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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
19/52

18.戦いの後

「美味い、美味い」


 言いながら、ヴェンは手を動かし続ける。山と積まれた料理が次々と切り崩され、ヴェンの胃の中へと姿を消して行く。


「……いや、お前、本当に大丈夫なのかよ?」


「一月は起き上がるのも苦しい傷だったはずなのだがの」


 ファティアと族長の言葉に、大袈裟だなとヴェンは栗鼠のように頬にものを詰め込んだまま肩を竦める。岩食み(アース・イーター)との戦闘から約一日。あっさりと意識を取り戻したヴェンは、身体が綺麗にされていた上に治療までして貰っていたことに礼を言ってから、悪いんだが、と前に置いてからこう頼んだのだ。


 ――食い物を出来るだけ沢山貰えないか?


 ドワーフ達からすれば集落の危機を救ってくれた恩人だ。その程度断る理由もなく、ヴェンの為に大量の料理を作ってくれたのだった。中でもファティアは約束の件もあって特に気合を入れていたらしい。


 結果、とてもではないが一人の人間が食べ切れる量ではない大量の料理が用意され、ヴェンは起きて早々その料理を片っ端から腹に収めているのだった。


「ふぅ……この程度、飯を沢山食ってよく寝りゃ一週間もかからず治るって」


 一端箸を休め、水を飲んで一息吐いたヴェンはなんでもないように言う。その言葉は、ドワーフ達に気を遣わせないための配慮――ではなく、一切誇張のない、言葉通りの事実であった。


 そんなわけないだろう、と訝しむような視線を向けてくる二人に、本当なんだって、とヴェンは腕に巻かれた包帯をくるくると外してしまう。貼り付けられていた血止めの薬草も取った、その下から覗いたヴェンの肌に傷は無く、少し肌が赤くなっている程度で。


「……なんと」


 治療前のヴェンの有様を知っている族長は驚愕の形に目を見開く。随分と擦り傷や切り傷があった筈なのだが、初めからそんなものは無かったと言わんばかりだ。少し赤らんだ肌は傷の名残だろう。


「まあ、流石に骨はまだ繋がっちゃいないけどさ」


 その他は大体治ってるよとヴェンは笑った。


「やはり、並ではないのう……おそらくお主、天賦(ギフテット)だろう」


「キールの奴がそんなことを言ってたような、言ってないような……」


 そもそも、その天賦(ギフテット)ってのは何なんだよ、とヴェンは料理を腹に流し込む作業を再開しつつ、族長に問う。キールの説明はふわっとしてて今ひとつ分からなかったのだ。族長はちと曖昧な話だが、と言い置いて、口を開いた。


