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なるほど、どうやら私は乙女ゲームの中に入ってしまったらしい

作者: S


 なるほど、どうやら私は乙女ゲームの中に入ってしまったらしい。 

 正直言って、自分でも頭が可笑しいのではないかと思うが、そんな結論に至ってしまったのだ。



 その場に立ち尽くし、呆然とする。

 全く見覚えの無い生徒玄関。挨拶が飛び交って、非常に騒がしい。見れば、高校生と思しき人たちが大勢いる。朝だ。皆、登校してきたのだ。反面、私には登校した記憶は無い。それにここは私の母校では無い。第一私は高校生でもないのだ。

 一体何がどうなっているのか。

 全くわけがわからない。

 分からないなりに、でもただ立っていてもどうしようもないことは分かる。

 人の邪魔になってはいけないと、私は隅に行った。校内へ入る勇気はなかった。大体、今私が誰なのかが分からないのだ。多分だけど、この身体は私の身体では無い気がする。ありえないことだけれど、私で無い誰かに私はなったのだ。

 人が余り来ないところで、持っていた鞄を開けた。

 中には学生らしく教科書だの文房具だのが見える。他には手帳や、化粧ポーチがあった。女子高生だな、と、思った。何から見るべきか。取り敢えず私は化粧ポーチを手にとって、中を確かめた。自分の姿を確かめようと思ったのだ。手鏡くらいはあるだろう。まあ、実際は手鏡どころか、結構大きめの机にセットできる鏡が出てきたのだが。勿論化粧ポーチには入っていなかった。教科書と教科書の間に挟まっていた。多分だけど、勉強を真面目にするタイプじゃない気がする。このサイズ、持ち歩くにはちょっとどうかなと思うが、この際だ。自分の姿を確かめる為だし、大きいに越したことは無いだろう。

 鏡を開いて、私は自分を確かめた。

 そこに映る顔は、やはり、自分ではなかった。

 そう、自分ではないが、誰かというと、誰だろう。

 見覚えがある気がしないでもない。芸能人? 違うな。あっ、よく見ると髪の毛紫がかってる。紫って。女子高生で紫って。まあ黒に近いから余り目立たないけど。あー、でも誰だろう。誰だっけ。知ってるんだよなー。もやもやする。この顔知ってる。絶対知ってる。知識をフル動員させてみる。出て来い、出て来い。

 出ない。

 よし、分かった。

 名前を調べよう。

 今私はこの人物の鞄を手にしているのだ。個人情報の宝庫だ。手帳まであるのだ。絶対分かる。鞄の中を漁ってみる。下の方に、生徒手帳があるのが見えた。なんだ、ちゃんと持ち歩いてるんじゃないか。絶対真面目じゃないタイプだと思ったから、とうに紛失しているかと思ったらそうでも無いらしい。校則にあるのかな。生徒手帳は絶対持ち歩くことって。

 緑色のカバーの小さな手帳を手に取る。裏表紙の裏に、個人情報が書かれていた。ご丁寧に顔写真つきだ。本人に間違いない。すぐさま名前を確認した。


 碓井 りお。

 

 誰だよ。

 ヤバイ、名前を見たら絶対分かると思ったのに全然分からない。誰だよ、碓井。

 詰んだ。

 この顔見覚えあるし、名前見たら絶対分かると思ったのに現実はこうだ。全然分からない。一応住所も確かめたが、知らない所在地だった。何処だよ。寧ろここ何処だよ。

 ヤバイ、超ヤバイ。

 何これ、私お医者様のお世話になっちゃう感じ? 自分で自分が分からない。マジでヤバイ。

 どうしよう。こうなれば誰かに助けを求めるべきか。

 すいません、私碓井って言うんですけど、それ以外のことが何も分からなくて、寧ろ今から私何したらいいですか? とか、聞けばいいんだろうか。うん。アウトである。ヤバイ。どうしよう。

