みる
「待ってた?約束でもしてたのかい?」
「いいや。でもまあ流石は【星の目】を自称する占い師だ。」
「光栄だわ。こちらにどうぞ。」
椅子を進めながら、【星の目】と呼ばれた女性は微笑んだ。
「それで、何が聞きたいのかしら?」
「私が何を質問するか、知っているのでは?」
「あらあら。」
皮肉気なセイレンの質問に、口元に手を当てて笑う【星の目】は優しく聞き返してきた。
「魔法がそこまで万能じゃない事は良くご存知でしょうに。」
「魔法?貴方は占い師ではないんですか?」
思わず訊き返した私に【星の目】はまたしても笑いながら答える。
「同じことよ。魔導師は具体的な物理現象で結果を出し、私たち占い師は曖昧な未来予想でヒントを与える。問題の解き方の違いよ。」
「そうなんですか?」
「どうでしょうね?占い師の言葉はあくまでもヒント。絶対な正解ではないわ。」
思わず納得してしまいそうな私はその一言で冷めてしまう。
「さて、そちらに貴方はそろそろイライラしているのでしょう?どうぞ本題に入ってください」
「気遣い感謝します。流石に本職ともなれば観察力が違いますね。」
「重ね重ね光栄だわ。」
「では早速。あなたはレネトリウス嬢と個人的な知り合いですね?」
「えぇ」
「失踪する直前にも会っていますね?」
「えぇ」
答えを聞いたセイレンは複雑な表情になって黙り込んでしまった。
こういう表情をしている時は、頭の中で情報を整理し、推論を組み立てている時だ。
だがいつもなら一瞬で終わる思考が今回は長い。
「お茶でもお出ししましょうか。」
【星の目】は立ち上がり何も無い空間へと消えていった。
呆気に取られた私だがすぐに聞き慣れた食器の音を聞いて理解した。
(迷彩魔法か。)
人間の視界に作用し、呪文を掛けた対象を不可視にする魔法。
(確かに占ってもらっている最中に台所が視界に写ったら興醒めだからな)
一人で納得して頷いているとセイレンが急に立ち上がった。
「はっははははは!そうか!そういうことか!」
高笑いしているセイレンを戻ってきた【星の目】が不思議そうに眺めている。
「ここの内装は誰に頼みましたか?それともご自分で?」
「え?あぁ…職人さんに頼みましたが。」
「それはベンロードさんですね?」
「はい」
「結構。まことに結構。重畳だ。」
愉快そうに笑うセイレンを見て【星の目】は本当に困った顔をしている。
「あんまり気にしないで下さい。いつもこの調子なんです。」
「そう…ですか」
困った顔のままカップを置くと【星の目】は少し深呼吸する。
私もカップのお茶を啜り、セイレンの発作が治まるのを待つ。
しばらくして平常に戻ったセイレンはカップ一気に呷ると私の腕を引っ張った。
「さぁ行くぞ!この人は容疑者でも何でもない。ただの占い師だ!いやしかし!本当に、実に良いヒントだ!」
「うわ!引っ張るな!ったく…ありがとうございました。」
ろくに礼も言わないセイレンに変わって頭を下げると、彼の為すがままに私は外に出た。
屋敷へ戻るのかと思ったが最後に一箇所だけ寄り道すると言う。
その道中。
「マレウス、君は境界観察学という学問を知っているかい?」
「昔なんとかって学者が提唱した、多重並行世界を調べる学問だっかな?確か《未知の遺跡》の出土物を調査したりするんだろ?」
世界の至る所に、《未知の遺跡》は存在する。
通常、遺跡は掘れば古い物が出てくる。
常識で考えても当然の事だが《未知の遺跡》には常識が通じない。
深い地層ほど新しい物が出土する。
そのうえ、見つかる物のほとんどが私達の文明とはかけ離れた物だ。
「君が柔軟な思考の持ち主で良かったよ。境界観察学の基礎の考え方に『科学』という言葉がある。魔法を使わない生活様式を指す言葉だ。」
「ヘェ〜」
正直、そんな事を言われてもいまいちピンとこないのだが。
「分からないって顔だね。まぁそれが普通だ。下手に知ったかぶりして話を合わせるより随分好感が持てる。」
バレた。一瞬で。
「境界観察学の研究対象の書物に『孫子』という本がある。この本は兵法書なんだが、僕達の習った物と違って具体的な作戦などはほとんど無い。あるのは心構えぐらいさ。」
「そんなのが役にたつのかい?」
「孫子の一説に『敵を知り、己を知れば百戦危うしからず』とある。意味、わかるかい?」
「なんとなくなら。」
本当に、唐突に。
セイレンは何を言おうとしているのだろう?
「僕達は自分の出来る事を知っている。じゃあ、僕たちの『敵』は何者だろうね?」
『敵』、それは誘拐犯の事だろうか?
言われてみれば、私はあまりに相手の事を知らない気がする。
朧げにすら犯人は浮かばない。
「情報が無い。だからこそ観察と推理が必要だ。」
楽しげに笑うセイレンは足早に目的地を目指した。




