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異世界戦記を猟師が行く!  作者: 矢田
辺境騒乱
11/52

10.父

「戦友、ね。成る程。成る程」


 ヴェンは納得した様子で相槌を打ち、続ける。


「参ったな……あんた、徴兵された生き残りか」


 正直、生き残りが居るなんて思わなかったよと言うヴェン。三年前、ヴェンの父も含めて徴兵され、誰一人として戻っては来なかったのだ。まだ生きている可能性もない訳ではないが、生存は絶望的だろうと皆諦めている。ヴェン自身も、だ。


 しかし、こうして生き残った者が戻って来ているのを見ると、父が生きているかもしれない、という可能性が消えてしまったように感じられて、ヴェン自身予想外なほどの衝撃を受けた。


 生存を絶望視していたのと同時に、ヴェンは父が死ぬところを想像出来ないでいた。それは、鬼熊(オーガ・グリズリー)すら狩ってみせる強い背中を見続けていたから。


 ――生きてるかもって、思ってたのな、俺。


 自覚はなかったのだが、父が死んだという可能性が強い現実味を持って立ちはだかってきた時、眩暈のような感覚がヴェンを襲った。それほどの衝撃だった。


「……大丈夫か?」


「ん、ああ……平気だよ。向き合わなくちゃ、現実と、ってね」


 立ち止まって後ろを振り返る時間は贅沢過ぎる。今、ヴェンの時間は途轍もなく貴重だ。反乱の成否は反乱が国に知られる前。この状況でどこまで動けるかにかかっている。最高戦力であるヴェンがその中で果たす役割は、大きい。


「タイムイズマネー。時は金なり。何を言ってるのかって? 浪費を楽しむのは余裕が出来てからにするって話」


 ヴェンは戯けた調子で軽口を叩く。余裕が無ければ無いほどに飛び出す軽口。今のヴェンは中々に追い詰められている。尤も、戯けた仮面の裏側を察することが出来るのは、タテノ村の村長とリーナくらいのもので、周囲には巫山戯たお調子者のような印象を与えるのだが。


「……お前は何をしに来たんだ?」


 用が無いなら話を切り上げるぞ、と言外に示すガイに、ヴェンはせっかちなのはそっちも同じだね、と笑い、戯けた雰囲気を脱ぎ捨てて口を開く。


「父さんのこと、聞きたくてね。あの人、自分のこと何にも話してくれなかったからさ」


「……そうか。まあ、俺もそう多くを知っている訳じゃない。アイツは寡黙な奴だったからな」


「……だろうね」


 一言も喋らない日も少なく無かったし、とぼやくヴェン。表情も分かり辛く、ヴェンですら時折父の意図が読み取れなかったりもした程だ。


「ただ、お前のことは随分話していたぞ。俺よりもいい猟師になる、自慢の息子だとな」


「……それ、話を盛ってない?」


 父さんがそんなこというとこ、想像出来ないんだけど、とガイの言葉に虚を突かれたヴェンは照れ臭さを誤魔化すように、言う。


「控え目なくらいだ」


「……冗談」


 あの鉄仮面を被っているんじゃないか、というほどに平静そのものの態度を崩さない父が、他人(ヒト)に息子の自慢をするなどヴェンは想像したこともなかった。


「本当だ。あの寡黙な男が息子のことになると急に多弁になるものだから、皆驚いていた」


 無論、俺もな、と言うガイ。ヴェンは無性に恥ずかしくなって、それを誤魔化す為に大きく溜息を吐いた。


「あと、『魔弓の射手』と呼ばれていたな」


 敵将を次々と射殺していくものだから、味方からは頼りにされていたし、敵には恐れられていたものだ。徴兵された者の多くは肉壁として使い潰されるが、ヴェンの父(ヴァンハルト)は違ったのだとガイは言う。


「『魔弓の射手』って、弓が凄いようにも聞こえるなあ……」


 手製の精度が怪しい弓だってのに、と小さく笑うヴェン。ちなみに、ヴェンの弓は輪を掛けて精度が悪い。これは、ヴェンが父に比べて弓を作るのが下手な上、ヴェンの腕力ではどうせすぐ壊してしまう為、作り自体雑なのだ。


 革鎧もヴェンの自作だが、これまた雑な作りをしている。尤も、これに関しては鬼熊(オーガ・グリズリー)の皮を加工出来るのは剣鉈くらいのもので、まともな道具もなく作ったのが原因ではあるのだが。しかしそれでも、素材の頑強さで生半可な金属鎧よりも頑丈だったりする。


「凄かったぞ。貴族達は手柄を取られたと恨み言を言っていたが、同時に召し抱えたいという家も多かった」


 そりゃそうだろうな、とヴェンは頷く。あの弓で馬鹿げた精度の射撃が可能なのだ。まともな武器を持たせれば凄まじい狙撃手に化けるだろう。


「……で、どうなったんだ?」


 貴族のお眼鏡に適ってめでたしめでたしって訳じゃないだろ、とヴェンは言った。もしそうなっていたら、連絡の一つも寄越すだろうから。だから、それはあり得ないのだ。


「詳しいことは、俺も知らん。アイツは途中から別の部隊に移されたからな」


 肉壁ではなく、射手としての腕を活かせる部隊に移されたのだろうとガイは言う。


「違う部隊に行った後は、二度と会えなかった」


 俺も生き抜くのに必死で他人(ヒト)のことを気にする余裕はなかったからな、とガイは戦場の記憶が思い出されたのか、腕の古傷を撫でた。


「風の噂で、アイツが死んだのを知ったよ。本当かどうかは定かじゃないが、武功に嫉妬した貴族に殺されたんじゃないかって話だ」


「……そうか」


 父が殺されたと聞いて、ヴェンの中にどす黒い感情が湧き上がって――きはしなかった。ヴェン自身、酷く意外なことだったが、復讐心とやらが全く燃え上がらないのだ。


 ――現実味がないからだろうな。


 何処の誰が父を殺したのだ、と分かっていればまた話は変わってくるのだが、誰かに殺されたというふわっとした具体性のない情報で復讐に走れるほどヴェンに余裕はない。さらに言えば、父は死ぬ覚悟が出来ている人間だった。戦場に立つ以上、死はいつ降りかかって来てもおかしくない現実だ。 