 取り敢えず私は辺りを見回した。私が隅でこそこそしている間に、人影は疎らになっていた。と、言うか、誰にも声を掛けられなかった。何? この碓井さんて友達いないの? マジで? いや、この状況で、おはよー! とか、凄く明るく声掛けられても超絶挙動不審に対応する自信しかありませんけど。じゃあ結果オーライ的な? いやいや何言ってるの、全然オーライじゃないよ。寧ろ全面的にアウトだよ。全方向に不審者としての対応しか出来ないとしても、誰かに頼るべきだったんだよ! 結果、お医者様のお世話になったとしても! その後のことは想像したくないけど。

 どうしよう。どうしよう。どうすれば。ただ焦りだけが募る。

「あっ」

 思わず、声が出てしまった。

 どう考えても不審者丸出しの表情で立ちすくむ私の視界に、同じくきょろきょろしながら進む一人の女子生徒が目に入ったのだ。

 見覚えが、あった。

 今度こそ、見覚えがある。

 第一、彼女だけ、髪の毛オレンジなのだ。

 普通じゃない。アレに比べれば紫なんて可愛いものだ。橙色って。それだけで強く生きていける気がする。いや、そうじゃなく。問題はそこではなく。

 私は彼女を知っていた。

 完全に初対面だが知っていた。

 あの、きょろきょろと忙しなく視線を動かしながら進む美少女は、嘉藤 らぶ。愛と書いてラブじゃない。平仮名でらぶである。その名の通り、数々の男に愛を振り撒く、美少女である。知ってる。超知ってる。

 だってあの子、ゲームの登場人物。

 しかも、ヒロイン。

 つまり、ゲームをプレイしているときは、私が彼女だったわけだ。私は彼女になって、数々のイケメンどもを虜にしてきたのだ。尤も、私が知っている彼女は平面だったわけだけど。現実に飛び出しても美少女は美少女なのだと思った。凄いな。オレンジ色の髪の毛に全然違和感ない。凄い。

 彼女がここにいるということは、だ。

 それはつまりここは、乙女ゲームの中の世界ということだどういうことですか。ちょっとわけが分からないんですけど。乙女ゲームの中? え、は? いやでも納得する他ないんだよね? 多分そういうことなんだよね? 理屈とかそういうことじゃないんだよね? 全くもってわけが分からないんだけど、私は碓井さんとか言う人になって、乙女ゲームの中にいるんだよね? で、その碓井さんに見覚えがあるということは、彼女もゲームの中にいたんだよね?

 いたんだよ。

 何となく分かった。

 私の記憶のうっすらしたところに存在してた。

 碓井 りお。

 多分、ヒロインである嘉藤らぶのクラスメートで、友人と言うか、親友? と、言っていいんだろうか。実を言うと、ゲームはプレイしたが、この碓井さんが何をしたかが全くと言っていいほど記憶に無い。ヒロインに友人なんて必要かな? ぶっちゃけ恋愛するだけだし、女友達なんて不要だよね? でも私はこうしてここにいる。つまり、碓井さんは必要なのだ。多分。

 どうしたものか。

 取り敢えず私は、友人であろう嘉藤さんにコンタクトを取る事にした。

 恐らく彼女は私を知っているだろう。仲のいい友人であれば多少挙動不審でも許してくれるかもしれない。

 よし。

 私は意を決して、嘉藤さんに近付いた。

「お、おはよう、嘉藤さん」

 因みに私は、碓井さんが嘉藤さんを何と呼んでいるのか知らないのだ。

 無難に嘉藤さんとか言っちゃったけど、間違ったかもしれない。確かに、仲の良い友人同士が苗字で呼び合うのは余所余所しい。そのせいか、嘉藤さんはきょとんとした顔で私を見ている。

「あ、あの……」

 何か言わなければいけないと思うのだが、言葉が続かない。

 するとここで嘉藤さんから衝撃の一言が飛び込んできたのだ。

「人違いじゃありませんか? 私は齋藤です」

「えっ」

 さ、齋藤? まさかの人違い?

