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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
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04.理由

「で、何だよ。いきなり二人だけで話したい、なんて」


 素首叩き落とされるとか考えなかったのかよ、とヴェンはからかうように言った。あの後、血を川で洗い流したヴェンは青年に二人だけで話したい旨を伝えられ、仕方がないので村の外れにある自身の家へと案内したのだった。


「少し、お聞きしたいことがありまして」


「何だ? ああ、健康の秘訣かい? 毎月一頭鬼熊(オーガ・ベア)を狩ることだよ」


 ちなみに、自殺の方法でも同じこと教えてるんだ、と戯けるヴェンに対して、青年は真剣な表情のままだ。冗談の通じない奴はこれだから駄目だとお手上げの仕草をするヴェンだが、青年は黙り込んだままでいよいよ反応がない。


「おや、お寝んねかい? 全く、人に声を掛けておいて――」


「――貴方は」


 重たい口調でヴェンの言葉を遮る。そこに苛立ったような調子はなく、ヴェンは自分の軽口にはあまり効果がなかったようだと肩を竦める。自分のペースに持っていければ儲け物と考えていたのだが、中々どうして上手くいかない。


「何だよ」


「いえ、貴方も転生者ですか?」


 ヴェンは内にさざ波のように生まれた動揺を悟られないように表情を硬くするも、その緊張だけで青年には十分だったようで、そうですか、と呟いて黙り込んだ。


「何で分かった――なんて間の抜けたことは言わないさ。隠すつもりもなし。見る人が見ればすぐ分かる。それで、アンタはそれを聞いて何がしたいんだ?」


「……まず、名乗っておきましょうか。僕は、キールといいます」


「ヴェンリッドだ。ヴェンで頼むよ。略さないで呼ばれると、誰のことだか分からないんでね」


 長ったらしくて、どうもいけない。と言うヴェン。青年――キールはそうですね、と気のない調子で言葉を返す。割と失礼だよな、お前。とヴェンは溜息を吐いた。


「ヴェン……貴方に恋人は居ますか?」


「……はぁ?」


 予想だにしていなかった質問に、ヴェンは思わず気の抜けた声を出してしまう。巫山戯ているのかと思ったが、キールの表情は真剣そのもので。どうやら、茶々を入れるのはよろしくなさそうだとヴェンは珍しく空気を読んだ。


「僕には居ます」


 自慢気に、キールは言った。冷静な表情こそ崩していないのだが、鼻の穴が少し膨らんでいる辺りが台無しだった。


「それがどうしたって? 俺はお前の惚気話を聞かされるために呼び出されたのか?」


 そんなの、壁にでも向けて話してろよと、呆れた調子で言うヴェン。キールは少しだけ笑って、違いますよと言葉を否定する。


「……そして、その彼女が徴税官の目に止まりました」


 間抜けだな、とヴェンは言う。非道に聞こえるこの言葉だが、この辺りを担当している徴税官の女好きは有名で、徴税官が来る時は年頃の女性は泥や草の汁を使って醜く見えるようにし、家から出ないようにするのが常識になっていた。


「そう、ですね」


 それが分かっているから、キールも反論しない。


「その日は、僕と彼女が結婚の日取りでした。貧困に喘ぐ中で、村の皆がちょっとした宴も用意してくれたんです」


 そして、本来徴税官が来る日取りではありませんでした。そう言ったキールに、すまなかったと気まずげに謝るヴェン。キールのことは信用していないし、好きか嫌いかでいえば嫌いなのだが、事情を知ってしまうと笑い飛ばすことは出来なかった。


「それで、殺したと」


「ええ。力のない私でも、後ろから短剣を突き立てれば簡単に殺せましたからね」


 彼女を奪われるなんて御免でしたからね、というキール。聞くに、反乱を起こすことになったのは、まったくもって偶発的なことだったようだ。


「徴税官についていた二人の兵士は逃げ出しました」


 僕を殺そうとしたところを、村の皆が手に手に農具を握って飛び出してきたものだから恐れをなしたようですね、というキール。


「そして、その兵士が代官に反乱を伝えたわけだ」


「そうなりますね」


「成る程な。それで、それを話してどうしたいんだ?」


 話す必要はなかった筈だろう、と言うヴェンに、キールは深く溜息を吐いて口を開いた。


「力を、貸して欲しいんです」


「一応、協力はするって言った筈――」


「そうじゃない!」


 ヴェンの気のない返事を、キールは真剣、というよりも必死な声音で遮る。その表情に余裕の色はなく、何かに怯えるような表情が浮かんでいた。


「そうじゃないんだ……」


 力なく首を振るキールに、ヴェンは参ったなとぼやく。放っておいてもいい。キール(コイツ)はタテノ村を反乱という厄介事に巻き込んだ諸悪の根元なのだから。しかし、転生という奇妙な体験をした同朋であり、根が悪人でないと分かってしまうと無下にも出来ない。


