月夜の悪戯
月夜を眺めるとウサギがいると思っていた子供の頃
この世界がファンタジーそのものでした
でもいつかそんな想いが無くなってしまう
それは少し寂しいと思いこの作品を書いてみました
その夜、僕は自殺した。
上司にいじめられ、売り上げも伸びず、部下にも頭が上がらない。親友と呼べる友達もいない僕が、唯一心を開いた彼女にもその日の晩振られてしまったからだ。
何とも自殺するには良い理由が沢山あるんだろう。
その街の一番高いビルを見つけて、屋上へ行き、靴を揃えて、ほとんど躊躇なく僕は飛び降りた。良く聞く周りがスローに見えるとか、今までの人生のフラッシュバックが起きるとか言うけど、何のことはない。あっと言う間に、ドスンという音と共に世界が真っ暗になった。
あ~死んだ。
そう思った。
あれ、でも意識がある。死んでも意識ってあるのか?体が揺れている。感覚で分かる。
首裏の襟のところに、何かが引っ掛かっている違和感がある。
吊るされている様なそんな違和感。
僕はゆっくりと目を開けてみた。確かに真っ暗だ。でも何かおかしい。後ろを振り返る。
なんだこれは?そこに見たのはとてつもなく大きな光る岩石?
なんと表現すれば良いのか高卒の僕には、それだけの言葉を知らなかった。
そう大きな月。それも三日月の様な形をしている。それに僕は引っ掛かったということなのだろうか。それはあり得ないか。そもそも東京でこんなでかい岩石なんて見たこともないし、ここがあの世という所なのかな。
するとその岩石の影から、小さなウサギが3匹キョロっと顔を出した。茶色いウサギと白いウサギ、目元に大きな斑点のあるウサギだ。
近寄ってきて、言葉を話しだした。
「なんでこんな所に引っ掛かっているんだい?」
僕はあの世だからウサギが言葉を話してもそれもアリなのかな。と思い。
「実は飛び降り自殺をしてね。気が付いたらここに引っ掛かっているんだよ。良かったら引っ張り上げてくれると助かるんだけど。」
ウサギ達は互いに目を合わせ、小さな相槌をした後、僕を引っ張り上げてくれた。
「あ~助かった。ありがとう。ところでここはどこだい?」
質問を投げかけると、茶色のウサギが質問をし返してきた。
「君はどこから来たの?」
僕はウサギの質問に先に答えた。
「東京というところ。日本では一番栄えてる街だよ。」
茶色のウサギが続ける「あの高いビルがたくさんある所だよね。」
「そう、僕はその街の一番高いビルから飛び降りたんだ。そしてここに辿り着いたと言うわけ。」
そう言うとウサギ達はまたお互いに顔を見合わせ妙に納得したかのように、うなずきあった。
白いウサギが言った「だからだよお兄さん。そんな高いビルから飛び降りたら、月にだって引っ掛かるよ。それに今夜は綺麗な三日月だから余計に引っ掛かりやすかったんだね。」
僕は、そう、その白ウサギの言ってる意味が良く分からなかった。
「月?ここはあの世じゃないの?」
ウサギ達は不思議そうな顔をして「あの世?あの世ってなんだい?ここはお兄さん達が良く眺めている月だよ。」
「そんな訳ないだろう。月はメチャクチャ遠い所にあるものだろう。」
「それは迷信だよ。誰に教わったか知らないけど、そんな訳ないでしょうよ。実際お兄さん達だって子供の頃は良く言っていただろう。高いビルに登れば月に届きそうだって。あれは正しい考えなんだよ。」
「それは僕が無知だったからだよ。知識や歴史を知って、月は遠いものだって知ったんだからね。」
「そんな知識を信じているのかい。なんで子供の頃のことの方を信じられないのかな。だってお兄さん実際に月に引っ掛かっていたじゃないか。」
「それはそうなんだけど。だからあの世かと・・・」
頭がパニックだ。もう何がなんだか。斑点のあるウサギが少し笑いながら言った。
「じゃ~後ろを見てごらんよ。」
月の反対側を振り返るとそこにはなんとも言いがたい光景が・・・・
「これって地球なのかい?」
そこには青々として輝かしく大きな、なんとも大きな惑星が広がっていた。
「これが地球・・・こんな綺麗な所に僕は住んでいたんだ。」
「僕には分からないよ。」斑点のウサギが言った。
「地球はあんなに綺麗なのに、なんでお兄さんが死のうとしたか。地球は他の惑星と比べても、あんなにカラフルで生命力溢れる素晴らしい星なのに」