 私は茫然とした。嘉藤さんだと思って話しかけたら齋藤さんだったのだ!

 そんな馬鹿な!

 いやいやいやいや、ないない、それはない。どう見ても嘉藤さんだ。あ、そうか、私が他人行儀に話しかけたから、からかってるんだな? 成程、嘉藤さんはそういうキャラなのか。実は私は嘉藤さんのキャラを良く覚えていない。何故ならイケメンに夢中で、ヒロインのことは然してどうでも良かったからだ。乙女ゲームのヒロインに濃い個性は要らない派である。

「またまた、らぶちゃんてば冗談が上手いんだから!」

 取り敢えず私ははっちゃけた。

 そうだ。多分こういう距離感なのだ。全く記憶に無いが。

 しかしそんな私を見て、嘉藤さんは困ったように眉根を寄せると首を傾げたのである。

「あの……ごめんなさい、どちら様ですか?」

「えっ」

 待て待て待て待て。

 更なる否定。

 どちら様とは、どっちをさして言っているのだろうか。私だろうか。そうだな、私だよな。私が誰か、って話だよね? 確か友人ポジションだと思ったんだけど、あれ? 人違い? え、もしかして、イケメンの誰かの兄妹とかそういう設定だっけ? あれ? 碓井って男キャラいたかな? 脳内大混乱である。こんなことになるのなら、もっと真面目にプレイすればよかった! って、こんな事態を想定してゲームプレイする人がいると思いますか! いたら頭可笑しいと思います!

「えーと、碓井です。碓井りおです」

 仕方が無い。

 今更ながら私は自己紹介をした。尤も自己紹介といっても、私自身名前しか知らないも同然なんだけど。すると嘉藤さんは、目をぱちぱちと瞬かせた。どうやら驚いているらしい。うん。何ということだ。私は思った。見蕩れてしまった。今更ながら美少女である。どんな表情でも可愛いって何だそれ。そりゃ惚れるわ! 幾ら二次元とはいえ、イケメンどもが挙ってデートの約束取り付けてくるわ!

「あ、あの、私は齋藤亜季です」

 誰だよ。

 嘉藤さんが自己紹介してくれたと思ったら、全然知らない名前が出てきた。齋藤だけでも誰だよ状態だったのに、更にわからなくなった。誰ですか。齋藤亜季さんて誰ですか。嘉藤さんじゃないんですか。嘉藤らぶさんじゃないんですか。

 ここで私は一つのことに思い至った。

 私は混乱していた。だが彼女もまた、混乱の極みにあるということに。

 ここはゲームの中の世界のようである。つまり、彼女もまた、私と同じように、現実からここにつれてこられた一人ではないだろうかと。

 ねーよ。

 ガチねーわ。

 自分で言っておいて何だが、頭が可笑しくなったとしか思えない状況である。

 しかし私はこの仮説が事実であると裏付けるため、鞄の中から手鏡とは言い難いサイズの例のものを取り出したのだ。これで彼女にも確認してもらおうと。これで姿を確認して尚、齋藤ですけど。とか、言われたら詰みである。大人しく病院のご厄介になろうと思う。

「見てください」

 鏡を開いて、彼女の前に差し出した。

 彼女は少しだけ驚きを露にすると、首を傾げて見せた。

 これは……詰んだだろうか?

「何か、特殊な鏡ですか?」

 だがこの彼女の言葉で、私は自分の考えが間違っていないことを悟ったのだ。

 と、言うか、そっちの方向できたか。鏡に細工がしてあって、自分で無い誰かが映るようになっていると思ったらしい。つまり、この嘉藤さんは、外見は嘉藤さんだが中身は齋藤さんなのだろう。ややこしい。