 これが、家族同然のリーナや村長が殺されたとなれば、また別の話。殺した本人はおろか、一族郎党皆殺しにしても足りないような大復讐劇を展開すること間違えなしだ。


 ――後は、覚悟か。


 ヴェン自身上手く言葉に出来ないのだが、父に関してはいつ死んでもおかしくない、と考えていたのが大きいのだろうと思う。覚悟が出来ている分痛みが小さいという話だ。


 徴兵以前に魔獣を狩るのも命懸け。命を落とす可能性など、いくらでも転がっているのだから。


「……ま、実際何処そこの誰それさんってのが分かったら、どうなるか分からないけどさ」


「ん、何か言ったか?」


 小さく呟くヴェン。ガイはその音を拾いきれなかったようだったが、ヴェンは、いいや何にも、と誤魔化した。


「ありがとさん。父さんの話、聞けて嬉しかったよ」


「何だ、もう行くのか?」


 歩き出したヴェンの背に、ガイは問い掛ける。


「ここ数日まともに寝てなくてね。少し休ませて貰うよ」


 どうせ明日あたりキールの奴に無理難題を押し付けられるだろうし、英気を養っておきたいのよ、と欠伸をかみ殺すヴェン。折角ならリーナや村長とのんびり過ごしたいところなのだが、無い物ねだりをしても仕方が無い。


 さて、村の皆はどうしてるのかね、とヴェンはタテノ村がある方角の空を見上げて思うのだった。



 ■ □ ■ □



「はぁ……」


 リーナは溜息を吐いて雑草を抜く手を止めた。反乱を起こした、とは言っても村人全員が直接それに参加する訳ではない。農作業を放り出す訳にはいかないのだから。リーナは女性であることも手伝って、村に残る側の人間だった。


 ――ヴェンは大丈夫かしら。


 リーナも幼馴染(ヴェン)の強さは知っているが、不安がるなというのは無理な相談だ。鬼熊(オーガ・グリズリー)を狩って来る時、ヴェンは大抵傷だらけになっている。強くても怪我はするし、死ぬことだってあり得るのだ。


 ヴェンが死んでしまったらと思うと、リーナは目の前が暗くなるような感覚に襲われる。しかし、魔獣を標的に狩をすることもそうだが、ヴェンは危険だと言ったところで、止まってくれはしないことをリーナは長い付き合いの中で理解している。


 ヴェンは自分の命に無頓着なのだ。


 どんな危険があっても、それを問題だとは思わない。村の利益になるのなら躊躇せずに命を懸ける。そういった姿勢が村の皆から信頼される大きな要因になっていることは理解していても、リーナはヴェンのそういう部分だけは好きになれなかった。


 ――昔からそうなのよね。


 リーナの記憶にある限り、物心付いた時からヴェンはそういう気があった。危険と自分の間に立ち塞がるヴェンの背中は、リーナの記憶の中に幾つも焼き付いている。


 自らの命を顧みないお人好し。何かに巻き込まれて死んでしまいそうで、リーナは怖かった。


 ヴェンの為に何かしたいとは思うのだけれど、戦いの心得などリーナは持ち合わせていないし、そもそも戦場に出ようとしようものならヴェンが必死に止めるだろう。なら身の回りの世話の類を、とも思うのだが、彼方此方を馬よりも速く動き回るヴェンに着いて行くの不可能で。


「……はぁ、何にも出来ないなあ、私」


 せめて励ましの言葉を送れればいいのだけれど、リーナもヴェンも文字の読み書きは出来ない。


「ヴェン坊のことを考えておるのかの?」


「えっ……おじいちゃん」


 リーナの視線の先には、タテノ村の村長の姿があった。リーナにとっては実の祖父なのだが、ともあれ。何で分かったの、とでも言いたげに目を丸くするリーナに、村長は好々爺然とした笑みを向ける。


「ふぉふぉ、顔に出とったわい」


「そんなこと無いと思うんだけど……」


 応えるリーナの顔は、赤い。どんな表情をしていたのかは分からないが、ヴェンのことを考えていると当てられたことを思えば、人前に出せるような表情でもないだろうから。


「ヴェン坊のことは心配いらんだろうて」


「どうしてよ? いくら強くたって、万が一ってこともあるじゃない」


 少し強目の語調で言うリーナ。村長はヴェンのことになると熱くなるのぉ、とからかうように言った後、続ける。


「ヴェン坊は自分が死んだら村の者や、何よりお前が悲しむと分かっとるからの。そう易々と命を落とすことはあるまいよ」


「……そうだといいんだけど」


 村長にからかわれ、顔を更に赤らめたリーナは、それを誤魔化すように空を見上げる。


 ――元気で居てよね、ヴェン。


 空越しにヴェンに届けとリーナは思う。



 奇しくも、ヴェンとリーナが空を見上げたのはほぼ同時であった。



サブタイトルが浮かばない回でした。

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