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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
21/52

20.報告

「……それじゃ、成果報告と行きますかね」


「まずは、そちらからどうぞ」


 あの後、キールが今居るであろう村の場所を聞いたヴェンは、一日休息を挟んでから走ってキールに合流し、借りた家の中で椅子に腰掛け、向かい合っているのだった。


「おいおい、良いのかよ? 俺が先に言っちまうとお前の成果の印象が薄くなるぞ」


「構いませんよ。誰が聞いているわけでもなし」


 ま、それもそうさな、と小さく笑い、ヴェンはアルマ領で集めた情報を語る。施政や、住民感情、大凡の戦力などを語った後、目玉はこいつだ、ともったいをつけるように獣皮をなめして作られた紙を取り出した。


「これは……!」


「中々のもんだろ?」


 まあ、俺が作ったわけじゃないけどさとヴェンは笑う。広げられたその紙には、非常に精密なアルマ領の地図が記されていた。森の部分等に空白はあるが、それでも十分過ぎる戦略的価値を持っているだろう。


「……これを、何処で?」


「アルマ領で友達が増えてね」


 驚きに目を見開くキールに、その友達から貰ったものだよ、とヴェンは自慢気に胸を張る。友達――というよりは恩を売った相手という方が正確なのだが、ともあれ。ドワーフの集落を去り際に族長から渡されたのだ。何かの役に立つだろうよ、と。


「その御友人は信用が置けるので?」


「お前と同程度には」


「まるで信用出来ませんねぇ……」


 自嘲するように言うキールに、ぼちぼちってところだよとヴェンは笑う。ドワーフの族長や男衆、それとファティアあたりはこちらの不利益になるようなことはしないだろうと思うのだが、女子供には怯えられたままだった。


 人間に対する悪感情は根強いのだろう。族長や男衆は岩食み(アース・イーター)との戦闘を経て、連帯感を築いている上、彼等にとってヴェンは集落を救ってくれた恩人だ。無碍には扱われない。しかし、女性や子供はヴェンが身体を張って戦うところを見たわけではないのだ。話を聞いただけでは、実感も薄い。恨みを抱いている者も多いだろう。信用し過ぎるのも危険ではある。


「後、お前の妄言が少し現実になったぞ」


「妄言……ドワーフの件ですか」


 まさか接触出来たんですか、と驚くキールに、色々あったけどどうにかな、とヴェンは返す。


「流石に全面的な協力は取り付けられなかったが、一応お前さんに会ってはくれるって話だ」


「まったく、相変わらず貴方は想像を軽々飛び越えて行きますね」 


 もっと褒めてくれてもいいんだぜ、そりゃおだてても何も出しやしないけどな、とケタケタ笑いながら言いつつ、ヴェンは心の内で溜息を吐く。


 ――俺は、嘘をついている。


 正確に言えば、重要な部分を隠している。確かに、反乱軍に対しての全面協力は得られなかったが、ヴェン個人は『村を救ってくれた恩人に対しては協力を惜しまない』という言葉を貰っているのだ。


 直接、戦力として協力して貰うことは難しいだろうが、武具の生産等は行ってくれるだろうと踏んでいる。それだけでも十分に大きい。にもかかわらずヴェンがキールにそれを明かさなかったのは、キールを測る為だ。


 ――さて、どう出るかね。


 ヴェンはキールをある程度は信用しているが、全面的に信用しているわけではない。現状切り捨てられない戦力である自分の不興を、出来る限り買わないよう気を付けるだろうから、早々裏切るような真似はしないだろうとは思っている。しかし同時に、目的の為なら容赦無く他人(ヒト)の村を巻き込む男であることも認識している。


 それ故の、テストだ。


 ここらで、キールという男の人となりを確認しておきたい。ヴェン一人でカバー出来る規模の戦闘である内に、キールの腹を確かめたいとヴェンは考えているのだった。


 それに加えて、ヴェンに全面協力するということを知っていると、キールはドワーフ達に対して随分強気に出るだろう。基本的に、ヴェンは甘い男だ。岩食み(アース・イーター)との戦いを共にしたことでドワーフ達に情を抱いてしまっていた。それ故、交渉で不利になり過ぎるのも如何なものかと思ってしまうのだ。


「俺の方は、そんなもんだ。そっちはどうだったんだ?」


「一応、三つの村を反乱軍に引き入れることが出来ました。残る村はあと一つですね」


 さらっと言っているが、キールもキールで中々凄い事をしている。基本的に、この領の人間は頭が悪い。当然だ。これまで、日々の生活を乗り切る以上にのことは出来なかった。学を身に付ける余裕などありはしなかったのだから。


 しかし、生きることには必死の人間だ。死にたくないから重税の中で生にしがみ付いて来た者達。彼等を反乱という死地に向かわせることを了承させるというのは、生半可な手腕ではない。


 利で釣り、話術で丸め込み、時には恫喝や武力を背に交渉もしただろうが、それにしても大したものだとヴェンは感心する。面には出さなかったが。


「順調なようで、何より……だけど、戦力としては――」


「――期待出来ませんね」


「だよなぁ……やれやれ、これで死んだら労災降りるかね?」


 実質唯一の戦力であるヴェンに掛かってくる負担は大きい。常人であれば折れているであろう重圧。しかし、よく言えば頑強、悪く言えば鈍く図太いヴェンの精神はその重圧を背負ってなお立っていられる。


