16.共闘
「ここで食い止めるぞ!」
「応!」
ドワーフ達は岩食みの接近を知ると、防衛線を張っていた。元々、あの魔獣が集落の近くに現れた時点で覚悟は出来ていたし、対策もとっていた。果たしてそれが有効かどうかは怪しいところではあったけれど。
迫り来る岩食みに対して、ドワーフ達は地面に手を付いて、言葉を紡ぐ。
『大地の神ガイアよ。大いなる者よ。御身の落とし子が我らに偉大なる地の力を貸し与え給え――崩落!』
言葉と共に放たれた力は地面を伝い、岩食みの下で炸裂した。突如として岩食みの下の地面が大きく砕け、その巨体を半ばまで岩の中に飲み込んだのだ。とはいえ、これだけで終わりではない。ドワーフ達の詠唱はまだ続く。
『大地の神ガイアよ、重ねて申し上げる。岩の上に実りは無く、岩を耕す力を我らに――石崩し』
又しても、不可視の力によって岩食み《アース・イーター》の周囲の岩が砂へと変わる。目の細かい砂は水のように、岩食みがもがけばもがくほど深く、深くへその身体を沈ませて行く。
「これで最後……皆気張れい!」
族長が声を張り上げる。その額には汗が浮いている。族長だけではない。他の男衆も族長同様か、それ以上に汗を流し、疲労の色を浮かべていた。
『大地の神、ガイアよ! 我らは鉄を打つ者! 願わくは、我らに大いなる恵みを、鋼の加護を我らに与えよ――錬成・鋼』
続け様に、三発目。
岩食みを飲み込んだ砂は鋼へと姿を変える。総身くまなく鋼に戒められた、完全に詰んだ状態。普通の生物であれば、確実に仕留められただろう。
足場を崩し、身体の周りを目の細かい砂に変え、身体の大部分を沈めた上でその砂を鋼へと変える。必殺の戦術であるといっていいだろう。単純に己が膂力だけで鋼を砕けない生き物に対してであったら、であるが。
――ギリ、ギチギチ。
「い、いかんっ」
族長は岩食みが鋼の戒めを力任せに抜け出そうとしていることに気が付き、叫ぶ。それは警戒を促すためであったが、半ば悲鳴にも近かった。魔術を三度連続で使った反動は大きく、自分を含た全員が一時的に動けなくなっていたから。
鋼の戒めが解かれ、大小入り混じった鋼鉄の礫片がばら撒かれる。ドワーフの身体は頑強だが、鋼の飛礫が直撃して無事でいられる程ではない。強烈な痛みの予感に、ドワーフ達は身を強張らせた。
しかし予想していた痛みは暫く訪れず、代わりに、ひゅう、という気の抜けるような口笛が鼓膜を揺らした。
「やる気があれば、何でもできる! なんてね」
上手く行って我ながらびっくりだ、と突然現れたヴェンはけたけたと笑う。いかにも余裕があるという態度だったが、全身血塗れでは説得力などあったものではない。
速度は大したことがない岩食みに追いついたはいいものの、進むべき道を岩食みが切り開いている以上、出来ることは殆ど無かった。
一応、苦し紛れに石を拾い上げては投げ付けていたのだが、身体の状態が万全には程遠いこと、当てられるのが頭の反対側、尻尾にあたる箇所でしかないことも手伝って、投石の効果は皆無と言って良かった。
ドワーフ達が呪文を唱え出した時には既に岩食みの後ろに張り付いていたヴェンだったが、岩食みの巨体に阻まれて合流出来なかったのだ。それが、地面が崩れたことで岩食みの上に空間が出来たため、壁や岩食みの身体を足場にしてドワーフ達の側に来ていたのである。
