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妖物語《アヤカシモノガタリ》  作者: 結城昴
あずさウルフ
4/4

あずさウルフ 其ノ肆

「東雲くん」


「はい」


「『ただの友達が恋人に発展する』…キミはどう思う?」


「…いきなり何の話ですか」


「興味深い話だとは思わないかい?昨日まで普通に会話を交わしていたただの友達を、挨拶をするのも躊躇してしまう程に、目と目が合ったらつい顔を赤く染め剃らしてしまう程に、恋愛対象として好きになってしまった。…なんて甘酸っぱい青春なんだろうね~」


「…錦野さん、今いくつですか」


「22…いや、3だったっけ?」


「それに、さっきの話、恋人じゃなくて一方的な片思いですよね」


「……あれ?本当だ…」


「…結局、何が言いたいんですか」


「彼女いるの?」


「…いません」


「え?そうなの?東雲くん、中々の二枚目だと思うけどな~。ボクはてっきり2、3人は当たり前かと思ってたけど」


「ボクを何だと思っているんですか」


「ゴメンよ」


「わかって頂けたなら幸いです」


「…」


「…」


「ところで、東雲くん。思い出せたかい?」


「何をですか」


「『弱み』だよ。『弱み』」


「それが…何も…」


「そうか~…」


「…」


「…」


「錦野さん」


「なんだい?」


「こんなことしてていいんですかね」


「何が?」


「…ここ…銭湯ですよね…」


途中からどちらの台詞か分からなくなるような長々とした会話、誠に申し訳ない限りである。


そんな訳で現在、ボクたちはとある銭湯に来ている。勿論、廃れもない絶賛営業中。黄色いプラスチック製の風呂桶がピラミッドのように積まれ、壁には富士の山が盛大に描かれている、何処にでもある普通の銭湯だ。ちなみに錦野さんは、ここの常連客らしい。さらに付け足すと、今この風呂場には、ボクと錦野さんの2人だけである。


「何言ってるんだい?東雲くん。ここが銭湯じゃなきゃ、いったい何だって言うんだい?」


「いや…ボクが訊いてるのはそういうことじゃなくて…さっきも言いましたけど、こんなことしてていいんですかってことを訊いてるんです」


錦野さんは、湯船の湯に口をつけ、ブクブクと音を立てる。


「どうしろと言うんだい?そりゃあ、ボクだってなるべく早く解決したいと思っているけど、何度も言うように、キミが抱える『弱み』が判らない限り、動きようがないんだよ」


返す言葉が見つからない。ボク自身の問題なのだ。ボクが『弱み』つまり、『透狼』が好む『怨恨』に関する『弱み』に心当たりがあれば、すぐにでも祓うことができるのに。全て、思い出せないボクが悪いんじゃないか。


「ちょっと言いすぎたね。ゴメン。ここに来れば、少しはリラックスして考えられるんじゃないかと思ったんだけど、どうやらこれも、宛が外れたようだね」


錦野さんは、こんなにもボクのことを気遣ってくれているのに、ボクはそれに答えることができない。


「すみません…」


ただ、謝ることしかできなかった。


錦野さんは、いいんだよと言うと立ち上がって頭に乗せていたタオルを腰に巻いた。


「あまり浸かってると、のぼせちゃう達でね。東雲くんは、どうする?もう少し浸かってる?」


「あ…はい。…もう少し」


「そうかい」


そう言うと、石鹸や洗体用のスポンジ、銭湯には不似合いなゴム製のアヒルのおもちゃなどが入った風呂桶を抱え、錦野さんは浴場を立ち去る。よってボクは、1人になった。


「うらみ…」


どうしても思い当たらない。いったいボクは、誰に『怨恨』の心を持っているのだろうか。



「お、やっと来たかい。東雲くん。のぼせているんじゃないかと心配だったんだよ」


『ゆ』と書いてある暖簾を捲ると、錦野さんは、マッサージチェアを満喫しながらそう言った。


「すいません。考え事してたらつい…」


「考え事って、例のかい」


頷いた。


これどうぞと言って錦野さんは、ボクにフルーツ牛乳を手渡す。


「銭湯に来たら定番だよね」


そう言うと、グビグビ音を発て飲む錦野さん。ボクも飲む。爽やかなフルーツの味わいが五臓六腑に染み渡った。しかし、気分は晴れることはない。


「あの…、錦野さん」


「ん?」


「『透狼』の『弱み』って…本当に『怨恨』なんですかね」


「間違えないよ」


そう言うと、何処から取り出したかスケッチブックを開くと何かを書き出した。


「『狼』という字、『恨』って字に似てると思わないかい。


その昔、畑や田んぼの作物を食い荒らす動物が絶えず、困り果てた農民。そこに現れたのは『名もない獣』。ヤツは、当時まれに少ない肉食獣。よって、田畑を荒らす動物は、その『名もない獣』によって駆逐。農民たちから救いの神と崇められ、その獣は『オオカミ』と命名、『良い獣』と書いて『狼』と表すようになった。


