きく
「では、幾つか質問をさせて貰います。よろしいですね?」
「構わないけど、本当にあなたみたいな学生で大丈夫なの?」
メイドさんに呼ばれてやって来たエルドーナ夫人エリーザはセイレンに懐疑的な視線を向けた。
まあ当然と言えば当然の反応だ。
「旦那さんの目利きを信用なさいませんか?」
「む。それを言われたら信じるしかありませんね。」
「結構。では私の質問に正直に答えて下さい。」
セイレンの言葉に頷くとエリーザは軽く紅茶を啜った。
「では。お嬢様の姿が見当たらないのはいつからですか?」
その質問に夫人は少し考えてから答えた。
「5日前からですわ」
「間違いありませんか?」
カルメード氏に確認をとるが、彼は少し驚いた表情になっている。
「5日前?馬鹿な。6日前からだろう?」
「いいえ、5日前よ!」
気が動転しているのか2人の意見が食い違う。
「…バザラさん。いつからですか?」
耐えかねたセイレンはメイド長のバザラに尋ねた。
「4日前でございます。」
言いにくそうに答えるバザラ。
セイレンは満足気に頷き、エリーザ夫人に向き直る。
「お嬢様は家出ですか?誘拐ですか?」
「誘拐です」「誘拐だ」
この質問には2人とも同じ答えを返した。
「その根拠は?」
「これです。」
カルメード氏が引き出しの中から封筒を取り出した。
何の変哲もない封筒。
受け取ったセイレンが封筒の中の書状を取り出す。
「読むかい?」
ザッと目を通したセイレンが私に差し出して来たので、読ませてもらうことにした。
【お嬢様は隠させて貰いました。
返して欲しければ自力で見つけ出す事です。
これは約束です。
私は何も要求しません。
しかし、約束を破った時はどうなっても知りません。
それでは。】
「随分と丁寧な脅迫状だ。」
「君もそう思うかい?」
苦笑する私にセイレンも同意してくれた。
「字も綺麗だ。折り目も几帳面だし、とても誘拐犯の寄越した脅迫状とは思えない。」
「やっぱりそう思うかい。」
私の返答に満足そうなセイレンの様子を見る限り、彼も本当に同じ事を思ったのだろう。
「字が丁寧だろうと何だろうと、誘拐犯は誘拐犯です!」
ヒステリー気味に叫びだしたエリーザ夫人を私は慌てて宥めた。
「お、落ち着いて下さい!」
「落ち着けるものですか‼」
「非礼はお詫びしましょう。さて、最後の質問ですが…誘拐犯に心当たりは?」
「ある。」
カルメード氏は苦々しい表情で即答した。
「私は成り上がり商人だ。恨んでいたり、妬んでいる輩は大勢いる。」
「なるほど。ある程度ご自分を客観的に見れるようだ。賢明なお方であることの証拠だ。では、心当たりを一人残らずリストアップしてください。」
「一人残らずか?一番怪しい奴だけではダメなのか?」
「えぇ。出来るだけ多く。」
突然の指示に驚きながらも、カルメード氏はいかにも商人らしい手際で作業に取り掛かった。
時間は流れ、夕方。
私は一人で屋敷の中庭を散策していた。
セイレンは調べ物があると1人で何処かへ行ってしまった。
特にやることを思いつかない私はこの広い屋敷を散策することにしたのだ。
「ん?」
歩いている私の目の前に大型犬が寝そべっている。
体は大きいがこちらを見つめる瞳からは深い知性を感じる。
《ク〜ン》
喉を鳴らして伏せる犬に私は手を伸ばしていた。
「そういえば古代魔法には動物と話す術もあったな。」
実用性を感じないので復元など考えた事も無かったが、こうして生き物と触れ合っているといずれ魔導式を構築してみよう、などと思ってしまう。
「魔法を使えばジェフとお話しできるの?」
「ジェフ?」
「その子の名前。」
大型犬の頭を撫でながら、私は微笑む。
「今は使われなくなって、どうするか検討もつかないけど、頑張ればジェフともお話しできるさ」
心地よい毛皮の感触を楽しみながら少し幼い声に…!
驚いて振り向くがそこには誰もいない。
馬鹿な!
確かに今ここに女の子がいたはずだ!
「誰もいないなんて…」
愕然とする私の足元で、ジェフが不思議そうに小首を傾げていた。