しかしヴェンは出て行くタイミングを失い、つい天井に張りついていたのだ。そのまま岩食みが倒されてくれれば剣鉈だけ回収してこっそり消えるところだったのだが、そう上手くはいってくれなかった。
疲弊したドワーフ達では飛礫を防げないと判断したヴェンは、天井を蹴り付けて急落下。真っ向から弾くのでは無く、横に弾くような形で飛礫を防いだのだ。ビリヤードのように弾いた礫片で別の礫を防ぐという絶技まで披露して見せたヴェンの顔色は、悪い。
ドワーフ達に当たる飛礫は全て防いでみせたヴェンだったが、腹に一発鋼の礫片を喰らっている。防ぐには手が足りず、避ければ後ろに直撃。身体で受ける他無かったのだ。鬼熊の皮で作られた革鎧は鋭い飛礫をしっかりと防いでくれたが、衝撃まで消える訳ではない。全身の傷に響き、脳が悲鳴を上げる。
更に酷いのが、両腕だ。
横に弾くような形をとったとはいえ衝撃は凄まじく、ただでさえ傷を負った両の腕は、骨を金槌で直接叩かれているかのようにガンガンと痛む。痛みには強いと自負するヴェンも、脂汗が浮かぶのを防げなかった。
「ヒーローは遅れてやって来る! いや、出待ちしてたけどね」
あれだよ、「ごめーん、待った?」ってのに「ううん、今来たとこ」って答えつつ実際三十分以上待ってるみたいなヤツ、などと一人芝居までやり始めるヴェン。軽口の調子に身体の状態は反比例する。つまるところ、ヴェンは絶不調だった。
「お主……」
小粋なジョークも挟みたいところだけど、と前に置いたヴェンは、笑みを浮かべて族長に向き直る。余裕を装ってはいるものの、大粒の脂汗に、余裕のない瞳。ヴェン自身その演技が意味を持たないことに気が付き、力なく笑った。
「……悪ぃ。早いとこ、逃げてくれや」
そう長くは保ちそうにないからさ、とヴェンは言う。
「……死ぬ気か?」
「まさか」
族長の問いに、ヴェンは即答する。自分はまだ死ぬわけにはいかないのだから。自分を欠けば、反乱は間違いなく失敗する。そうなれば村の皆も無事では済まないだろう。それは、許容出来ない。
だから、死なない程度に。
「死にそうになったら尻尾巻いて逃げるさ。だから、とっとと行ってくれ」
「いや、逃げぬよ」
ドワーフの族長が返した言葉に、ヴェンは目を見開いた後、表情を歪める。これ以上ヴェンにも余裕は無いのだ。誰かを庇って戦うことは不可能。
「おいっ」
「逃げたところで、行くあてなどない。それに儂等とて、命を捨てる覚悟でここに来ておるのだ」
住処を守る為に。
「……そうかい」
そう言われてしまえば、ヴェンには何も言えない。ヴェンはこの場で命を賭す覚悟はしていないし、ヴェンとて、村に危機が迫れ間違いなくば命を賭して戦うのだから。たとえ、その戦いに勝ち目が見出せなくとも、だ。
「なら、手を貸してく……いや、違うな。手を貸すよ」
一本折れてる上にもう一本も怪しい手だけど、猫の手よりは役に立つだろ、とヴェンは笑ってみせる。
「奇特な奴よの」
「よく言われるよ……っと、誰か武器を貸してくれるかい?」
生憎と丸腰でね、と肩を竦めるヴェンに、族長が背負っていた戦槌を差し出してくれる。
「ちょいと重いかもしれぬがな」
「なに、軽い軽い」
これなら一発二発は壊れないかも、とヴェンは満足気。かなりの重さがある筈の戦槌を小枝のように振ってみせるヴェンに、ドワーフ達は目を丸くする。明らかに人間の、それも怪我人の膂力ではない。
「なら、援護よろしく!」
