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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
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14.ドワーフ

 ――まったく、大層なお出迎えだ。涙が出るよ。


 客を大勢で取り囲むのがドワーフ族の礼儀かい、そいつはありがたくて涙が出るよ、と皮肉を吐き出したい気分になるヴェンだったが、交渉出来る可能性も考えてそれを喉のあたりで抑え込む。


 ――イメージ通りの姿形してるのな。手に手に武器を構えちゃってまあ。


 ヴェンの周囲を囲むドワーフ達は背こそ小さいが、がっしりとした体格をしている。短く太い首は頑強そうで、筋肉の浮き上がった腕は力強い。髭を蓄えている者もいれば、そうでない者もいる。髭があった方がそれっぽいかな、と思うヴェンに一際髭の長いドワーフの男が声を掛けてきた。


「何が目的でここを訪れた、人間」


「とりあえず、美味い飯を食べに、と言うのはどうでしょう」


 いきなり反乱云々の話をするのもマズイだろうと思ったヴェンはだったが、いい理由が思いつかず、冗談でお茶を濁しにかかる。心の中で、嘘は言ってないさ、と言い訳しつつ。


「……巫山戯ておるのか?」


「いえ。ファティアとの約束の内の一つがそれでしてね」


 とびきり美味い飯を食わせてくれるらしいので、ついて来たんですよとヴェンは言い、なので、と続ける。


「武器を下ろして貰えるとありがたいですね。貴方方に危害を加えるような真似はしませんから」


「信用出来んな」


 そりゃそうか、とヴェンはため息混じりに呟き、どうしたものかと思考を巡らせる。ファティアについて行って、ここで待っていてくれと言われた数分後にこの状態。


 嵌められたのか、と一瞬考えたヴェンだったが、なんとなくそれは違うように思えた。尤も、単なる願望だと言われればそれまでだが。


「ファティアに聞いた。儂に話があるのだろう、人間」


「すると……貴方が、あー、オブシディアン氏族の族長様でいらっしゃる?」


 若干間は空いたが、覚え辛い氏族の名前を捻り出したヴェン。我ながらよく覚えてたよ、とヴェンは冷や汗を浮かべる。これで氏族の名前を忘れていたら、かなり礼を失することになっていただろう。


 尤も、怪しい敬語で礼儀云々を気にするのも馬鹿らしい話ではあるが。


「そうだ。言うだけ言ってみるがよい。一応、ファティアの命を救ってくれたと聞くからの」


 そうは言いつつ、話を聞くだけでそれに応えてくれるつもりは欠片も無いようだった。まあ、当然かとヴェンは思う。人間に力ずくで棲家を奪われたのだから、恨み骨髄に徹していること請け合いだ。現に、ヴェンを囲むドワーフの男衆からは敵意やら殺意やらが垂れ流されている。


「なら、お言葉に甘えて」


 ヴェンは、自分は反乱軍という現体制を打ち倒さんとする集団の一員であり、その過程でアルマ領を討つことになったこと。その際に貴方方(ドワーフ達)に協力して貰えないかというようなことを話した。しかし――


「――断る。儂等が協力する理由が無い」


「まあ、そうなりますよね」


 ここにいるのがキールであれば、何らかの利を示して交渉するのだろうが、ヴェンにそれは少し難しい。どこまで提示していいものか判断がつかないからだ。


 鉱山を丸々返すという訳にも行かないだろう。戦争には、幾らでも金属が必要になって来るのだから。その辺りの判断をヴェンにしろというのは酷だろう。


「話は、それだけかの?」


 ならば、此方からも聞きたいことがある。そう言い置いて、族長は腹の底まで重々しく響いてくる声で空気を震わせた。


「ファティアを助けて貰った恩があることは、承知の上で、お主をここから生きて返さぬと言ったら、どうするかの?」


 族長の言葉と共に、周囲からの殺意が高まったのを感じて、ヴェンは溜息を吐く。ドワーフの男達が持つ武器の輝きが増したようにすら思えて、ヴェンは内心物騒な話だ、よとぼやいた。


「暴れますよ。盛大に」


「この人数相手にかの?」


 ヴェンの周囲を囲むのは、三十人以上の屈強なドワーフの男達。ドワーフの戦闘能力がどの程度かは分からないが、普通なら戦う気など起こらない人数差だ。だが――


「――その程度の人数で、ですか?」


 桁が一つ足りないんじゃないですか、と笑みを浮かべ、煽るヴェン。実際のところ、三百人を相手にするとなれば厳しいのだろうが、少なくとも三十人のドワーフを前にして、ヴェンは少しも危機感を抱いていなかった。


 とはいえ、ただの直感だ。


 実際やり合ったら四方八方からなます斬りにされました、という結果にならないとはヴェンも断言出来ない。


「……言うのお」


「大方、俺がアルマ領の人間か、そうでなくとも貴方方の存在、その情報を悪用するかもしれないと考えている。だから、殺して口封じ。そういうことなのでしょうが――」


 ――瞬間、ドワーフ達は動けなくなった。


 ヴェンの身体から風のように放たれた、殺気で身体が硬直してしまったのだ。それは、肉食獣の顎に挟み込まれたかのような、一歩でも動けば肌が食い破られるような、殺意の奔流。


 獅子が兎を恐れないような、実力を伴った傲慢さ。自分が逆に食い殺されるとは微塵も考えていない、捕食者の殺意だ。殺気を受けたドワーフの中には真っ青になって武器を取り落とす者すらいた。


