かえる
夕刻。
私はカルメード氏に屋敷の中庭に来るよう伝えた。
エリーザ夫人やメイド達にも集まるように告げる。
「お嬢様を見つけました。」
その一言で十分だとセイレンが言い、実際それで充分だった。
血相変えて集まったエルドーナ家の人間の前に私は堂々として立っていた。
「娘は!?娘はどこにいる!?」
「落ち着いて下さい。
「落ち着けるわけないでしょう!」
ヒステリーを起こしかける2人を宥めながら私はセイレンが来るのを待った。
「いやはや、説得に時間がかかってしまいました。」
セイレンが来たのは全員が集合してから30分も経過してからだ。
右手にはジェフのリードを握っている。
「説得?犯人を説得していたのか?」
「いえ。こいつの説得です。お嬢様の発見にはこいつの協力が不可欠なのですよ。」
そう言ってジェフの頭撫でるセイレンをカルメード氏は怒鳴りつけた。
「犬が?たかだぁ犬如きか娘を見つけるのに不可欠だと?!巫山戯るな!!」
「そちらこそ。あなたは私に一任したはず。ならば最後まで私のやり方でやらせてもらいます。」
一歩も引かずに答え、セイレンは屈んだ。
ジェフと目線を合わせる。
「さっき言った通りだ。さ、お前のご主人はどこにいる?」
語りかけるようにすると、セイレンはジェフのリードを首輪から外した。
しばらくあ辺りを見渡していたジェフだが、一声鳴くと尻尾を振って駆け出した。
駆け寄ったのはメイドのマディエラだ。
そして、その脚に擦り寄った。
「どうしたのだ。私の目がおかしいのか?」
何度も目を擦るカルメード氏。
それもそうだろう。
ジェフが頭を擦り寄せているのは何もない虚空なのだ。
「やっと見つけました。」
セイレンが足早に駆け寄り何かを剥ぎ取った。
「あ…」
マディエラの傍に突然少女が表れた。
「見つかっちゃった。」
「かくれんぼは楽しかったですか?」
「うん!でも本当はパパとママに見つけてもらいたかったな。」
いたずらが成功したレネトリウスは満面の笑顔だった。
カルメード氏とエリーザ夫人は訳が分からないと言った表情で顔を見合わせている。
「ど、どういう事だ?」
「どうもこうも、最初から誘拐などされていません。」
「なに?!」
エルドーナ夫婦の表情が凍りつく。
「言いにくいでしょうから、私が変わりに説明しましょうか?」
「うん。セイレンさんとあのお兄ちゃんがどうして気づいたかあたしも知りたいし。」
レネトリウスに許可を取るとセイレンは声を張り上げた。
「ではまずご夫妻。あなた方が必死で捜していた犯人の紹介をしましょう。レネトリウスさんです。」
「な!」
「レネちゃんが…?え、なにどういうこと。」
動揺する夫妻を無視してセイレンは言葉を続けた。
「今回の一件がお嬢さんが仕掛けたイタズラだという事です。この迷彩魔法の魔導符を貼った布に隠れ、貴方達かた隠れていたんです。」
「ちょっとまって」
少しだけ冷静になったエリーザ夫人が待ったをかけた。
「隠れていたって…じゃあこの何日かずっと私たちのそばに居たの?」
「そうだよ。」
「そうって、ならその間のご飯は?お風呂は?着替えや睡眠は?」
問い詰める夫人に遂に耐えきれなくなったのだろう。
「申し訳ございませんでした!」
メイド長のバザラを筆頭に使用人全員が頭を下げた。
「なに!?」
カルメード氏が驚くのも無理は無い。
私も最初に聴かされた時は相当驚いた。
当事者なら衝撃は私の比ではない筈だ。
「続いて共犯の使用人の皆さんです。流石に使えるべき主人に言われたら協力しなわけにはいきませんからね。」
「みんな、ごめんね。こんな事に付き合わせて。」
「滅相もないございません!」
「じゃあなに。あなた達がこの子をずっと匿ってたの?」
「はい。」
バザラはそう言って一層深く頭を下げた。
「貴様達!何故こんな事を!」
激昂するカルメード氏にセイレンが冷たい視線を投げた。
「他人に理由を求めるか!!元凶はあなた達だ!!」
予期せぬ一声に夫妻は再び凍りついた。
「どういうことだ?」
「どうもこうも無い。自分の子供と、いつ顔を合わせたかもろくに憶えていない人間が偉そうにするんじゃない!」
「ぐ…!」
「書状にも書いてあったはずだ。『あなた達の力で見つけろ』と!彼女はただ自分の親と遊びたかっただけだ!」
セイレンの後ろでレネトリウスが大きく頷いた。
その様子を見た夫人が泣き崩れる。
「泣くぐらいなら、最初からきちんと自分で面倒を見ておけばいいだろう!!」
強く吐き捨てると、セイレンはレネトリウスに向き直った。
「あなたもあなただ。もっとマシな方法があった筈だ。」
「えへへ〜」
苦笑しながら頬を掻くと、レネトリウスは頭を下げた。
「ごめんなさい」
「結構です。そういうのは後でご両親にして下さい。」
「あの…」
不機嫌そうなセイレンにマディエラが声をかけた。
「結局、いつからこれが狂言だとお気づきに?」
「最初からだ。」
「お、おい。もう一度言ってくれ。いつからだって?」
思わず私が聞き返してしまった。
「気づいてなかったのか?マレウス、君が相談を持ちかけたあの日、君のズボンの膝の裏にはフゥクのクリームが付いていたんだ。」
そう言ってマディエラを指差す。
「流石にこの人と正面からぶつかって、膝の裏にお菓子の染みが出来るなんてあり得ない。だったらもっと背の低い子供が後ろからぶつかったと仮定したほうがよっぽど現実的だ。そして、この人がぶつかっていないのぶつかったと嘘を吐いた理由。それを考えたら怪しいとは思っていた。」
一気にまくし立てると、セイレンは踵を返した。
「あ、待ってセイレンさん!」
立ち去ろうとするセイレンを呼び止め、レネトリウスは何かを囁いた。
「なっ!?」
顔を真っ赤にして慌てるセイレンなど始めて見た。
おそらく今後も見る機会は無いだろう。
貴重な瞬間だ。
「そうか。君が犯人だっんだね?」
「えへへ」
ハニカミながらレネトリウスはまた何かを囁いた。
「うわ!ゔあじゃ!それだけは辞めてくれ!頼む!」
何だか妙に慌てるセイレンをレネトリウスは笑いながら見ていた。
「黙っててあげるけど〜どうなったか教えてね〜?」
「な、なんて子供だ!」
「ん〜?」
「わかった!わかったから!」
何かを約束させられたセイレンは逃げるように走って行く。
「お兄ちゃんもバイバ〜イ。」
「あぁ。その前に一つ聞いてイイかな?」
「なぁに?」
「さっきセイレンになんて言ったんだ?」
「女は秘密がある方がステキなのです」
「は?」
「ほら、セイレンさんが呼んでるよ?」
振り返れば門の所でセイレンが喚いている。
「仕方ないな。じゃあね。」
「うん。セイレンさんと仲良くね〜」
こうして、この事件は幕を閉じた。
この後エルドーナ家がどうなるか。
それはもう、私たちの関わるべき事では無い。