言い終わるか言い終わらないかで、ヴェンは地面を蹴る。未だ完全に身体が抜け切っていない岩食みに近付くと、野球のバッターよろしく戦槌を振りかぶり、大きく踏み込んで振り抜いた。
瞬間、ドワーフ達は戦槌の先端が消えたように錯覚したという。
鍛治を得意としているというのは嘘やハッタリではないらしく、族長から借り受けた戦槌は岩食みの硬い甲殻を容易く砕き、その下の肉を抉った。
「グ……ギッ」
耳触りな絶叫に紛れて、ヴェンが呻く。戦槌を伝って返ってきた衝撃にボロボロの身体が悲鳴を上げたのだ。痛みでヴェンの視界に火花が散る。歯を食い縛り、必死に声を抑えた。
「槍をッ!」
槍を持っているドワーフにヴェンは叫ぶ。その必死の形相と気迫に押されたのだろう。ドワーフの男はビクリと身体を震わせると、爆ぜるような勢いでヴェンに槍を投げた。
穂先を向けて、身体に突き刺さる軌道を描いて向かって来た槍をヴェンは空中で掴み取ると、甲殻が砕けた部分に槍を突き立てた。
響く、絶叫。
鼓膜が痛えよとぼやきつつ、そういや全身痛いんだったとヴェンは笑う。こんな状況でも、否、こんな状況だからこそ、ヴェンは笑みを浮かべてみせる。
一旦暴れる岩食みから距離をとって、ヴェン跳び上がると、天井を蹴って急降下。そのままの勢いで戦槌を叩きつける。先程と同じように、砕ける甲殻。
「剣ッ!」
予測していたのだろう。ドワーフの反応も早い。ただ、意思の疎通が今ひとつだったようで、二本の剣が回転しながら向かって来る。
ヴェンは慌てず戦槌を宙へと放り、二本の剣を逆手に掴み取り、岩食みに突き刺した。吹き出した血を避けるように跳んだヴェンは、途中戦槌の柄を掴み取ると、天井、壁と蜘蛛のような動きで移動し、地面に降りた。
見れば、戦槌には亀裂が走っていて、あと一発が限度だろう。そして、あと一発で岩食み《アース・イーター》を倒せるかどうかは怪しいところだ。
――どうするかね?
ヴェンは思う。身体の方も騙し騙し動かしてはいるものの、いつガタが来てもおかしくない。
「アヤツばかりを働かせてどうする! 儂等も岩槌の詠唱を始めるぞ!」
「秘策があるのか?」
「気をそらす程度にしかならぬがな」
そりゃ厳しい、とヴェンは溜息を吐く。呼吸すらが痛みを伴うのだから、限界は近い。
「剣を出来る限り貸してくれるか?」
言ったヴェンの目の前に四本の剣が差し出される。ヴェンは二本は腰に差し、槌を族長に返すと抜き身の二本を両手に構えた。
「何をする気かの?」
「プロジェクト一寸法師……つっても分らないか。あの間抜けに開いた口から入って、内側から滅多刺し大作戦ってとこ」
口にしたのは、ヴェン自身、成功しないだろうと投げ捨てていた案。
「ちと、いやかなり無謀ではないかの?」
「勝算は、ある――」
――まあ、四割くらい。
後半は口にしなかったが、ヴェンはそう言って笑ってみせた。一応、嘘ではない。無手だった先程までと違い武器があるし、先程の二箇所と、口の中を射た時の出血の仕方から、ヴェンは心臓があるであろう位置にあたりをつけていた。
後は身体の中から心音を聞き取って、剣を突き立ててやろうという腹である。かなりの博打ではあるが、怪我をしてから妙に感覚が研ぎ澄まされているヴェンからすれば、さほど分の悪い賭けでもなかった。
「なら、お主に賭けてみるとするかのう」
「なに、損はさせないよ」
身体はボロボロだったが、負ける気がしないな、とヴェンは笑った。
Q.おう、更新遅いじゃねえか?
A.(詠唱考えるのが)ツライです。