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腹、切りました

 次女の声がする。うっすらと目を開けると、私の顔を覗き込んでいる。

「あ、起きた。おーい」

 返事の代わりに瞬きをする。

「じゃあ、塾行くわ」

 小さく頷くと、じゃあね、とヒールの音を響かせ去っていった。入れ違いに旦那が顔を覗き込む。

「どうや」

「5、秒」

「え?」

「麻酔」

 以前から、全身麻酔が入ってから何秒意識があるか数えてみて、と話していたのだ。


 平成28年7月末、世間がオリンピックの話題で持ち切りの中、私は「ハラキリ」したのだ。



*******

 子宮筋腫があるのは数年前からわかっていた。治験を勧められ熟慮の末スタートしたもののたった一度生理の周期が遅れただけで治験対象外となった。それから半年間は「リューブリン」という注射を月に一度打って筋腫を小さくした。また半年後に再開しましょう、という医師の言葉は、日常の雑務に追われ忘れた振りをした。

 楽なパートではあったけれど、思うようには休みが取れない。子供は高校生、受験に向けて夜遅い帰宅、その生活に合わせ家事を終えると、寝るのは大抵深夜2時。そして朝5時に起きて弁当を作る。そんな生活を約2年ほど続け、ついに体が悲鳴を上げ始めた。


 重い生理。夜用の40センチの大きなナプキンを2時間おきに変えなければならない。ずっと3時間睡眠なので昼間眠たくてたまらない、仕事ができない。徐々に業務が滞り始めるけれど、誰にも助けは求められない。しかし残業すれば家事が滞るし規定上それもできない。

 貧血も、体調不良などで採血する度鉄剤を出されるのだが、どうも苦手で続かない。太っているので罪悪感があり食事もまともに採らない。水分ばかり馬鹿みたいに取っていたのも悪かった。

 ついにヘモグロビンが6.0を切り始める。(標準最低値が12.0~)咳が続いて行った病院で「輸血レベルですよ」と言われついに大きな要因であった子宮筋腫をどうにかしなさい、と紹介状を持たされた。

 この医師の言う事を素直に聞けたのは「きつかったでしょう」と言って下さったから。そんな些細なきっかけなのだ。旦那に、どんなに身体のきつさを訴えても「睡眠不足」「だらけている」「さっさと家事を片付けてパソコンもしないで寝ればいい」などと言われ続けていた私は「自分が悪いのだ」と思い込んでいたのかもしれない、と今なら思う。


 母が癌の手術、治療をしたN病院(総合病院)のH医師にかかり、早々に子宮全摘の覚悟をした。しかし、筋腫が大きい事と貧血がひどくリスクが高い事、タイミング的にどうしても子供達の夏休みに手術をしたいという都合から、また3月から7月までリューブリンを打ち貧血を改善し筋腫を少しでも小さくすることになった。


 リューブリンで生理が停止すると、3カ月目あたりにはヘモグロビンが11.0まで上昇し貧血に関しては問題がなくなった。手術日も決まり、仕事も1か月休む為の調整をした。


 しかし、開腹手術である。先生は百戦錬磨で他県からも手術を受けに来る方もいる位なので、信頼はしているが初めての全身麻酔――万が一のことを考える。ムーンライトノベルズでの連載はなんとか終わらせた、そのスピンオフも更新予約できた。が、この作品のつまったUSBもし家族に見られでもしたら! ……皆さんなら、どうしますか?


 3本あるものを、一番容量の大きい物にまとめた。しかしこれでは心もとない。もう1本コピーを作り、カラのUSBと一緒に封筒に入れテープでぐるぐる巻きにし「GALA私物・有事の際はこのまま破棄のこと!」と書いて会社の引き出しの一番奥にしまいこんだ(これはまだ回収していない!)。

 そして本命の1本――これはもう肌身離さず持っておこう。大丈夫、万が一のことなんてない、必ず生還する。病院へ持っていく荷物の中でも、雑多な物を入れておくポーチの中に忍ばせた。ええい、ままよ!


