06.話し合い
――翌朝。
ヴェンはキール、そして村長と話し合いの席に着いていた。
「それでは、返答を聞かせて頂けますか」
やや緊張した面持ちで、そう切り出したキール。ヴェン自身からは協力するという言葉を引き出せてはいたが、村長が否と言えばヴェンはそれに追随するだろうとキールは考えていた。そして、それは正しい。
ヴェンは敵には情け容赦を一切しないが、その分身内には非常に甘い。キールに言った協力の約束をひっくり返すくらい、躊躇うことなく行う男だ。尤も、キールに対しても同郷であり、事情も理解出来る為、ヴェンにしては大分歩み寄ってはいる。そうでなければ、タテノ村を無責任に巻き込んだキールは半殺しにされていたことだろう。
「……儂等は、あんた等に協力することにしたよ」
少し間を置いてから、村長はそう答えた。ヴェンは瞳を閉じる。それが村の総意であるなら、ヴェンは反論する言葉を持たない。「危険だ」「死ぬかもしれない」そう言いたいのは山々なのだが、一晩話し合って出した答えだ。それをヴェンの言葉で捻じ曲げるのなら、最初からヴェンが全てを決めればいいという話になってしまう。
「……そうですか。ありがとうございます」
キールの瞳が安堵の色に染まる。当然だろう。ここで断られれば、まず間違いなくヨコノ村の村人達は皆殺しにされるのだから。その中にはキール自身も入るし、件の恋人とやらも逃れることは出来ないだろう。
ヴェンはこれで一応、協力の約束を反故にしなくてすんだなと息を吐き、一拍置いてから口を開いた。
「それで? 反乱軍のお山の大将には何か展望があるんだろ。俺は馬鹿だが、流石に無為無策はごめんだ」
「もちろん……と、言いたいところですが、その前に」
言って、キールはヴェンに視線を向ける。
「……何だよ? 男からの熱視線なんて勘弁願いたいんだけどな」
「貴方の戦力を正確に把握したいのです」
「俺の戦力、ね。さあて、どんなもんだろうな」
戯けたような調子ではあったが、ヴェンは自分がどの程度戦力になるのか、言葉通り本当に分かっていなかった。自分がそれなりに強いことは私兵との戦いで理解出来たのだが、その力の底が測りきれないのだ。
十人は余裕だった。二十人でもどうにかなるだろう。しかし、それが百ならどうだ。自分は何処まで戦える。正確に、と言われたところでヴェン自身にすらそれは分からない。
「まあ、代官の私兵にとびきり強いのが居なけりゃ、五十までは保証する。その先は、知らんけどな」
運がよけりゃ、百人斬りも叶うかもしれないし、運が悪けりゃ五十一人目で御陀仏かもしれない。笑いながらそう付け加えるヴェン。
「十分過ぎる程ですよ。これで、次に取る行動は決まりました」
「へぇ、その策、聞かせてくれるんだろ。孔明ばりのを期待してるよ」
そう、からかうヴェンに、キールは策なんてありませんよと笑った。そんなものは必要ないと。
「強いていうなら、貴方という存在が作戦で、戦術です」
「……おいおい。勘弁してくれ」
ヴェンは頭痛がするとばかりに額を抑え、無為無策は御免だっていっただろうに、とキールを睨みつける。言葉にはしなかったが、その意思は伝わったようで、キールは笑みを浮かべたまま口を開いた。
「何せ、代官の私兵はおおよそ五十人程度の筈ですから」
「成る程な……って、全部俺任せかよ」
「その方がいいでしょう?」
違いますか、と僅かに首を傾げたキール。ヴェンは言葉の意味を一瞬考えてから、笑った。獰猛な肉食獣が牙を剥くような笑み。手の関節を鳴らして、ヴェンは瞳を細める。
「ハッ、成る程確かにな」
――いい性格してやがるよ。
或いは、単純に善意からかもしれないが。ともあれ、自分の動かし方というか、思考回路をよく読んでいるなとヴェンは内心苦笑いする。
