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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
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02.反乱の始まり

「大変だっ、代官の私兵が!」


 睨み合っていたヴェンと青年は爆ぜるように声の方向へと顔を向ける。


「どうしたっ?」


「だ、代官の、私兵、がこの村に、向かって、るんだ!」


 場に走り込んで来た男は、青年の問いに息も絶え絶えといった様子で答える。顔を青くする村長や、ほかの住人を尻目に、ヴェンは氷のように冷え切った瞳で青年を睨み付けた。


「アンタ……嵌めやがったな」


「ど、どういうことじゃ、ヴェン坊?」


 狼狽する村長に、ヴェンは苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。


「多分、こいつは代官が反乱を収めるために兵を出すのを待ってから動き出したんだ」


 普通なら早く動いた方が良いんだろうけど、いくら重税に喘いでいるからといったって、反乱なんて自殺行為に協力してくれるような村はないだろうから。とヴェンは言い、続ける。


「だから、反乱を起こした自分達を追わせて、多分この村が匿った形にしたわけだ。無理矢理巻き込む為にね」


 何か間違っているか、と青年に言葉を差し向けるヴェン。


「心外ですね。そんなことは……」


「まぁ、そう答えるしかないよな」


 俺の言葉が当たってても、俺の勝手な妄言でも、お前はそう答えるしかねえ。ヴェンはそう言って、続ける。


「普通なら、この時点でお前らに協力するしかなくなる」


 普通なら、な。


 ヴェンは眼光鋭く隣村の男達を見渡す。ギラついたその視線は肉食獣が獲物を狙うような色がある。


「何せ、この村が反乱を起こした連中に関わってないって証明が出来ないからな」


 お手上げだというように手を挙げた後、ヴェンは冷たい瞳のまま、口元だけを歪めて笑う。


「だが、俺にはお前等に協力するより、もっと冴えたやり方を思いついた」


 言い終えた瞬間。ヴェンが動く。その動きに反応出来た者は誰一人としていなかった。ヴェンが動作を終えてから、ようやく反応が返ってくる。


「これは、何の真似ですか?」


 ヴェンは抜く手も見せず腰の剣鉈を青年の首に当てていた。青年の首筋から、つ、と赤いものが流れ出す。


「反乱騒ぎを起こした首謀者の頸。それで足りなけりゃ、お前等全員の頸」


 無実の証明には十分だろう、とヴェンは笑う。


「出来るとでも?」


 こちらは二十人も居るんだ。君の腕が立ったところで多勢に無勢だろう、と表情を強張らせる青年に、しかヴェンはあっさりと返した。


「出来るさ」


 現に、今の動きが見えなかっただろう、とヴェンは言い、今の一瞬で最大三人までは殺せるだろうさと付け加えた。嘘だと思うなら、試してみるか、とも。


「……参っりました。降参ですよ。ですが、君は僕等に協力するべきだと思いますよ。その方が村の為にもなる」


 大きく息を吐き出しながらも、青年は言う。


「命乞いか?」


「事実ですよ」


 取りつく島もないヴェンの反応に、しかし青年は余裕そうな表情。


「まず、反乱の首謀者が僕だとはまだ知られていないことが、一つ。交渉の材料としては、少し弱くなります」


「なら、お前等全員の頸を取ればいいだけの話だ」


 反乱が労なく収められるのなら十分価値のある頸になるだろうさ、とヴェンは話にならないと剣鉈を引こうとする。


「二つ目に、税がもっと重くなるでしょう」


 僕等の反乱を理由に、ただでさえ重い税がもっと重くなる。ここの代官は頭が悪い。税を重くし過ぎれば民が死に、結果得られる税が減るなんて少しも考えちゃいない。青年はそう言って、ヴェンの反応を伺うように黙り込んだ。


「……確かに厳しいが、どうにかするさ。少なくとも、確実な死が待ってる反乱よりはマシだろう」


 僅かに迷った後、返すヴェン。青年はそうですか、と残念そうに眉を歪ませる。そして、逡巡の後に口を開いた。


「……三つ目。代官にはこの村が既に協力したと情報を流してあります。奴らは僕等を追って来ているだけじゃない――この村ごと皆殺しにしに来てるんですよ」


 これは、出来れば言いたくなかったんだけどね、と青年は言う。君達との関係が著しく悪くなるだろうから、と。


「アンタは……!」


 ヴェンは苛立ちに任せて剣鉈を引きかけるが、真っ青になっている村長や村人達の姿が視界の端に映ってギリギリの所で冷静さを取り戻した。


 ――初めっから選択肢はなかったってわけだ。


 一応全員の頸を持って行けばどうにかなる目も無くはないだろうが、可能性は五分五分といったところだろう。目の前の青年はまるで信用出来ないが、この領で圧政を敷く代官も同じかそれ以上に信用ならない。