しかし、ヤツは肉食獣。褒美として渡された野菜や果物なんかには目もくれなかった。食料とする動物がいなくなれば、次に狙うは、人間さ。


ヤツの突然の行動に、農民たちは神の祟りと思い込み、ヤツを殺そうにも殺せず、何人もの人が餌食になった。農民たちは家に閉じ籠った。やがて、その『オオカミ』は、餓死。その時初めて、農民たちはヤツを『ウランダ』。


だから『うらむ』という字は『狼』に似せた『恨』というふうに書くんだってさ。まあ、一説だけどね」


すごく納得のいく話だった。しかし。


「それが『透狼』が『怨恨』好むのと、何の関係が…」


睨みを利かせ、錦野さんは言う。


「『透狼』はあくまで『オオカミの姿をした妖怪』。つまり、さっきの話の『オオカミ』に襲われた人間の『怨恨』の塊なのさ。それがヤツの正体。同じ『怨恨』の心を持つ者の前に現れる『妖怪』。…これで良いかな」


訊かなかった方が良かったのかもしれない。より、次の言葉がつまる。


「錦野さん」


「ん?」


「どうしても、思い当たらないんです…。ボクは…人をうらんだことなんてない。だから…間違いであって欲しかった…。『透狼』の…『よわみ』…」


涙が込み上げてきた。ボクは、その少しの可能性に賭けていた。だか、その賭けは敢えなく散った。これほど思い返しても思い出せない。悔しい、悔しい。そんな『うらみ』なら、見逃してくれよ。何でボクを選んだんだ。『透狼』…ボクは、お前をうらむぞ。



廃病院に戻った頃には、既に午後9時を回っていた。後3時間もなくなった。


電気のつかない室内を十数個のキャンドルが灯す。まるで、今から『佰物語』でも始めるかのような雰囲気が漂う。


「さて、東雲くん。これからのことについて、改めて確認をしておこうと思うんだけど…いいかい」


「はい」


錦野さんは、咳払いをして話始める。


「現在時刻、午後9時16分。『透狼』がキミの実体を奪うまで、後2時間44分。


午前0時、キミが寝てるか否か関係なく、キミの実体はヤツのモノになり、動き出す。


ヤツが現れる目的は1つ。キミが抱える『怨恨』を発散させること。その発散方法は、視界に入った人間、または動物を無差別に傷つけるというものだ。しかし、その『怨恨』の度合いによっては、重症を負わせたり、最悪の場合、死に至ることもある。


現在、その度合いは愚か『怨恨』の内容さえ把握できていない。


よって、ボクがしてあげられることは、ここでヤツをできる限り食い止めること。キミ自身に戻る午前5時まで食い止めることは不可能だと考えてくれ。


以上」


やはり、ボクには何もできないらしい。自分のことなのに自分でできない。こんな情けない話があるか。


身に覚えのない「うらみ」を赤の他人に張らすなんて、とんでもない悪態なのに、それを自分で止めることができないなんて。そんなの、おかしいじゃないか。


例えそれが『妖化獣〈あやかし〉』のせいだとしても、許せるはずがない。


本当に、自分が ――情けない。


「東雲くん。今の時間帯って普段どうしてる?」


「…」


「東雲くん」


「…あ、すいません…」


「大丈夫かい?…何度も言うけど…」


「わかってます…」


自分には、何もできないくらい。


「そうかい。じゃあもう一度、今の時間帯って普段どうしてる?」


「風呂に入ってる頃かと」


「その後は?」


「基本は寝るだけですね」


「今時珍しい子だね。東雲くんは…。じゃあ、今日もそうして貰えるかな」


「え…」


「起きたままで変異すると、いきなり興奮状態になり兼ねないからね。寝てれば、脳の機能も緩むから、幾らかは解消される。…まあ、東雲くんにとってそれが難題なのは、十分にお察しするけど…」


「いえ、錦野さんがそう仰るんなら、そうします」


ボクは、何もできない。なら、何かできる人に託すしかない。それ以外に、ボクの選択肢は、ない。


「ごめんね」


「いいえ。……それじゃあ、錦野さん。…よろしく、お願いします…」


「うん。おやすみ。東雲くん」


午前9時27分。


診察室から2部屋離れた一室のベッドにて就寝。


ボクのその日の記憶は、そこまでで終わった。



―――続


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