タテノ村は反乱に組みすることを決めた。つまり、村人達が戦闘に参加することもあるということ。戦闘に参加すれば、無事では済まない者も出て来るだろう。それはヴェンにとって、自分への負担が増えるよりも遥かに辛いことだ。
「僕達には、圧倒的な勝利が必要です」
キールは言う。目に見える成果こそが人を惹きつけるのだと。
「圧政に苦しんでいる村は多い。しかし、勝ち目のない反乱に組みする者は居ないでしょう」
「それで圧倒的な勝利、ね。成る程分かりやすい」
日和見してた連中の尻を勝利で蹴っ飛ばしてやるわけだ、とヴェンは笑う。恐怖がないわけでは、ない。むしろ、ヴェンは怖くて仕方がなかった。
――自分よりも強い相手が居るんじゃないか。
――数に押し潰されて殺されるんじゃないか。
そんな考えがヴェンの頭の中でぐるぐる回っている。ヴェンに背負うものがなければ、すぐさま逃げ出してしまうほどの恐怖。それでも笑えるのは、もっと怖いことがあるから。
――皆を失うことが、何よりも、怖い。
自分の死など問題にならない程に。だからヴェンは、自分が背負える負担で村の皆に降りかかる火の粉を払えるというのなら、幾らでも無茶をするし、どんな敵にも向かって行ける。
「し、しかし、それではヴェンぼ……いえヴェンが危険過ぎやしませんかの」
「でしょうね」
「構いやしないさ」
村長の言葉に、キールとヴェンは同時に応えた。戦い、否、戦争になるのだ。危険でない訳がない。それでも、ヴェンは自分以外の人間の方がよっぽど危険だと考えていた。
ヴェンは魔獣相手が殆どではあったが、とにかく戦い慣れている。身体も常人とは比較にならないくらいに頑強だ。優秀な戦士になる素養は十分過ぎる程持ち合わせている。
しかし、村人達は全くの素人だ。
今ヴェンの力無しに戦おうものなら数の利を活かした玉砕戦術しか採るすべはないだろうし、武具の類が揃っていない以上、それも上手く行くとは考え辛い。
「心配しないで見ていてくれよ。皆が後ろに居てくれるなら、俺は百人だって、千人だって怖くない」
そう言って、ヴェンは村長に笑ってみせる。恐怖が無いというのは嘘だったけれど、村人達が後ろに居るなら千どころか万でもヴェンは立ち向かって行ける。そこには何の偽りもなかった。
「ヴェン坊……」
「任せとけって。俺は、負けないし、死なない」
いつになく優しく、柔らかな表情でヴェンは言う。キールには分からなかったが、赤子の頃からヴェンを見てきた村長には、ヴェンが抱いている不安が伝わってしまう。それを押し殺して虚勢を張っていることも。
「ああ、信じとるよ」
「……悪いな」
村長は、ヴェンの気遣いを無駄にしないためにもヴェンの虚勢を見通すようなことは言わなかった。ヴェンはそれを悟って小さく、聞き取れるか聞き取れないかという声量で小さく呟く。
「コホン、喋ってもよろしいですか?」
「おいおい、無粋な奴だな」
言いながら、今はありがたいけどさ、とヴェンは内心キールに感謝する。重たい空気というのは苦手だったし、このままだと自分の弱さが浮かんできそうだったから。
「それで、僕達が次に取るべき行動ですが――」
続くキールの言葉に村長は驚き、考え直すよう説得にかかる。ヴェンは「やっぱりそうなるよな」とぼやき、大きく溜息を零すのだった。
■ □ ■ □
「で、実際のトコ、どうなんだよ」
「どう、と言うと?」
話し合いの後、ヴェンとキールは再び二人だけで向かい合っていた。転生者同士、周りに気を遣わずに今後の展望を話し合ったり、情報交換をしたりする必要があるとお互い考えていたからだ。
「今後の不安要素――は、あり過ぎて話にならないけど、要は代官とやり合って勝てるのかって話だ」