 私は彼女の隣に移動して、横から鏡を覗いた。

 鏡には、嘉藤さんと、私こと碓井が映っている。

「いいえ、普通の鏡ですよ」

 そう、これは普通の鏡なのだ。ただそこにあるものをそのまま映す、それだけの鏡なのだ。

「でも、これ……」

 嘉藤さん改め齋藤さんは、酷く戸惑っていた。

 そうだろう。鏡に自分で無い自分が映ったら、それは驚くだろう。しかもそれが美少女だったら驚愕だろう。いや、元々の齋藤さんを知らないから何とも言えませんけど。もしかしたら元々美少女かもしれないし。でも、二次元には敵わないんじゃないかな。今三次元だけど。

「齋藤さんはこの顔に見覚えありませんか?」

「いいえ、ありません」

 あれ?

 絶対に知っていると思って聞いたのに、即座に否定された。

 あれ?

 だって、こんな美少女だよ? 見覚えあるっていうか、例えばヒロインの親友キャラなんて覚えてなくても、普通主人公は覚えてるでしょう。嫌だな、齋藤さんてば度忘れかな?

「ほらあの、ちょっと売れた乙女ゲームの主人公ですよ」

「おとめ、げーむ?」

 えっ。

 齋藤さんはきょとんとした顔で私を見ている。何だその、聞きなれない単語を聞きましたみたいな顔は。寧ろそんな言葉初めて聞きましたみたいな顔は。

 えっ、まさか。

「あの、齋藤さん、ゲームします? TVゲームとか、いや、ハードは何でもよくて、スマホアプリでもいいんですけど」

「少しなら……」

「恋愛シミュレーションとかは?」

「ごめんなさい、ちょっと分かりません」

 なんということだ。

 齋藤さんは、非ゲーマーだった。

 なんということだ。

 少しなら、と、言うのも本当に少しで、所謂パズルゲームとか、スマホアプリだとしても、軽い育成ものだとかそういうことなのだろう。

 なんということだ。

 私は彼女が絶対にこのゲームを知っていること前提で話しかけていた。だって普通、ゲームを知っている人が入り込むんじゃないの、こういうのって。いやそもそもゲームに入り込むこと事態が普通の範疇を大幅に超えて大気圏突破して宇宙レベルの異常事態なんだけど。いやでもそれでも、ゲームの内容を知っているのといないのとでは、全然違うというか、私は彼女に何と言ったらいいんだろう。

 説明する?

 ゲームの内容を説明する?

 いや、どうやって一般の人に説明したらいいんだろう。普通に考えてドン引きだ。でもそのドン引きの現実にいるわけで、私たちはお互いを分かりあわなくてはいけないと思うのだ。多分協力する必要がある。元の世界に戻るにしろ、一人より二人の方が心強いし。

 よし、そうと決まれば、学校などどうでも良い。

「齋藤さん、こっち来て」

 私は彼女をつれて学校を出ることにした。と、言っても校舎裏に行っただけだが、正直って、学校以外の状況も分からないし、地理も知らないのだ。ゲームのシステムだと、選んだところへ瞬時にワープだったから尚更だ。歩く必要がなかったのである。

 私は誰にも邪魔をされない場所へと足を進めた。

 学校の外へ出ても、まるで現実と変わらなかった。本当に私はゲームの中に入ってしまったのだろうかと思う。夢ではないのだろうか。現実にしか思えないのに、そんなことを思ってしまう。

 適当な場所で私は腰を下ろした。

 齋藤さんも隣に座った。

「齋藤さん。きっと齋藤さんは凄く混乱していると思いますが、実は私も同じなんです」

「碓井さんも?」

「ええ、私も碓井と名乗りましたが、実はそうじゃなくて、本当の名前は別にあります。ただ気付いたら生徒玄関にいて、生徒手帳を見たら碓井りおって書いてあったからそう名乗りました」

