共闘成立
サブタイトルは「奇妙な共闘」にしようかとも思ったのですが、TRPGのシナリオ名として余りに有名すぎるのでこのタイトルに落ち着きました。
連隊は可能な限りの速さで一時後退し、二時間ほど前の戦場までたどり着いた。周囲には深き者の死体が転がり、腐肉と魚介類の粘液を最悪の調合で混ぜ合わせたような異臭が漂っている。
「ショゴスはあそこにいる」
ビヤーキーから降りた実田が抑揚のない口調で森の一角を指した。確かに言われてみれば、周囲と微妙に植生の質感が異なるようにも見える。無論、気のせいかもしれないが。
松田連隊長はとりあえず、砲兵隊にそこを砲撃するように命じた。重々しい発射音と共に、大小の砲弾が実田が指示した地点に落下していく。
将兵が不信感のこもった目で見つめる中、新緑色の大地の一角に褐色の硝煙が続けざまに湧きだした。所詮は当てずっぽうの砲撃であり、何の効果もないとほぼ全員が確信していたが、彼らは爆炎の中から現れたものを見て目を疑うことになる。
鼻腔に焼き付くような酸を含んだ煙、それが消えた後に散乱していたのは焼け焦げた木片ではなかった。汚物に群がるウジ虫を連想させる汚らしい白色をした原形質の塊だったのだ。
大きさは今までのショゴスよりは若干小さい。おそらく先ほどの戦いで受けたダメージが残っており、完全には再生し切れていないのだろう。
「さてと、貴軍はここで見物していたまえ」
そう言って連隊本部を出て行った実田の指示のもと、黄色いローブと白い仮面をつけた集団が姿を現したショゴスに無造作に接近していった。
セラエノ神智教会の人間たちが一定の距離に近づいた瞬間、ショゴスから何本かの触手が伸びてきた。これまで人類側の数多の将兵を倒してきた恐るべき兵器だ。
ショゴスが完全に再生していない分数が少ないが、それでも脅威であることに変わりはない。
将兵たちは固唾を飲んで戦況を見守った。セラエノ神智教会が敗北すれば、次は彼らがショゴスと戦うことになるのだ。そして彼らはおそらくそうなると思っていた。セラエノ神智教会は丸腰だ。ショゴスに勝てるはずがない。
だがその予想は裏切られた。ショゴスから伸びた触手は黄色いローブの集団に触れようとした瞬間、すべてが地面に落下したのだ。刃物のような器官が先端についた黒い触手は、本体から切り離された途端に元の白い原形質に戻った。
セラエノ神智教会が何らかの武器を使用した様子はまるでない。触手はただ、見えない刃物に切断されたようだった。もちろん黄色いローブの集団には傷一つついていない。
「や、やったのか?」
戦況を観察していた皆は唖然として叫んだ。セラエノ神智教会は信じがたいことをやってのけた。武器も使わずにショゴスの攻撃を防いだのだ。
テケリ・リ テケリ・リ テケリ・リ
ショゴスがあの奇妙な声を上げた。それはどこか戸惑っているようにも聞こえた。ショゴスにもし感情があるとすれば、何も持っていない人間たちが自分の触手を切断して見せたことに驚いているのかもしれない。
奇妙な声は長くは続かなかった。触手が切断された後、ショゴスの表面の目と口のような器官が破壊され始めたのだ。血走ったような目が次々に破裂し、周囲に透明の漿液をまき散らす。テケリ・リという声を発していた唇が引き裂かれ、歯と舌のようなものが空洞から吐き出されていく。
そしてセラエノ神智教会は、何か呪文のようなものを唱え始めた。状況を呆然として眺めていた将兵たちは、その異様な響きに鳥肌が立つのを感じた。とても地球の言語とは思えない、聞いただけで全身の神経に痛みが走るような音律だったのだ。
その呪文が響き始めるや否や、ショゴスの巨体はだんだんと縮んで、あるいは萎びていった。純白だった表面がくすんだ灰色に変わっていく。
呪文の詠唱が止んだ時、ショゴスは直径2mほどの灰色の球体に転じていた。動き出す様子はないようだ。
「これで、我々を信じていただけたかな」
戻ってきた実田がそう言った。確かにこの連中に、ショゴスを無力化する力があるのは確からしい。
「ああ、分かった。あなた方を疑って済まなかった」