あの場じゃ私兵は五十人以下だから俺一人でどうにかなるって言ってたけど、まさかそこまで楽観しちゃいないだろう、とヴェンは続ける。
「おそらくは、勝てるでしょう。ですが、魔術が関わってくるとどうなるか」
「魔術なあ……」
ヴェンは溜息混じりに言う。存在することは知っているのだが、見たこともなければ、詳細について聞いたこともない。原理についてもさっぱりだった。
「一般的にどれ位使えるのか分かりませんからね。文献に出て来るような偉大な魔術師は本当にデタラメですし……」
「文献って、お前本持ってるのか? というか、文字読めるのかよ」
「ええ。もう売ってしまいましたが、数冊。昔から我が家に伝わる家宝だそうですよ。というか、貴方が文字を読めないのは意外ですね」
家宝を売ったのかよと呆れるヴェンに、内容は全て覚えましたからね、と返すキール。
「……はぁ、文字なんてうちの村じゃ一人も読めねえよ」
というか、殆どの村で文字が分かる奴なんて居ないだろ、とヴェンはぼやく。そう考えると僕は幸運でしたね、と言うキールに、全くだよとヴェンは頷いた。
「それで、魔術なんですが……過去の魔術師は転移で軍勢を移動させたり、一つの魔術で百人以上を焼き払ったり出来たそうですよ」
「……ホント、勘弁してくれ」
そんなことされたら勝ち目なんてないだろうが、とぼやくヴェンに、流石に誇張も混じっているとは思いますよと取りなすキール。
そんな魔術師が居るのなら、戦いになどなる筈がない。簡単に背後を取られて、方向転換をする間もなく全滅。或いは強力な魔術で焼き払われて終了。どちらにせよ厳しい話だ。
「実際、今の魔術師がどの程度のものかは、不安要素の一つですね」
「一つってことは、まだあるんだろ?」
山のように、というキールの答えに、ヴェンはげぇ、とワザとらしい呻き声を漏らす。別段驚くべきことではない。突発的に起こされた反乱だ。問題が山積みなのは分かり切っている。ただ、それを突きつけられると嫌になるのは当然の反応だろう。
「もう一つ大きい不安要素は、貴方と同じ天賦の存在ですね」
「天賦?」
何だそりゃ、と首を傾げるヴェンに、キールは言葉を続ける。
「神から与えられた才能、だそうですよ。過去に英雄と呼ばれた者の多くは天賦だったそうです」
――神から与えられた才能、ね。
おそらく、というか間違いなくこの身体能力と頑強さなのだろうとヴェンは思う。神様なんぞに会ったこともないし、拝んだこともないのだが、この才能には随分と助けられている。どんな神様かは知らないが、感謝しておこうとヴェンは心に決めた。
「ともあれ、凄腕の魔術師や天賦が居なければ勝てますよ」
まあ、こんな辺境にそんな人材が居るとも思えませんがねと笑うキールを、それはフラグ臭いから止めてくれよと言って、ヴェンは疲れた様子で肩を落とす。
――領主館を、落とす。
それも一切の小細工抜きに、真正面から。キールが提案した策とも言い難い方針。今後の展望を考えれば最善ではあると思うのだが、リスクも相応に大きい。尤も、村二つ分の勢力しか持たない反乱軍が勝ち続ける為には、リスクの高い博打に勝ち続ける必要があるのもまた事実で。
――この程度の無茶を通せないようなら、どの道潰れる。
なら、無茶で道理を貫いてみせるさとヴェンは思う。最悪勝てなくとも村の皆が逃げられるだけの時間は自分一人で確実に稼ぎ出してやる、とも。
「……やってやるさ」
命を賭して、その上でリーナや村長、村の皆の為にも生きて戻る。ヴェンは決意の光を瞳に宿して呟いた。ヴェンの闘志が湯気のように立ち上り、周囲が歪んだようにすら感じたと後にキールは語ったという。
――こうして、大きな戦乱に続くこととなる反乱の幕が上がるのだった。
この先にどんな結果が待っているのか、それはヴェンにも、キールにも、神にすら分からない。