「そうなんですか……」

 神妙な顔をして齋藤さんが相槌を打つ。

 なかなかいい具合である。だが問題はここからだ。

「齋藤さん、驚かないで、と、言うのは無理だと思いますが、落ち着いて聞いてください。これは私の推測でしかありませんが、恐らくここは現実ではないと思うのです」

「……現実ではない?」

「はい、ここは、ゲームの中だと思います」

 言った。

 言い切った。

 頭可笑しいけど、ちゃんと伝えた。

 目前の美少女が無言で、何この人馬鹿なんじゃない? って、顔してるけど、めげない。そんな表情でも可愛いけどめげない。本当は心折れかかってるけどまだいける。いけるはず。

「碓井さん、大丈夫ですか?」

「齋藤さん、先ほどの自分の姿を思い出してください。齋藤さんは、鏡に映った容姿とは違うのではないですか?」

 さりげなく頭の心配をされたが私はスルーした。こんなところでダメージを負ってはいられないのだ。私の言葉に齋藤さんは僅かに考える素振りを見せた。

「確かに、あのような奇抜な髪の色ではありませんでしたが、顔立ちについては大差ないかと……」

 おうふ。

 あかん、これ、あかんヤツや。

 まさかの、まさかの現実美少女だった。

 私なんて密かに自分で鏡見て、碓井さんて結構可愛いじゃないか、とか思ってたのに、目の前の美少女が、あっさり、え、私こんなもんですけど? って、態度に出てくるとは……! そうだよね! 鏡見たときそんなに驚いてなかったもんね! 普通だったら、ぎょえええええ、とか、言っちゃうレベルなのに! え、言っちゃうよね? 言わないの? 自分が想定外の美少女になってたら、出したことの無い声出ちゃうよね?

 もうここらへんで、説明終わってもいいんじゃないかな。

 勝手な敗北感から心が折れそうです。

 いや、そうじゃなく。私の心の弱さが原因ではなく。そもそも、これって乙女ゲームじゃない? で、目の前の美少女がヒロインなわけじゃない? 私出る幕なくない? 本当にヒロインの友人て何するの? 何のためにいるの? いらないよね? 嘉藤さん単体で、なんの助言も手助けも無しに、恋人の五人、六人出来ちゃうよね? だってそういうゲームだもの。

 よし、終了。

「碓井さん、それで、この世界が現実ではないとして、そのゲームの中だとして、私はどうすれば良いのですか?」

 説明を強制的に切り上げようと思った矢先、まさかの相手からの質問を受けました。

 いや、どうすれば良いのかってのは、寧ろ私が聞きたいんだけどね。

「あー、その、ゲームなんですか、所謂擬似恋愛を楽しむゲームでして」

「擬似恋愛?」

「そうです。二次元の、ぺらっぺらのイケメンとの恋愛を楽しむゲームです」

「はあ」

 わけが分からない。

 齋藤さんの顔にはそう書いてある。

 分かる。分かるよ。全然分からないだろうよ! 現実美少女にこの気持ちなんて分からないだろうよ! 画面の中のイケメンに甘い言葉を囁かれてにやにやする女の気持ちなんて分からないだろうよ!

 おのれ、美少女め。ぐぬぬ。

「それで齋藤さんは、そのゲームの主人公、所謂ヒロインの嘉藤らぶなんです」

「嘉藤、らぶ……」

 齋藤さんは茫然としている。恐らく、ゲームの主人公ではなく、嘉藤らぶ、に反応しているものと思われる。いや、分かる。気持ちは分かる。らぶはちょっと、亜季かららぶは変わりすぎて受け入れ難いよね! りおで良かった。りお万歳。美少女に勝った気持ちです。全国のらぶさんごめんなさい。

