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めがねっ娘

作者: Q作くん

めがねっ娘



「いつからか優先順位というものが出来上がっていて、それは裸眼、コンタクト、眼鏡の順になっていると思われる。ちなみに、この並びが一体何に対して優先しているのかといえば、ずばり見てくれ。眼鏡の君よりコンタクトの君。コンタクトの君より裸眼の君。という具合に、一目惚れされる確率がこの三パターンで大きく変わってくる。果たしてその要因はどこに?

 健康面で考えてみるとどうだろう? 無論裸眼の君はナチュラルルック。不純物の一切ないその眼差しは、夏に炙られ焦げ付いた肌と、微笑みの拍子に覗く白い歯とが生み出すコントラストと相まって、見る者に爽やかな印象を与える。まさに娘を頼むに躊躇しない、好青年〝みきひさくん〟だ。

 コンタクトの君はどうか? 見た目それ自体は裸眼の君と大差ないように思われるが、この情報化社会において、見る者たちにも十分過ぎる程差は可視化されている。小まめな洗浄、交換を怠ると、せっかくの澄んだ瞳も白濁とし、まるでゾンビのそれのようになってしまう。いわゆる白内障というやつだ。だからコンタクトの君はいつも危険と隣り合わせ。リスクヘッジ主流のこの時代、やはり裸眼の君の前では霞んでしまう。

 最後に眼鏡の君だが、見る者の受ける第一印象はやぼったい、ガリ勉、内向的、チャラい等、凄惨たるもの。陰気なイメージが九割を占め、残り一割の陽気なイメージさえも、プラスには決して働かない軽薄なもの。レンズ越しに映る世界がたとえ現実と寸分違わぬ美しく残酷なものだったとしても、見る者たちは淀み歪んだ世界を見ているのだと決めつける。眼鏡が割れれば瞳孔はもちろん顔も傷つく。肉体的にも精神的にも、眼鏡の君は高確率で健常者扱いはしてもらえない。

 だがもちろんこれはあくまで第一印象での話。生きれば生きた分だけ見方は増え、知れば知るほど趣味趣向は多岐に渡っていく。

 裸眼の君はいつしかジミー君となり、コンタクトの君はコンプレックスという名のバンドを結成。眼鏡の君は―私ならこう望む。めがねっ娘であれと。

 めがねっ娘の朝は早い。何故ならサラサラ黒髪ロングのストレートでもなければ茶髪で内ハネのショートでもないから。めがねっ娘は、そう。三つ編みおさげでなくてはならない。だからめがねっ娘の朝は早い。他のどんな髪型の女の子よりも、懇切丁寧に編み込んでいかなくてはならないから。

 そうして髪型が決まったら、次は眼鏡の選定。起き抜けは文明開化に浮かれ騒ぐ街しずしずと、袴姿で行く女学生的黒縁眼鏡。でもめがねっ娘の生きる今は二十一世紀。レトロな雰囲気そのままに、リーガルの革靴鳴らしてそのまま登校と洒落込んでもいいのだが、やっぱりもっとスマートな出で立ち求めてしまう。だってめがねっ娘はお年頃。

 丸みを帯びた黒の眼鏡ケースを開ければ、買いたての頃と何一つ変わらない、ぽかっ、というややくぐもった音。中に収められているのは赤いフレームのアンダーリム。めがねっ娘は目を細めてそれを愛おしく眺めると、黒縁眼鏡にさようならを告げる。それから慎重に、それはもうケースから取り出した瞬間に風化し塵と帰してしまう(いにしえ)の調度品でも手にしたかのように、ゆっくりと赤眼鏡を持ち上げ、そして―耳のカーブに沿ってモダンを滑らせ、テンプルが文字通りこめかみと触れ合ったその時に、蝶番を薬指で抑え、レンズの位置と視界の良し悪し―つまりは身を置く世界の在り方を規定する。

 めがねっ娘は鏡に映る自身の姿に一度大きく頷き部屋を出る。どうやら納得のルックスのようだ。

 視界は良好、気分も高揚。一階リビングへと向かうめがねっ娘の、その階段を踏みしめる足取りは、まるで魔法が解けてしまうことを恐れるシンデレラ。

 もちろんお気に入りの眼鏡を掛けた程度の魔法は、リビングに到着したって解けはしない。木目調のテーブルを囲う家族におはようと言って、自分もまたおはようをもらう。

 父は朝刊を広げ、時折中指でフレームをくいっ、と持ち上げコーヒーカップにそのまま手を伸ばすといった仕草を一定のリズムで繰り返している。

 母はキッチンでウインナーを茹でている。レンズが曇りあたふたしている。

 弟はまだ慣れないのか、視界に入り込むブリッジをしきりに気にしている。その内気にならなくなるだろう。

 めがねっ娘は自分の席に着席する。きつね色したトーストと、目に優しい緑とアクセントとして赤を散らしたサラダボール。そして、どこまでも深いブラックコーヒー。

 タケシ、お姉ちゃんにミルク。とレンズを拭き終え茹で終えたウインナーをスクランブルエッグと共に運んで来る母が言う。

 はぁい。とそれを受けて育ち盛りの弟がめがねっ娘にミルクを渡す。

 ありがとう。ミルクを受け取っためがねっ娘はコーヒーにミルクを注ぎ、砂糖は? と甘みを加えるべくその行方を探る。

 ああごめん。父さんが持ってる。と父が気になる記事から目を離し、砂糖の入った小瓶をめがねっ娘へと手渡す。

 めがねっ娘は砂糖を受け取るとミルクと溶け合い深みを失ってしまったコーヒーに、これでもかとばかりに砂糖を投入する。

 完全に甘~いミルクティーへと変貌したコーヒーを見て、めがねっ娘は口元を弛ませる。人も物も、ちょっとしたことで変われる。その事実がとても嬉しく思えたからだ。

 そんなめがねっ娘は学校のクラスにおいて、教壇から見て一番右端の後ろから二番目という目立たない席。そこにさらに輪をかけ学校でのめがねっ娘は伏し目がち。だもんで先生も級友も、めったなことでは声を掛けない。朝、鏡面を前に赤眼鏡姿の自分に自信を持てたあのめがねっ娘を、これからの八時間、目にする者は一人としていない。

 家に帰る道すがら、めがねっ娘は相も変わらず伏し目がち。重くもないのに両手で持った抱鞄(かかえかばん)、控え目に膝で打つ。

 トン。トン。トン。トン。

 膝が痛くなったら一旦止めて、痛みが引いたらまた打ち始める。

 学校でイジメられているわけでもない。まるっきりの一人ぼっちというわけでもない。けれどもめがねっ娘は苛立っている。自身が過ごすこの日常相手に。

 ふと顔を上げる。空は茜色。浮かぶ雲は黒っぽく見える。まるで終末のようだとめがねっ娘は思う。その内めがねっ娘を季節外れの夕立が襲うだろう。レンズの内側が濡れることでめがねっ娘はそのことに気付くのだ。

 めがねっ娘はレンズを拭うためにフレームに手をかけるがすぐに手を戻す。向かいから近所のおばちゃんがやって来るからだ。めがねっ娘は一度俯き、ずずっ、と鼻をすするだろう。気持ちを切り替えるために。そうしてめがねっ娘は再び前を向き、歩き始める。それから近所のおばちゃんに笑顔で挨拶をするのだ。ごきげんよう、と。

 めがねっ娘よ、世にはばかれ」


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