「村長、皆。どうしたい? こいつらに協力するのか、しないのか。俺は、それに従うよ」


「……そうじゃのう。隣村の連中は信用ならんが、これ以上お前に負担を掛け続ける訳にもいかんしの」


 村長の言葉に、ヴェンは「いや、俺のことは」と言葉を挟もうとするのだが、村人達も村長の後に続く形で声を上げたために掻き消されてしまった。


「そうだな、ヴェン坊はここんとこ無理しすぎてらぁな」


「んだ。そのにいちゃんは信用出来ねえが、代官の奴はもっと信用出来ねえ!」


 村人達の言葉にヴェンは溜息を吐く。


「反乱に与したら、兵士と戦う羽目になる。死ぬかもしれない」


「死ぬかもしれねえのは、いつでも一緒さな」


「んだ。ヴェン坊が死んじまったら、どの道飢え死にしちまうべ」


 笑う村人達に柄にもなく照れ臭くなって、ヴェンは視線を逸らし、青年に視線を戻した。


「……だ、そうだ。一応、協力してやるよ」


「それはよかっ――」


「――ただし」


 青年の言葉を遮って、ヴェンは剣鉈を押し付ける。その赤い瞳は獰猛な輝きを宿している。


「俺は、アンタを信用しない。村の皆を危険に曝したアンタを許さない」


「そう、でしょうね」


 青年は平然とした様子を装って言葉を返す。装っていると分かるのは、額に大粒の汗が浮いているからだ。逆に言えば、それがなければ分からないのだから、刃を突き付けられた状態で大した度胸だと、ヴェンは感心したように鼻を鳴らす。


「本格的に協力するかどうかは、分からない。けど、この場を凌ぐ手伝いはしてやる――おい」


 ヴェンは代官の件を伝えに来た男に視線を向ける。


「な、何だ?」


「その私兵とやらは、何処にどれ位の規模で居るんだ?」


 教えろ、凄むヴェン。男はその圧力に押し負けるように口を開いた。


「こ、この村から、俺たちの村の方に半日行ったところに、武装した兵士が十人だと聞いている」


 半日、半日ね、とヴェンは心の中で呟く。


 半日、ということはこの男自身がその目で得た情報ではないのだろう。「聞いてる」という言葉からもそれは明らかだ。それは、先程の慌てて飛び込んできたのも演技だったというわけで。芸達者な連中だことで、とヴェンは溜息を吐いた。


 問題は、その半日という情報はいつ得られたものなのか。それこそ、情報を得たのが半日前なら今この瞬間に兵士の足音が聞こえてきてもおかしくないのだから。


「……今は、おそらく四半日程の距離に居るでしょうね」


 ヴェンは思考を読んだかのような青年の言葉に驚きつつも、そうかい、と吐き捨てるように言って剣鉈を鞘に収めた。


 少なくとも、四半日前にこの青年はこの情報を掴んでいたわけだ。やはり信用ならないなとヴェンは警戒心を更に高めた。


「それじゃ、ちょっくら行ってくるよ」


 村人達に軽い調子で言い残すとヴェンは集団に背を向けた。


「一人で行くつもりですか? 馬鹿なことは――」


「――アンタの指示に従うつもりは、ない」


 ヴェンは掛けられた声を振り払うように言う。


「心配しなくても、この村に向かって来る十人は確実に殺す。俺の命を賭しても、必ずだ」


 報告する奴が居なけりゃ猶予は増えるし、この村が反乱とは無関係だって方向にも持っていけるかもしれねぇからな、とヴェンは言う。


「命を賭したところで出来ないことはあります。十対一なんて、戦いになる筈がない」


「やるさ。やってみせる」


 場所(ステージ)は森で、俺は猟師(ハンター)だ。獲物は絶対に仕留めてみせる、とヴェンは言い残し、返答を待たずに駆け出した。その速度はまさに疾風が如く。


 およそ人間離れした速度で走り去って行くヴェンを、呆気に取られたような表情で見送った青年は、思わず呟いていた。


「……まさか、天賦持ち(ギフテット)?」


「何ですかな、そのギフ……何とかやらは?」


 青年の呟きに、村長が疑問を挟む。息子や孫のように思っているヴェンに関わることだ。その表情は真剣なものだった。


「え、ええ。その、神から与えられた才能、だと言われています」


 あの身体能力は、明らかに人間の限界を超えている。青年は呆然と呟いた後、はっ、と我に帰って声を張り上げた。


「すぐに彼を追って下さい! 幾ら何でも一人では無茶だ。下手に手を出されては、余計厄介なことになります」


 青年の言葉に、隣村の男達はヴェンの後を追って行く。青年もその後に続こうとして、思い直したように村長に向き直ると、口を開く。


「今回の件、本当に申し訳なく思っています。もしも反乱が失敗に終わった時は、必ず僕の首一つで収めてみせます」


 今は無理でも、反乱の規模が大きくなれば首謀者(ボク)の命の価値も上がるでしょうからね、と言い残し、青年も走って行く。その言葉を言う青年の表情は真摯なもので、村人達に少しだけ「信じてもいいかもしれない」と思わせる程だった。


 尤も、この場にヴェンが居たなら皮肉交じりの冗談でも言って茶化していただろうが。


 体力が足らず、道中驢馬に乗せられていた姿を見られなかったのは青年にとって幸運だった。


 残されたヴェンの村の村人達は一瞬どうしたものかと立ち往生するも、ヴェンが無茶な戦力差の相手に飛び出して行ったことを思い出し、慌てて各々武器になりそうなものを取りに家へと走るのだった。



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