佐村は清水作戦参謀と共に実田に謝罪した。100%信用が置けるかは怪しいが、とりあえず実田には軍に協力する気があるし、その力もあるように思える。ならば、協力関係を作ることを考えるべきだろう。
「では宇賀那侵攻を貴軍にお願いしたい。いかんせん我々だけでは、あの村の深き者すべてを相手取ることはできないのでな」
実田の要求は一貫していた。後はそれに同意するかだが、佐村には気になる点があった。
「一つ質問がある。ショゴスを倒すにはあなた方全員でかかる必要があり、最低でもさっきと同じだけの時間がかかるのか?」
「まあその通りだ」
「やはりか…」
セラエノ神智教会は確かにショゴスを倒したが、それには数分単位の時間がかかり、さらに全員が戦闘に拘束されていた。
さっきは相手がショゴス一体だったから良かったが、複数だったり深き者と混成して襲って来たりしたら、セラエノ神智教会は対抗できない。
詰まるところ、彼らの戦闘力は多数対多数の戦いではそれほど当てにできない気がするのだ。もちろん、いないよりはいてくれたほうが、ずっと助かるのは確かだが。
だが意外にも、ここで清水作戦参謀が積極案を述べた。
「佐村少尉の言いたいことは分かるが、ここは彼らの案に乗ったほうが良いと思う。もちろん、最終的には連隊長がお決めになることだが」
「作戦参謀、よろしいのですか?」
「ああ、あのショゴスの擬態を彼らは見破ってくれる。多少の増援などよりずっと強い味方だと思う」
「なるほど」
佐村は戦闘のことばかりを考えていた自らを恥じた。軍単独では困難な「偵察」という行動を行ってくれる集団の価値に、清水は気づいていたのだ。
「それで、連隊長は確か貴殿ですな。我々に協力していただけますか」
清水の言葉を満足げに聞いた実田が、松田連隊長に質問した。
「分かった。セラエノ神智教会に協力しよう。我が軍は半魚人、あなた方が言うところの深き者を掃討する。あなた方にはショゴスへの対処をお願いしたい」
松田連隊長は力強くそう言った。これで話は決まった。
「全軍に通達。我々はこれより敵の本拠地、宇賀那への進撃を開始する」
重砲の巨大な発射音が響き、前方の森林に着弾した。いや、着弾した場所にあったものは森林ではなかった。爆発が起きた瞬間、今まで木々に見えていたそれは白い塊へと転じたのだ。
「セラエノ神智教会さまさまですな」
滝村参謀長が上機嫌で言った。現在セラエノ神智教会のメンバーの何人かはビヤーキーに乗って上空から偵察を行っている。どういう方法でかは分からないが、彼らは森林に擬態したショゴスを発見できるのだ。
そしてその情報を連隊本部にいる実田が、これまたどういう方法でかは分からないが受け取り、砲兵部隊の指揮官たちに指示を出すのだ。砲撃でショゴスが破壊されたところでセラエノ神智教会の残りのメンバーが接近し、短時間では再生できないように無力化する。
この方法によって、ショゴスとの戦闘は優位に進んでいる。連隊はこれまでに3体のショゴスを、ほとんど犠牲を払うことなく倒していた。
「ようやく我々を信用していただけたようで何よりだ」
実田が滝村参謀長の言葉に応えた。とりあえず今この場では、この男が味方であるということを佐村や清水も認める気になっていた。
「うん? そうか、そんな数で来たか」
実田が独り言を言った。ビヤーキーで偵察している仲間から情報を受け取ったらしい。
「深き者の大集団、おそらく二千人以上が接近しているようだ。それも8体のショゴスと一緒にだ。それと、500ほどの別動隊も近くに来ている」
実田はそう報告した。連隊は後しばらくで宇賀那に突入できる位置にいる。そのため深き者の方も、大兵力を投入してきたのだろう。
「よし、加納大隊と村重大隊を迎撃に向かわせろ。砲兵部隊はショゴスへの砲撃を準備」
松田連隊長が麾下の部隊に指示した。これまで連隊本部の近くにいた二個大隊が前進を開始し、砲兵部隊は砲に新たな砲弾を装填し始めた。
しばらくして、加納大隊と村重大隊が深き者の集団と交戦状態に入ったという連絡が、連隊本部に届いた。