「貴方が死んだら反乱軍(カイシャ)も潰れますから難しいでしょうね」


「世知辛い話だよ、まったく」


 ブラック企業も真っ青な労働環境だと思うねと皮肉っぽい口調で言うヴェンに、キールは優秀な社員が居てくれて助かりますよと冗談目化した口調で肩を竦めた。


「それじゃ、社長さんの今後の展望(ビジョン)を聞きたいね」


「アルマ領を攻め落とします。今度こそ、真っ向から」


 キールの言葉に、必要なのは分かるけどな、と言った上で、ヴェンは言葉を返す。


「今回は、俺が落とすんじゃ駄目なのか?」


 テロ紛いに襲撃を掛けては退くを繰り返せばどうにか出来ないこともないだろうし、訓練もろくに済んでいない兵じゃどうやったって被害が出る。何より、アルマ領との間には森が広がっているのだ。タテノ村から奥に広がる森に比べればマシだが、それでも魔獣は居るし、そこを大勢で越えるのは厳しいものがあると思うぞ、とヴェンは言う。


 鬼熊(オーガ・グリズリー)クラスは森の深さから考えて居ないだろうし、往復した時に確認した限り、縄張りを示す熊剥ぎも見られなかった。しかし、鎧猪(アーマード・ボア)は見掛けたし、森狼の群れも居た。どちらもヴェンにとっては敵になり得ない相手だが、村人が相手にすればまず被害が出る。


 そうなる位なら、自分が無茶をする方が良いようにヴェンには思われたのだ。しかし――


「――それは、出来ません」


 理由は、二つあります。そう前置きして、キールは言葉を続ける。


「一つは、反乱軍を反乱軍として成り立たせるためです。現状、反乱軍とは名ばかりで、貴方とヨコノ村の住人以外は明確に反乱を起こしたという自覚がありません。当事者意識が無いと言ってもいいでしょう」


「それは……確かにそうだろうな」


 良くも悪くも、ヴェンという超戦力によって個人の力でルガール領を落としてしまったのだ。実際に矛を交えた経験が無く、軍が攻めてくるような差し迫った危機もない現状。危機感を持つのは難しい。殆どの村人達は反乱を他人事のように捉えているだろう。


「それではいけません。彼等にも引き返すことは出来ないという自覚を持ってもらわなければ――言うならば共犯者になって貰わなければならないのです」


 そうしなければ、反乱軍は集団としての纏まりを持たないでしょうから。そう言うキールに、ヴェンは確かになと頷いた。


「もう一つは、戦場を経験させておきたい――いえ、しておきたいのです」


「……俺含め大規模な戦力のぶつかり合いなんて経験ないしな。経験者はガイのおっさん位かね」


 今のところ、従軍経験者はガイさんだけですね、とキールは言う。素人ばかりで戦争しようってんだからゾッとしない話だよなとヴェンは力無く笑う。


「アルマ領は金属資源の産出地です。そこを落とされたと知られれば、本格的な討伐の軍が差し向けられるでしょう。今回が、貴方という保険を敷いた上で戦場を経験出来る最後の機会だと言っていい」


「その機会を逃す手は無いってか。成る程ね」


 そう聞くとリスクよりもリターンの方が大きいように思えるなとヴェンは呟き、その後真剣な表情を崩して続けた。


「森での引率も俺なら、相手の戦力を弱めるのも俺。覚悟はしてたけど、過労死しそうだな」


 死亡保険とか入っといた方が良いのかね、と冗談目化して笑うヴェン。


「兵を集めるまでに少なくとも十日は掛かりますから、その間は休んで下さい」


 気遣わし気な声でキールが言う。ヴェンは九割方冗談で言ったため本気で気を遣われて若干動揺し、そういうわけにも行かないんだよなぁ、と頬を掻いた。


「大勢で森越えをするなら準備が必要になる。一度タテノ村に戻った後、森の中で下準備をしなくちゃならん」


「……すみません」


「覚悟の上だよ。ちょいと愚痴っただけさね」


 ま、人の見てない所で適当に手を抜いて休んでおくから心配しなくて構わないさ、とヴェンは戯けた調子で言い、お前こそ、少し顔色が悪いぞと返すヴェン。


「ただの寝不足ですよ」


 体力の無い自分が恨めしいですよと溜息をつくキールに、筋トレでもしたらどうだとヴェンは茶化す。鍛えても筋肉が付かなかったのだと肩を落とすキールに、笑うヴェン。


 この場面だけを見れば仲のいい友人同士のようにも見えるのだが、その実お互いに含むもののある、綱渡りの関係だ。特に、ヴェンの圧倒的な暴力に抗う手段を持たないキールは、毎度肝を冷やしていたりする。


 同時に同じ転生者(境遇)であることも手伝ってシンパシーも感じているという、奇妙な関係だった。


 ヴェンはキールをある程度信用しているが、同時に等量疑念も抱いている。


 キールはヴェンの力に信を置きつつも、恐れ、妬んでもいる。


 お互い、信頼し合える事を望んではいるが、ヴェンの力を恐れ、妬むキール。自分の頭では何を考えているのか読み取れず、キールに対する警戒心を解ききれないヴェン。


 反乱軍の柱である二人は、未だに背中を預けられる関係にまでなっていない。歩み寄り、手を取り合うことが出来るのか。或いは決別し、別の道を行くことになるのか。


 反乱の行く先は、未だ見通せない霧に包まれている。



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