「つまりこのゲームは、嘉藤らぶが、数々の男キャラクターと擬似恋愛を楽しむゲームなんです」

「嘉藤らぶ、と、言うのは私ですよね?」

「そうですね」

「と、言うことは、私が、他の男の方と恋愛する、と、言うことですか?」

「ゲームとしては、そうなりますね」

 一つ一つを確かめるように齋藤さんは私に問うた。

 理解しがたいのだろう。色々と考えているようだ。整理しているのかもしれない。まあ私だって理解しがたいとは思う。説明しているが、本当に恋愛すればいいのか分からないし。でも取り敢えずは、彼女が誰かと結ばれればそこでゲームエンド、に、一応なるだろうから、それを目指せばいいのではないだろうか。で、そうなると、益々私の存在は? って、ことになる。もしかして、助言するのが私の役目なのだろうか。齋藤さんは全くこのゲームを知らないみたいだし。しかし何故全然知らない齋藤さんがここに入ってしまったのか。どうせなら、攻略キャラの一言一句、全ての行動を把握しているくらいのゲーマーがくればよかったのに。

 そんなことを考えていると、突然齋藤さんが、はっとした表情を浮かべた。 

「む、無理です! 私が好きなのは、翼さんです!」

 しらねーよ!

 誰だよ、翼さんて!

 突然出てきた人名に、思わず内心で突っ込む。あれか、現実世界の恋人か。美少女だもんね! 現実に恋人の一人や二人いるよね! だから二次元なんかに逃避する必要ないよね! 泣いてない、私泣いて無いから!

「あの、齋藤さん、これ、ゲームですから」

「無理です」

 何とか宥めようとするが、即答だった。

 あ、そうすか、無理すか。

 いやでもね、イケメンなんですよ。二次元が三次元にこんにちはだから、多分凄いイケメンですよ。だから、見たら気持ちも変わるんじゃないかなーって、思うんですけど、流石に一途に恋人を思っているらしい斉藤にさんには言えない。

 このゲームにのめり込んだであろう大半のゲーマーが望んでもなれないポジションにいると言うのに、齋藤さんは全力で拒否だ。人生って上手く出来てない。かく言う私も羨ましく思っている。これは、現実であって現実ではないのだ。つまり、あの平面だったイケメンたちが実際に存在しているのだ。そしてその彼らと擬似じゃなくて、恋愛できるのだ。超絶羨ましい。羨ましいことこの上ない。

 どうせなら私も嘉藤らぶが良かった。

 誰だよ、碓井。

「碓井さん!」

「はい」

「碓井さんが代わりに恋愛をなさったら如何でしょう!」

 急に呼ばれたと思ったら、さもいい考え、と、言わんばかりに顔を輝かせて齋藤さんが言った。

 ……何だって?

 私が代わりに、恋愛?

「いや、でも私はヒロインじゃありませんし」

「ですが碓井さん、これはゲームじゃありません」

 真面目な顔をして、齋藤さんが言う。

 私は彼女の言う意味が分からないでいる。ゲームじゃない? ゲームだよ?

「確かにここは、ゲームの中の世界なのかもしれません。ですが、私も碓井さんも、誰にも何かをしろなんて言われていません。だったら、好きに動いていいのではないでしょうか? 私ではなく、碓井さんが、その、決められたお相手の方とお付き合いされても構わないのでは?」

「さ、齋藤さん……」

 なんということだ。

 なんということだ。

 私の脳髄に電撃が走った。

 確かに、齋藤さんの言うとおりである。

 このゲームは、齋藤さん、もとい、嘉藤さんが数々の男性キャラクターを虜にして弄ぶ純愛ゲームである。しかし、今は、ゲームであってゲームではない。私と齋藤さんがいる時点で、本来のゲームシステムとは遠のいている。また少なくとも齋藤さんは、超絶イレギュラーだ。だって、知識が無い。どのキャラクターが攻略対象かどうかも知らないのだ。その点私は、誰が恋愛をする相手かは知っているのだ。有利である。しかも、大まかではあるが、性格なんかも分かっている。いける。いける気がする。

 本来のヒロインの嘉藤さんには悪いが、この碓井でも、いける気がする。一応そこそこ可愛いし。

「齋藤さん、私、頑張る……!」

「碓井さん! 私、応援します!」

 友情だ。

 初対面でありながら、私と彼女の間に今、確固たる友情が結ばれたのだ。ゲームと言う枠を超えて、今私たちは親友になったのである。恐らく。

 感動に打ち震えていると、足音が聞こえた。

 驚いた。何故なら今は、授業中だ。もう、とうに登校時間は終わり、授業は始まってしまっている。誰かがここにいるわけが無いのだ。なのに、足音が聞こえたのである。恐る恐る私は、足音の方へと視線を動かした。動かして、音の主を見て、口を開けてしまった。

 そこには、想像を遥かに超えたイケメンがいたのだ。

 二次元が三次元に飛び出したらこんな風になるのか……!

