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もうひとりの、彼女の場合

ちょっとR15気味です。制限付ける程ではないですがご注意ください。

「ね、一人暮らししてるんだよね? 部屋に行きたい」


ダメ元のお願いをしてみたらあっさり了解。初めて入ってみて炊飯器が一升炊きだからびっくりした。大学の友だちが押し掛けて来てしょっちゅう泊まるんだって。ご飯ぐらいは用意出来るように最近買ったらしい。相変わらず面倒見が良いの。

炊飯器わざわざ買うほど友だち来るんだったら、当然急にお邪魔しても抵抗ないよね。なんだ、すごい緊張して損した。正座の足を軽く崩す。


「部屋綺麗だねーとか、広いねーとか、普通他に言うことあるんじゃないの? 一発目に炊飯器って」

「でかいんだもん。うちの5合炊きだよ。どんだけ食べるんだろうって気になったの」

「あっそ」

こっちが喋ってるのに全然聞いてないみたいにテレビをつけてチャンネルをポチポチ変えてる。失礼なやつ。

でも、今がチャンスなんじゃない? 目なんか合わせて聞けないし、顔見られながら自然を装って話しかけれない。どうせすぐバレる。

「昨日はデート?」

テレビを見たまま「違う」って素っ気無い返事。この話題は嫌みたい。でももっと突っ込むんだからね。

「愛美さんでしょ一緒にいたの。相変わらず美人さんだね」

「愛美のこと知ってんの?」

「うん、前にスーパーでおばさんと一緒にいるとこに会って紹介してもらった」


近所のスーパーで初めて見た愛美さんは、ファッション誌からそのまま抜け出したような人だった。まさしく“綺麗なお姉さん”で、同い年なんて信じられなかった。何より、こんなちょっと生臭い魚売り場前でオシャレな服着てもったいない。これ勝負服なんじゃないかなって心配してた。

でも、勘違いだったってことに気付いたのは昨日。スーパーで見た服はきっと彼女にとっての普段着で、これが本当の勝負服なんだって圧倒されちゃった。ものすごく可愛くて綺麗で、一緒にいた女友だちも振り返ってまじまじ見てた。

昨日は、一緒に出掛けようって誘って断られた日だった。先約があるからごめんって。愛美さんだったんだ。そっか。そっか……。

先約を優先するのは別にいい。約束の相手が愛美さんだったのも別にいい。

でも、会いたくなかった。あんなに気合いの入った愛美さんの格好見たら分かっちゃうもん。きっと好きなんだね。ううん、きっとじゃない絶対。

あんなに女子力高い人と張り合おうとしてる自分が情けない。私は愛美さんみたいなオシャレは出来ない。スポーツブランドなら分かる。お金のかけ方も。値段に応じて性能が良くなるから単純明快。でもファッションブランドは違う。高いの買ったからって必ず可愛くなるわけじゃないし、お店はたくさんあり過ぎて、流行の変わりも早い。だから私は、良く言えばスポーティーな服ばかり着てる。部活やってるから着替えるのも楽だし……って言い訳。愛美さんと同じ土俵にさえ立ててない。


今日は朝から電話して、何も予定ないって言うから押し掛けてみた。もしかしたら愛美さんが一緒かも知れない。昨日からずっと一緒でここで寝てたのかもしれない。怖いけど確かめたくて電話をかけた。そしたらずいぶんアッサリ返事するから、愛美さんは昨日泊まってないらしい。


本当は炊飯器じゃなくて、玄関入ってすぐに見えるベッドを観察してた。私はこんなにウザい女だったんだって、初めて知った。幼なじみの関係に甘えてたの。いつでも大丈夫だって。自分が一番近いし、そうそうライバルなんて出てこないって慢心。

昨日の愛美さんを見て思い出した。彼女も幼なじみだったこと。しかも私は家も遠いし、学校も違う。今一番近いのは愛美さん。


いきなり押し掛けて、突然告白なんかして、振られるに決まってる。

でも言わなきゃダメだ。愛美さんと付き合った後じゃ遅い。きっと告白も出来ないで終わっちゃう。

自分が不完全燃焼したくないってだけのエゴな告白を言おうとしてる。

本当にごめん。今日で最後だから。

……でもその前に、

「あのー、ちょっとベッドに座らせて」

「は?」

「足痺れちゃって」

「何? 正座してたの? バカじゃね」

「緊張してたの! 部屋入るの初めてだし」

「ハイハイ、そーね」

素っ気無い言い方しながらも、立ち上がれるように手を差し伸べてくれる。こういうところが好き。

差し出された手をギュっと掴んで、立ち上がる勢いに任せて腕の中に飛び込む。両腕を背中に回してしがみ付いた。身長差がけっこうあるから爪先立ち。向こうはちょっと屈んだ体勢だから、傍から見たらかなり情けないと思う。

でもそれでもいい。最後くらい抱き付いてもいいよね。

「好き」

「……足痺れてるんじゃないの?」

「……痺れてるけど、今大事なこと言った!」

「そうだっけ?」

「だからー、好きだって言ってるの!」


微かな笑い声のあと、向こうの腕が私の背中と腰に回されて、ベッドに座らず寝かされていた。そして気付けばそのまま朝になってた。

普段しない体勢をしていたからかあちこち筋肉痛。もう今日は目一杯寝てやる!

カーテンの外は大分明るいのにくっ付いたまま2人で惰眠を貪っていた。

「……ケータイ鳴ってない?」

「お前のじゃない?」

「違うよ、私マナーモードじゃないもん」

続くバイブ音。メールじゃなくて電話だね。溜め息の後、面倒そうにノロノロと裸の男がベッドから出て、パンツを身に付けようやく電話に出た。

「もしもし……はい。うん寝てた。は? 今から? 無理。………そう。……違う、彼女。……いるよ。うるさいよ。……あーハイハイ分かった、1時間後ね」

通話の終わった携帯をテーブルの上に置いて、再び布団の中に入って来た。

「彼女って私のこと?」

「それ以外にいないでしょ」

ぐへへ。

「相変わらず気持ち悪いな、笑い方」

「そんなのと付き合うあんたもモノ好きね」

「そうだよ」

はっきり返されると、なにも言えなくなっっちゃうじゃん。嬉しいけど。

「あと1時間ぐらいで友だち来るからよろしく」

「は? 今から? じゃあ帰るよ」

「なんで? 今日は2人でサボるんでしょ。いてよ」



彼とのキスはなぜか甘い味がする。

でもそれは舌で味わうんじゃなくて、脳が甘いものに変換しているような感じ。砂糖とも違う甘味。

私だけの味。

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