「――これは、証明になりませんか」


 ドワーフ達の情報を悪用するつもりなどありはしない。害を成すつもりなら、この場で全員を皆殺しに出来るのだから、とヴェンは言外に語る。


「……なるほど、確かにの」


 そんな殺意の奔流に呑まれることのない族長。ヴェンは驚きに目を見開いた後、こりゃ恥ずかしいなと殺気を引っ込める。一部のドワーフは、腰を抜かした様子でその場に崩れ落ちた。


「まったく、井の中の蛙ってやつか。調子に乗ってたな」


 自分が中々強いことに気が付いて、どうにも調子に乗っていたようだとヴェンは自省する。偉そうな口を叩いたのが恥ずかしくて、思わず敬語が引っ込んでしまった。


 直すべきか、と思ったが、一度素を見せてしまった以上、そちらの方が自然体で信用が得られるかもしれない、とヴェンは敬語を投げ捨てた。


「いや、お主であれば儂等全員の命を奪うことなど容易かろうよ。儂は、今更死を恐れる理由もないでの」


 そう言う族長の言葉からヴェンは嘘を感じ取れなかったが、相手は老獪だ。或いはヴェンよりも強い実力者という可能性も無きにしも非ず――


 ――いや、流石にないか?


 族長は確かに屈強な身体をしてはいるのだが、どうにも戦う者特有の空気が無い。となると、余程実力を隠すのが上手いか、年の功か。


「そういう問題かね……ともあれ、俺はあんた等に手を出すつもりはないって話だ」


「お主を信用した訳では無いが、仮にお主が敵であっても抵抗は無駄だろうの」


 信用されないのは当然だ。ヴェンはドワーフ達の棲家を奪った人間という種族で、それは動かし様のない事実なのだから。例え打算や恐怖からであっても、手を出して来ないだけで十分過ぎる。


「そうかい。つっても、いたずらにあんた等を不安がらせるのも難だ。ファティアには謝っといてくれるか? 飯はまた今度貰うことにするってさ」


 ここにいる男衆ならいくら脅かしても問題ないだろうが、女子供まで怯えさせるのはよろしくないだろう。おそらく、ヴェンが云々という話ではなく、人間であるというだけで恐れや不安の原因になるだろうから。


 敵であれば情けも容赦もしないヴェンだが、そうでない相手に対しては基本的に甘い男だ。岩食み(アース・イーター)については聞いておきたいところだったが、ヴェンは猟師だ。獲物を観察して行動パターンを掴むなど、基本のき。出来て当然なのだから。


 たまには猟師らしいこともしないと勘が鈍るというものだ。


「本当に俺はあんた等に手は出さないし、あんた等に不利になるようなことはしない。約束する」


 ドワーフ達に背を向けて歩き出すヴェン。


「だから心配しなさんな、って言っても無駄だよなぁ……」


 まあ多分、アルマ領を落としたら挨拶しに来ると思うから、その時は武器を向けないでくれると嬉しいよ、と言い残し、特に振り返ることもせずに去って行く。


 実際、ヴェンは後にドワーフ達と再会するのだが、それはアルマ領を落としたら後ではなく、予想外な程早い再会となるのだった。



 ■ □ ■ □



「剣の一本も借りてくりゃ良かったなぁ」


 ドワーフ達の姿が見えなくなった辺りで、ヴェンは剣鉈を失って軽くなった腰に手をやりつつ、あの空気なら気圧されて貸してくれただろうに、とヴェンは溜息を吐いていた。


 ヴェンは猟師ではあるが、剣鉈を使った近接戦闘も好んで行う。これは、剣鉈というヴェンの力に耐え得る武器があったからだ。弓はヴェンにとって消耗品で、引き絞り過ぎて真っ二つに折れてしまうこともままあった。


 そのため、弓を使い惜しむ傾向があるわけだ。


「今回はそうも言ってられないけどさ」


 何せ、頼みの剣鉈は岩食み(アース・イーター)に突き刺さったまま。ヴェンの手元にあるのは、弓と矢、細かい作業用のナイフが一本。


 毒草の類も忍ばせてはいるのだが、あの巨体に効果があるかは怪しいと言わざるを得ない。


「最悪、プロジェクト一寸法師かぁ……」


 やりたくないなあ、とぼやくヴェン。腹の中で暴れればどうにかなるんじゃないか、という考えなしの極みのような作戦は、削岩機のような口を潜り抜けなければならない上に、その先の保証も一切ないのだ。


 尤も、剣鉈無しでも挑む勇気が湧いてくるあたり、鬼熊(オーガ・グリズリー)よりも大分易しい相手ではあるのだろうが。もし剣鉈無しで鬼熊(オーガ・グリズリー)と向かい合うようなことがあれば、脇目も振らず逃げ出す確信がヴェンにはあった。


 鬼熊(アレ)岩食み(アース・イーター)とやり合えば、あっさりと仕留めて見せるだろうとヴェンは考えている。大方、口から吐き出す衝撃波だけで完封するだろう。そうでなくとも力任せに岩の甲殻を砕き、その一本角で急所を貫く。そのくらいはやって見せる怪物。


 ――あれに比べりゃ、ちょろい相手だ。


 そうヴェンは言い聞かせながら、自身の感覚に従って地下の闇を進む。剣鉈を預けた相手は、そう遠くない場所にいるようだった。



ファティアと関わるのは、もう何話か先になります。

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