「神の寵愛を受けた者、じゃよ。常人が持ち得ない才や力を持っておる」


「まあ、俺も人並みじゃないってのは自覚してるけどさ」


 寵愛って言っても、神様なんて一人も知りやしないぞ、とヴェンはいまひとつ納得していないような表情で言う。


「信仰は関係ないわいの。生まれつき、加護を授かっとるんじゃからのう」


 なるほどな、とヴェンは頷き、続きを促すように族長に視線を送った。


「神一柱につき、天賦持ちは一人。神の力によって天賦の力も変わってくる」


「……なぁ、俺に天賦をくれた神様ってのは誰かわかるのか?」


 この力には随分助けられてるから感謝もしたいし、信じてる神も居ないから拝もうかと思うんだが、と言うヴェンを族長はじっと見つめてから、分からんなと返した。


「……普通ならあり得んのだが、お主には魔力がない」


「ええっ?」


 暫く口を開いていなかったファティアが思わずといった様子で声を上げる。どうやらこれも普通じゃないらしいなと溜息を吐くヴェン。


「魔力……ってのは、あんた等が使ってた魔術ってのをを使うのに必要な力って認識で間違いないか?」


 前世のゲームやら何やらの知識ではそんなんだったなと思いつつ、ヴェンは言った。


「そうじゃの。普通、誰でも魔力を身体に宿しとる。量の多寡はあるがの。お主には、それがない。一切のう。大方――」


「――天賦の影響ってわけだ」


 ヴェンは頭がいい方ではないが、この話の流れで先が読めないほど察しが悪いわけでもない。ヴェンはなるほど、なるほどと呟き、続ける。


「で、天賦がどの神様から貰ったもんかってのは、魔力がないと分からないのな」


「思ったより察しがいいのう」


 よせやい、照れるぜと棒読みで返すヴェン。思ったよりの辺りにそこはかとなく悪意を感じないでもないが、ヴェン自身頭がいいと思ってはいないのだから気にもならない。


 族長の説明によれば、天賦を持っている場合、魔力の波長のようなものに神の色のようなものが混じるため、そこから判断出来るのだという。族長はそう説明した上で、続ける。


「おそらく、魔力を消費して肉体を強く作り変える天賦なのだろうよ。デメリットはあるが、かなり強力な部類に入る天賦じゃわい」


 あそこまでの身体能力を持つ者は、世界中を見渡しても稀だろうと族長は言う。魔力による強化抜きでなら、或いは世界一かもしれないとも。


「尚更拝みたいところだけど、まあとりあえず適当に祈っときますかね……名も知れぬ神様、あなたのおかげで俺は元気にやってますよっと」


「雑じゃのう」


「祈り方なんて知らないもんでね」


 呆れたように言う族長に、ヴェンは笑って応えた。ちなみに、言葉こそあれだが、ヴェンは本当に天賦を与えてくれた存在には感謝している。まともに祈らなかったのは、真面目な態度を見られるのがこっ恥ずかしかったからだ。


 話をしながらも料理を掻き込む手を休めていなかったヴェン。気が付けば、山のように積まれていた料理は全て胃の中に収められていた。


「ふぅ、ご馳走さん。ありがとうな。満腹になるまで飯を食ったのは久し振りだ」


「お、おう……っていつの間に!?」


 いやぁ、満足満足と腹をさするヴェンに、ファティアがあんだけ作ったのに、もう食っちまったのかよと驚きの声を上げる。


「怪我してる分余計に腹が減ってなぁ……お陰で怪我も早く治るだろうさ」


「冗談じゃないのがスゲえよな……」


 呆れたように言うファティアに、ヴェンは頑丈さと腕力だけには自信があってね、と笑う。


「さて、これを返しておこうかのう」


 言いながら族長が差し出して来たのは、岩食み(アース・イーター)から取り戻した剣鉈だ。鞘に収められているが、見るに元の鞘とは似て非なるものになっている。ヴェンお手製の雑な作りではなく、しっかりとした装丁に、何やら装飾までつけられたものだ。


 そのことに疑問を持ちつつも、とりあえず刀身が無事かどうかを確かめようと、ヴェンは剣鉈を抜いて視線を走らせる。赤銅よりも更に赤い刀身には、相変わらず傷一つない。ふぅ、と安堵の息を吐いたヴェンは、鞘を見てもしかして、と口を開く。


「もしかして、剣鉈(コイツ)を修理してくれたりしたか?」


 鞘も見慣れないやつになっているし、と視線を送るヴェンに、しかし族長は思いもよらない言葉を返して来る。


「いや、儂等はそれを直しとらんし、仮に壊れたとしても直すことは叶わぬよ」


「ドワーフ族ってのは鍛治が得意だって聞いてたんだが……」


 例外的に苦手なのかと思うヴェンだったが、岩食み(アース・イーター)との戦いの時に使った武器は素人目にも良いものだった。頑丈とはいえ、鈍らを鍛え直せないというのは意外だった。


「お主、その武器が何で造られておるか知っとるかの?」


「いや、さっぱり。頑丈だから普通の金属じゃ無いだろうとは思ってたけど」


 じゃろうの、と疲れたように言う族長。そうでなければ敵に投げ付けるような乱雑な扱いはしないだろうからのう、とも。


「それは偽神鉄(アダマス)で造られておる。神鉄(オリハルコン)の次に硬く、強い材質じゃよ」


「そんな大層なもんで出来てたのか、これ」


 偽神鉄(アダマス)と聞いて言葉を失い、女性としてどうなんだというほどにポカンと口を開けたファティアを尻目に、ヴェンは関ししたように息を漏らすも、思う。なんだって――


 ――父さんはそんな物を持ってたんだ?