 感動して、手が震えてしまった。ヤバイ。超ヤバイ。

 出てきたのは、高居隆太。授業を平気でサボタージュしてしまう、軽い感じのイケメンで、女好きである。正直ゲームをしている最中は、そんなにタイプじゃなかった。私はもっと真面目なキャラが好きなのだ。しかしそんなことは最早どうでもよかった。

 何故なら格好良すぎるのだ。

 十分である。タイプじゃないとかでかい口叩いてすみませんでした。

「あれ? 嘉藤じゃん」

 その高居くんは、開口一番嘉藤さんの名を呼んだ。

 呼ばれた嘉藤さん、もとい、齋藤さんは、私の手を掴んだ。どうやら突然出てきた得体の知れないイケメンを警戒しているらしい。マジか。こんなイケメンだと言うのに、全然ときめいている素振りを見せない。マジか。どうやら齋藤さんの恋人の翼さんとやらは、相当なイケメンらしい。だって、この高居君を前にノーリアクションて! ゲームをプレイした私ですら茫然としちゃったと言うのに!

「めっずらしい、嘉藤って真面目だと思ってたわ」

「え、その、あの」

 碌に返事もしない齋藤さんなどお構い無しに、高居くんは言葉を続ける。人好きのする笑みを浮かべる彼は、齋藤さんしか見ていなかった。そう、隣にいる私など、全く視界にいれていないのだ。

 しかも、どんどん近付いてくる。

「あのさ、昼、一緒に食わねえ?」

 まだ朝なのに昼食の誘い。流石である。

「う、碓井さん! 私、碓井さんと食べるから!」

 おおっと、ここで突然私の名が! 齋藤さんは流石だった。この状況でも彼の誘いに頷かなかったのだ! 凄いや齋藤さん! 私ならとうにイチコロだよ!

 するとここで漸く、高居くんが私を見た。しかしそれは一瞬のことで、一瞥といってよいものだった。つまるところ、全く持って興味が無い的な。

 マジっすか。

「そうなんだ、ざーんねん。じゃあまた今度、誰もいないときにな」

 そういうと彼は、齋藤さんにだけ笑みを見せて、去っていった。

 一度しか私を見なかった上に、話しかけても来なかった。何これ。と、言うか、今更ながら公式設定を思い出した。確か高居って、最早呼び捨てである、女好きって設定だった気が。問いたい。心の底から問いたい。何処が女好きだって? 嘉藤らぶ以外目に入ってねえじゃねーかよおおおおお!

 いけるかも知れないとか思った私が馬鹿でした。

 分かっていたし、知っていた。だが、再確認するに至ってしまった。私はヒロインではないのだ。これは確かにゲームであってゲームではない。しかし、設定はゲームなのだ。つまり、嘉藤さんしか、攻略対象キャラクターとは付き合えないのである。他の、私のようなキャラクターは付き合うどころか、会話すら無理なレベルなのだ。

 正に乙女ゲーである。

 乙女ゲームに必要なのは、ヒロインと多数の男キャラクターであり、ヒロインの親友などと言うものは、おまけ以外の何物でもないのだ。そもそも、攻略キャラクターに無視されるって、ゲームシステム崩壊してる。攻略以前の問題である。


「なにこの無理ゲー」


 思わず声に出してしまった。

 私の呟きに首を傾げる齋藤さんは文句なく可愛かった。勝てるか馬鹿野郎。





 

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