僕は地球を前に感動と言うか唖然というか、心が真っ白になり「僕は知らなかったんだ。というより実感がなかったのかな。僕は何も知らないで、地球に住んでいた。」
後悔という感情が適切なのか、良く分からないが、涙が溢れて溢れて留まらなかった。
「でも、もう戻れないよ。上司には苛められ部下には頭が上がらないし彼女にも振られてしまったのだから。」僕は思い出し、悲しみの涙が流れてきた。
「上司?部下?彼女?なんだいそれは?人の名前?」
「ん~じゃなくて、肩書きみたいなものだよ。」
「僕達は名前で呼び合っているよ。地球とは違うのかな?」
「地球でも名前はあるよ。でも会社や恋愛とかだとそういうことで呼び合ったりするんだよ。」
「僕知っているよ。」一匹のウサギが言った「地球の人達が小さい頃にやっていたオママゴトのようなもんじゃないかな?ほら、お父さん役とか子供役とかお母さん役とかあっただろ。」
「ん~でもまあそんなものかな。」
「じゃ~君は、その上司役の人に苛められた役を演じて、部下役の人ににうだつの上がらない役を演て、彼女役の人に振られた役を演じて、まるっきりダメな人を演じていたんだ。」
僕は戸惑ってしまった。そういう考えなんてもっていなかった。そう考えるとそうなんだが、僕が本当だと思っていた世界がそんなオママゴトと一緒にされると気が滅入ってしまう。でもそう考えると僕は一体だれなんだ。
ウサギが言った「君の名前は?」
僕は自分の名前を言った。
「じゃー一緒に遊ぼうよ。さっきまで僕ら餅つきしてたんだ。一緒にやろう。」
僕はウサギ達と月の上で餅つきを楽しんだ。
その後、輪になって踊り歌った。
皆無邪気で本当に楽しかった。
皆踊り疲れたら寄り添ってお餅を食べながら地球を見た。もう何時間地球を眺めただろう
地球は美しすぎて、何時間見ても飽きなかった。もうここが月でもあの世でも気にならなかった。
ウサギが言った「もうそろそろ太陽が顔を出すんだ。地球から出る太陽が一番最高なんだ。」
僕もゆっくり頷いて、太陽が出るのを待った。
数十分が過ぎ、いよいよ太陽が地球の裏から輝き出した。それはとても神々しくこの世のものとは思えない程の光を放った。全てが光に包まれ隣のウサギさえ見えない位になり、真っ白で無音の世界が広がった。
「おはよう・・・・」僕はその声を聞いた。
僕にはその声は太陽の声だと思う。実際には分からない。でも僕はその声を聞いたんだ。
その白い世界が少しずつ色あせて、真っ暗になり僕は目を開いた。
そしてそこは月の上じゃなく病室だった。ウサギの姿も見えなかった。居たのは泣きじゃくってる彼女。僕はベットの上で寝ていた。彼女はずっと僕の手をにぎりしめ、泣いてくれていた。
僕が気がついたと分かると抱きしめずっと「ごめんね。ごめんね。一人で悩ませて、ずっと苦しんできたんだね。」そう言っていた。
彼女の話では僕が飛び降りた時、幸運なことに大きな木に引っ掛かって無傷で助かったらしいが、気を失っていて、丸1日眠っていたという。
彼女は泣きながら「もう一人なんかにしないから、仕事も辛かったら辞めても良いんだよ。」
そう言ってくれた。
僕はムクッとベットを起き上がり彼女に言った。「病院の屋上に行こう。」
多分夜空は・・・僕には確信があった。
僕は彼女の手を引っ張り、屋上へ駆けていった。ドアを勢い良く開けるとそこには大きく綺麗な三日月が鋭く、まるで人が引っ掛かりそうなくらい尖っていた。
僕はくすくす笑い、空をゆっくりと眺めていた。そして彼女の手を優しく握り、もう片方の手で、三日月に手を伸ばした。
「ほら、月に手が届きそうだ。」
彼女は少し戸惑っていたが、優しく微笑み、手を握り返して、隣に寄り添ってくれた。ずっと何時間でも見れる綺麗なお月様だった。
そしてきっと向こうでもあの子達は同じことを思っているんだろうと思うと、笑顔が溢れてきた。
そっちから見る地球も綺麗だけど、こっちから見える月も綺麗だよ。
僕はそれから、空を眺めるようになった。
そう、いつだって月は綺麗でロマンに溢れ、太陽はいつだって神々しい。僕はそう思えるだけで、本当に幸せなんだ。
そして、こんな綺麗な星に住めることに誇りを感じている。
読んで頂きありがとうございます。
これは僕が夢の中で見たものを元に書きました。
また違う作品も読んでいただけたら幸いです。