「オーケイ。話を聞こう」


「……僕は、僕の勝手で衝動的に徴税官を殺してしまった。村のことなんて考えずに、ね」


 ヴェンはキールの言葉を黙って聞く。キールは懺悔するように言葉を続けた。


「何もないんだ。この先の展望なんて。君は僕が僕自身の言葉を信じていないっていったろう? 当然だよ。都合のいいように事実を捉えて、耳触りのいい言葉で皆を騙しているんだから……僕は、最低の人間だ」


 否、懺悔のよう、ではなくそれは紛れもない懺悔だった。恐らく誰にも話すことが出来なかったのだろう。ヴェンは痛ましいものを見るような視線をキールに向けた。


 熱に浮かされたように、キールは話し続ける。


「それでも、僕だって村の人達を死なせたくない。だから――」


 ――力を、貸して欲しい。


 縋るような言葉で、しかし瞳には真っ直ぐで必死な輝きがある。


「……本当、酷ぇ奴だよ、お前は」


 深々と溜息を吐いて言うヴェン。その言葉に一瞬絶望したような表情を浮かべたキールだったが、続くヴェンの言葉に表情が変わった。


「そんな話を聞かされちゃ、断れないだろうが」


 ヴェンはそう言って、右手を差し出した。


「村の皆を危険に晒したのは、まだ許せない。ただ――お前の思いも理解出来る」


 だから、少し気合を入れて手を貸してやるよ、とヴェンは小さく笑った。


「あ、ありがとう、僕は……」


「やめてくれよ。そういうの、むず痒くてな」


 キールがヴェンの手を取る。固く結ばれた二人の手。わだかまりが完全に解消されたわけではないけれど、それでも二人の関係は話をする前よりもいい方向へと変わっているのだった。



 ■ □ ■ □



 ――女のために、反乱ね。


 見た目によらず熱い男だなとヴェンは小さく笑った。時刻は、夜。村長や村人達の話し合いは中々纏まらず、どうやら纏まらぬままに解散になったようだった。


 ヴェンは自身の影響力を鑑みて、話し合いに参加することはしなかった。何せ、ヴェン一人で村の生活を支えていると言っても過言ではないのだ。その言葉を軽んじる者は居ない。


 キールが去った後、ヴェンは一人外に出て、少しだけ森に入った所にある広場に居た。倒木を椅子代わりに腰を下ろし、木々の合間に開けた空から月を見上げた。満月には僅かに足りないが、大きく映る蒼白い月は転生する前の世界と変わりなく、ヴェンは元の世界に思いを馳せる。


 ――最近は、思い出しもしなくなってたのにな。


 転生したばかりの頃は、便利で暮らしやすい元の世界に戻りたくて仕方がなかっな、と笑う。元の世界での死因は分からないけれど、恐らく事故なのだろう。


 日々を生きることに必死で、家族のことすら思うことは無かった。薄情な息子だよな、とヴェンは自嘲する。


「……あいつは、どうなんだろうな」


 多くは語らなかったが、ヴェン自身と同じ転生者であるキールはどうなのだろう。元の世界の家族を想うことはあるのだろうか。


 ――関係ないか。結局、今が全てだ。


 過去の経験は知識として時に助けになってはくれるが、ヴェンにとっては、今を生きるための杖に過ぎなくなっていた。薄情だとは思うが、それでいいのだとも同時に思う。


 漫然と生きていられた日本とは違う。一日一日を必死に生きるこの世界で、戻れない過去に思いを馳せるのは贅沢が過ぎるというものだ。


 ――しかし、そう。薄情、か。


 ヴェンは思う。俺はキールのように女一人のために、村の皆を巻き込んで反乱を起こすことが出来るだろうか、と。


 ――無理、だろうな。


 ヴェンであれば、反乱を起こさずともキールが直面したような事態はいくらでも解決出来るだろう。例えば徴税官を兵士を含めて殺害し、森の中にその死体を捨てる。そして「徴税官など来ていない」と言い張るのだ。この辺りの森は危険で、魔獣に襲われて命を落としたところで何ら不思議ではないのだから、上手くいくだろう。


 しかし、もし反乱を起こさばければ自分の女を救えない。そんな事態に陥った時、キールのようには動けないだろうとヴェンは思った。


 尤も、彼女とは恋人と言うのも妙な関係ではあるのだが。


 彼女は、こんなことを思う俺に怒るだろうか、とヴェンは思う。何となく、怒りも、悲しみもしないような気がした。それが、想像の中だというのにどうにも居た堪れない。女一人と村人全員を天秤に掛けて、村人の方を取る。


 客観的に見れば正しい判断ではあるのだろうが、一人の男としてはどうだ、とヴェンは思う。キールは、女をとった上で、もう一つの秤の上に乗っている村人までをかっさらおうとしている。それに対して俺は――


 ――まったく、情けのない話だ。


 ヴェンが思ったその時、人が近付いて来る気配を感じて、ヴェンは剣鉈の柄に手を掛ける。ここに、それも一人で向かって来る者など数える程しかいないし、警戒の必要もないのだが、状況が状況だけに、一応身構えたのだった。


「げっ」


 思わず、声を上げる。


「げっ、はないでしょう、げっ、は」


 ヴェンは悪かったよ、と溜息混じりに頬を掻く。


 今一番見たくて、同時に一番見たくない顔をした少女が、そこには居た。



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