 *


 手術はその日の一番最後。前日21時からの絶飲食に死にそうになりながら14時半頃呼ばれる。旦那と次女に付き添われ手術室の前でハイタッチをした。明るく送り出してくれるのがありがたい。その日は模試で来られない長女からも直前にメッセージが来た。

 大丈夫、怖いけれどきっと大丈夫。自分に言い聞かせ、もう一度旦那と次女を振り返った時は思わず泣いてしまいそうだった。


 本人確認をし、血圧を測る。すでに確保されている血管に点滴がセットされる。60cmくらいの幅の手術台にはモフモフのムートンが敷かれていて、手術台も暖かい。その温度にほんの少しだけホワッ、と気が緩んだが、すぐに「横を向いて背を丸めてください」と言われ背中に麻酔用の針を刺される。チューブのようなものがグリュッ、と背中に入ったのがわかった。上を向くと、両腕を固定され反対側の腕にも点滴用の針を刺された。口にマスクをあてがわれ、はい、麻酔が入りますよ、痛みはないですか? と言われながら1,2,3,4,5……ぐっと頭を後ろに引っ張られるような感覚と共に、意識を失った。


 *


 2時間半の手術終盤、旦那と次女は別室に呼ばれる。

「これが摘出した子宮です」

 見るのか、見ないのかなどの確認もなく有無を言わせず、その赤い塊を見せられたそうだ。よくぞ二人とも平気だったな……私が母の子宮を見た時は、一瞬くらっとしたものだが。

 次女は後日「牛肉の脂のとこみたいだった~」などと呑気に言っていた。私も1週間後くらいに写真を見せてもらったが、その肥大ぶりには驚いた。筋腫部分だけでなく、子宮全体の壁が分厚くなるタイプだそうで、ぶよぶよしたホルモンの写真がコピー用紙にかわいいマスキングテープで貼られていた。

 あとで聞いた話だが、次女はその生々しい子宮に「お世話になりました」と言ってくれたらしい。


 術後1日目は高熱が出て、一度は立ち上がろうとしたもののできなかった。トイレに行くのも普通は1日目から行くのだが、私は2日目でようやく立つ事ができた。とにかくお腹の中が痛い。腸の癒着を防ぐためなるべく歩きましょう、寝返りを打ちましょう、と言われるが生理痛の10倍くらい痛い。それでも日々、少しずつ痛みは減って行き、食事もお粥から普通食になってくると段々元気が出て来て、管理部屋から普通の大部屋へと移ると、同室の患者さん達とお喋りしたり売店へ行ってみたり、と活動もできるように。


 10日経つ頃には元気すぎて申し訳ないような気分になってくる。しかし、看護師さんが言うにはやはり病院内でベッドにいつでも寝転べるから大丈夫なんであって、家に帰るとそうはいかない、まだまだ休養が必要ですよ、ということだった。それにしても、腹の底から気力が漲ってくるのだから不思議。

 しかしそれと反比例して、家族が皆荒んで行っている事もわかった。あまり一緒に見舞に来ることはなく、それぞれバラバラに来るのだが、お互いがお互いの愚痴を言うようになってきた。長女は目の下にクマを作り、次女は頬にブツブツとニキビのようなものが。旦那は子供達が何もしない(ことはないのだが)と嘆き、お金の心配ばかりしている。

 そんな話を聞くのは正直嬉しくはなかったが、そんな中でも娘達は今までどんなにか私に頼り切っていたかということや、日々の食事に対する感謝をしてくれたので良しとしようか。色んな家事もできるようになったようだ。



 入院期間中一番の思い出は、花火鑑賞だ。1度目は湾の向こうだったので小さかったのだが、5,6人位が私の部屋に来て歓声を上げながら観たのだ。2度目は退院3日前に近くの河であった大きな花火大会。わざわざ一番上の階まで上がって観た。色んな病気の人が集まって、一斉に花火を見上げ知らない人同士で「きれいだね」「新作だね」と話しながら。

 私などはすぐに退院できるからなんという事はないが、長く入院されている方や重い方にとってはこんなささやかな事が楽しみで仕方ないようだった。


 皆、回復しますように。心の中で花火に祈る。



 旦那の仕事の都合で本来なら退院するはずの日を2日過ぎ、ようやく娑婆の人となった。入院仲間に挨拶をし、看護師さん達にも笑顔で送り出して頂いた。

 帰りに張り切ってスーパーへ寄っただけでフラフラになったものの、どうしても食べたかったラーメンを食べに連れて行ってもらってご満悦。夕飯も頑張って作ったけど本当にキツかった。


 これを書いているのもまだ退院3日目、まだまだ思うように体が動かないけれどボチボチのんびり療養して、9月からは仕事に行けるようにしないと――USB回収しなきゃ!






 

 

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