 いや、案外安いなんてオチがあるかも――いや、流石にないか。まったく、自分の親なのに謎ばかりある人だよとヴェンは心の内でぼやく。


「神が造ったとされる神鉄(オリハルコン)を人の手で作ろうとしたものが偽神鉄(アダマス)なんだがの、この偽神鉄(アダマス)を造り得たのはたった一人のみで、造り方はおろか加工すら出来ぬのよ」


 情けない話だが、偽神鉄(アダマス)を造ったのはドワーフではなく人間で、定命の種族である人間であるが故に生涯に渡って打たれた偽神鉄(アダマス)製の武器は百を越えないだろうと族長は付け加えた。


「本当に貴重な代物ってわけだ。参ったね。聞かなきゃ良かった」


 武器なんていつ壊れてもおかしくないってのに、使うのがちと躊躇われちまう。貧乏性かね、とヴェンは自嘲気味に溜息を吐いた。


「すげえ、偽神鉄(アダマス)なんて初めて見た。なあ、少し見せて貰ってもいいか?」


「壊さなけりゃ……いや、簡単に壊れるようなもんでもないか」


 興奮した様子で言うファティアに、その価値を知らされたにもかかわらず、ヴェンはあっさりと剣鉈を手渡す。物に対する執着心が薄いのと、ドワーフ族にある程度信を置いているからだ。尤も、奪われたところで取り返せばいいという思考も頭の隅にはあるのだが。


 恐る恐るといった様子で剣鉈を受け取ったファティアは、目を輝かせながら剣鉈に視線を巡らせている。ドワーフ族にとっては単なる武器以上の意味があるのだろうなとヴェンは生暖かい視線をファティアに向けた。


「ところで、その鞘じゃが、お気に召したかいのう?」


「ああ。貰っていいのか?」


「構わん……というよりも、元々お主のものじゃよ」


 族長の言葉に、本当かよとヴェンは鞘をよくよく見てみる。すると、所々に金属が打たれたり装飾がなされたりはしているが、材質は鬼熊(オーガ・グリズリー)の皮で、言われてみれば馴染みのある感触も残っていた。


「何だか、気を遣わせたようで悪いな」


「いや、感謝もあるが、好きでやったことじゃよ。上質な素材があれでは余りにも勿体無くての」


 鎧の方も今改修しとる。お主が寝ている間に採寸は済ませておるから、二、三日もすれば仕上がるじゃろう、と言う族長に、ヴェンは本当にありがとうなと頭を下げる。


「止してくれ。儂等こそお主に礼を言わねばならぬのだ。儂等の集落を救ってくれたのは、間違いなくお主なのだからの。感謝しとるよ――ありがとう」


「気にしなくていいさ。実際、一人でも挑むつもりだったし、その場合もっと厳しかっただろうからね」


 お互い様ってことで、と笑うヴェンに、そう言ってもらえるとありがたいわいと族長も礼の時に下げていた頭を上げる。


「しかし、お主の武具は一体誰が作ったものじゃ? 鬼熊(オーガ・グリズリー)の皮を使っているにもかかわらず、余りにも酷い造りじゃったぞ」


「うっ、ああ……あれなぁ」


 革鎧――とヴェンが言い張る鎧モドキ。胸や腹などは厚めに作っていたが、鎧と言うには不恰好。かといって皮の服というには無駄な加工が成されていて、形容し難いヴェンお手製の鎧。


 素人にしては上出来だと思うのだが、その道のプロからすれば鎧と言うのも難な仕上がりらしい。鎧の粗を挙げられて行き、地味に落ち込むヴェン。かといって、作ったのが自分であると言えば気を遣わせることになるだろう。


 ――いや、まあいいんだけどさ。


 出来が悪い自覚はヴェン自身にもあるのだ。ただ、素人なんだ、とか、道具もロクなものがないんだ、などと言い訳をしたくなるヴェンだった。



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