはないのでな」

 

 どこか加納に敬意を表している口調にも聞こえた。もちろん気のせいかもしれないが。

 「能書きはいい。早くやれ」

 加納は怒鳴った。今この瞬間にも兵たちは倒れているのだ。余計なおしゃべりをしている暇などない。

 


 「ではさらばだ」

 そう言うと男のビヤーキーは飛び立っていった。一瞬後、加納の胸部と腹部にこれまで感じたことのない苦痛が走った。数発の銃弾が肋骨を砕きながら胸郭と腹腔に侵入、さらにその中で跳ねまわって重要臓器を破壊したのだ。致命傷であることは傷口を見るまでもなく分かる。

 

 激痛で霞む視界の中、加納は確かに見た。深き者側の銃撃を管制しているはずの黒いローブを着た連中、ダゴンの祭司が、複数の銃弾を受けて倒れる光景を。

 彼らは一応小銃や機関銃の射程内にいたはずだが、狙って命中するような距離にはいなかったはずだ。

 

 「やってくれたか」

 加納は会心の笑みを浮かべた。男は約束を果たした。ダゴンの祭司とかいう連中を潰してくれたのだ。気のせいか、戦況が逆転した気がする。倒れる味方の兵が減り、逆に半魚人が倒れる回数が増えている気がするのだ。

 

 「これでいい。我々は勝った」

 

 加納はさらに微笑んだ。もはや痛みは感じない。逆に、ひどく懐かしい感覚がする。そうだ。小学校の運動会で自分の組が勝った時は、こんな気分だったものだ。とにかく誇らしくて、観戦していた母親に自慢したくて仕方がなかった。優しい笑みを浮かべた母さんは、普段は出してくれない菓子類を手渡してくれて…

 

 心なしか、口の中に甘い味が広がっている気がする。今日の活躍について、興奮した様子で加納に話しかけてくる学友の姿が見える。そうだ。俺は勝ったのだ。何も心配することはない。さあ、家に帰ろう。夜には父さんにも今日の自慢話を…

 

 加納少佐の感覚は既にほとんどが失われていたが、本人がそれに気づくことはもはやなかった。

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