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妖物語《アヤカシモノガタリ》  作者: 結城昴
あずさウルフ
3/4

あずさウルフ 其ノ參

「東雲くん。キミ…『オオカミ男』になってしまうよ」


やはり、そういうことになるのか。あまりの衝撃に言葉が出てこなかった。あの冷血で凶暴な『オオカミ男』に、ボクはなってしまうというのか。


なってしまった場合、自意識はあるのか?それとも『透狼』に乗っ取られてしまうのか?元に戻れるのか?


聞きたいことが幾らでも思いつくのに、言葉が出ない。


「変化があるとすれば、今夜。日付が替わる、午前0時」


そんな。掛け時計を見る。現在時刻、午後6時45分を過ぎている。


「これはあくまでボクの推測だけれども、おそらく午前0時になるとキミは自我を失い」


やめてくれ…。


「キミの中に潜む『透狼』が体を乗っ取り活動を始める」


やめてくれ…。


「もし、ヤツが外に出て偶然にも人と出くわしてしまったら」


やめてくれ。


「その人は、確実にこr―」


「やめてくれッ!!!!」


聞いていられなかった。自分にその気は全くない。だが、自我を失えば…。何もしていないボクにでさえ、噛みついてきたような野蛮な猛獣だ。どうなってしまうかは明白である。


しばらくの沈黙が続く。


「あの…いいかな?」


「すみません…いきなり怒鳴って…」


「いや…ボクも言い過ぎたようだね…ゴメンよ。悪気はないんだ…。でも、こうなってしまっては、後には引けない」


錦野さんの手がボクの肩に掛かる。


「今夜は、見逃すしかない」


反論できない。したかった。だが、何の知識もないボクには、到底無理な話だ。


「被害が出ないことを祈ろう」


再び長い沈黙。それを破ったのは、ボクだった。


「錦野さん…」


「なんだい?」


「今夜、ここに泊めて貰うことはできませんか?」


「別に構わないけど…何でだい?」


「もし、なってしまった場合、最初の標的は…誰になると思います?」


「…立派だね~…キミは…」


そう。このまま、廃病院を後にしてボクが行き着く場所。それは間違いなく、自分の家だ。そうなれば『透狼』の餌食になるのは、


『家族』――。


それだけはどうしても避けたかった。



「うん…そういう訳だから、今日は友達の家にお世話になるよ。…うん…じゃあ…」


《ピッ…》


ボクの記憶が正しければ、おそらく今、ボクは初めて親に嘘をついた。そもそも、ボクの方から親に自分事の話を切り出したのもこれが初めてのような気がする。…いや、それはさすがにない。しかし、そういった場面が極めて少なかったことは確かだ。


ボクの家は基本、親は家にいない。両親ともに出稼ぎに出ているからだ。つまり、普段家にはボクと妹たちの3人しかいない。だから、自分事の話を切り出す相手は決まって妹たちだった。そのため妹たちとは結構仲が良く、たまにディープな話をしたりする。この場では、その内容には触れないことにしよう。


さて、それでは現在の状況について軽く説明する。とある廃病院にの一室、診察室に1人残されたボク、東雲梓。ここの住人である錦野リリは、ボクの一晩宿泊という急な頼みを承諾すると夕飯を買いに出掛けた。7時をゆうに越えていることに気づいたボクは、今の今まで家に連絡を入れていたというところである。


「そうか…今日は母さんたち、家にいたのか…」


妹たちを家に残し外泊することに少し躊躇していたが、親がいるなら安心できる。それは同時に、ボクの選択が間違いではなかったことをより確信させるものだった。父母とは、2週間程顔を会わせていない。帰って直接話がしたかった。しかし、仕方ない。何故なら今のボクは、紛れもない『化物』なのだから。


『ヤツの活動時間は5時間。つまりは、午前0時から午前5時までの間。その後はキミ自身に戻る。


だからと言って油断はできない。5時間もあるんだ。大抵のことはできるよ。


ボクは、1分1秒でもヤツが外に出ないように食い止めることしかできない。『透狼』は『妖化獣』の中じゃあ大したことないいわば雑魚に等しい『妖化獣』だけれども、人間に憑依してしまっては話は別だ。ボクは『妖祓師』だけれども、『弱み』を知れない『妖化獣』の前じゃあただの人間と同じだからね。


勿論その間、キミには何もできない。ただ、ヤツの『マリオネット』になるだけさ』


錦野さんは、出掛ける前にそう言い残した。


日付が替わるまで残り4時間半。それは、ボクがボクでなくなるまでのカウントダウン。ボクはただ、待つことしかできないのだろうか。


先程まで錦野さんが座っていた机に目を向けた。卓上には、レントゲン図やカルテが不気味に散らばっている。棚には、診察名簿や医療関係の書籍が並んでいる。


その中に一冊、明らかにこの棚に似つかわしくない糸のみで綴じられた黄ばんだ書物があった。表紙には文字が6つ程並んでいるが、あまりに達筆過ぎて何と書いてあるか判らない。それでも1文字だけ何とか読める文字がある。『妖』。


もしかしたらこれは『妖化獣』について書かれた書物なのかもしれない。だとすれば『透狼』についてもっと詳しいことが書かれているはず。そう思い書物を開く。しかし、見開きのページには何も書かれてはいなかった。いわば白紙である。次のページも次のページも白紙。よく見たらこの書物、黄ばんでいるのは表紙と裏紙だけで中の紙はまだ新しかった。どういうことだ。


「自分の留守中、勝手に自分の卒業アルバムとか見られたら、キミはどう思う?東雲くん。ボクは、いい気はしないね」


ボクは慌てて振り返る。そこには、茶色いビニール袋をぶら下げ、ボクを見下げる錦野さんの姿があった。それにしても、えらく遠回しに責める人だ。


「す、すみません!!ボクは決して、そういうんじゃなくて…」


「ふーん…。まあ、別に見られてどうこう言う代物じゃないし、だいいち見るとこないし」


やはり、この書物は錦野さんの物であったらしい。


「すみません…でもこれ…何で中、白紙なんですか?」


「キミみたいな人に見られないようにするため」


とんでもない早さの返答。驚きの言葉を発する前に心臓がキュッと絞まる感じがした。


「え…」


「…ってのは冗談で…」


身体中の力が抜けていくのを感じる。


「何て説明すれば良いかな…。それ、元はちゃんとした本だったんだ。お察しの通り『妖化獣』についての。けど、とある理由で中身だけ紛失してしまってね。現在修復活動中って訳だよ」


後から聞いた話だが、僕たちが住むこの地方にどういう訳かある時から突如、古今東西の『妖化獣』が集まるようになったのだという。それを知った錦野さんは、紛失した『怪妖化獣伝録』の修復、そしてボクのような『妖化獣』に会った人の手助けをするためこの地を訪れたのだそうだ。


「そんなことより、東雲くん。お弁当、冷めないうちに食べよう」


「あ…はい…」



―――続


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