人民元は基軸通貨になれるのか――ドル一極体制の亀裂と世界の行方【ドルと石油の話③】
本日4話投稿の3話目です。
BRICSが拡大し、サウジアラビアが人民元建ての原油取引を容認し、「ドルの時代は終わる」という声がじわじわと広がっている。
では、人民元がドルに取って代わるのか。
結論から言おう。現状では、それはかなり難しい。
●基軸通貨とは何か
そもそも基軸通貨とは何か。
一言で言えば「有事のときに世界中の人が逃げ込む通貨」だ。
戦争が起きても、金融危機が来ても、「とりあえずドルを持っていれば安心」という信頼。それがドルの本質的な強さだ。
この信頼を築くには三つの条件が必要だ。圧倒的な取引量、資本移動の自由、そして政治的な安定と法の支配。
ドルはこの三つを満たしている。
では人民元はどうか。
●人民元が抱える根本矛盾
人民元には致命的な問題がある。資本規制だ。
中国は今も、人民元が自由に国外へ出ることを制限している。基軸通貨になるには世界中で自由に使える必要があるが、資本を自由化すれば中国国内の資産が大量に流出するリスクがある。共産党はそれを恐れて規制を外せない。
つまり「基軸通貨になりたいが、そのための条件を満たすと体制が揺らぐ」という矛盾を抱えている。この矛盾が解決しない限り、人民元の基軸通貨への道は原理的に閉ざされている。
さらに追い打ちをかけるのが、世界的なサプライチェーンの脱中国の流れだ。中国経済への依存度が下がれば、人民元を持つ理由も薄れる。国際通貨としての地位はある程度築けても、「基軸」の座は遠い。
●レアメタルで人民元を保証できないか
ここで一つの発想が浮かぶ。中国はレアメタルの埋蔵量で世界をリードしている。これを人民元の担保にできないか、と。
面白い着眼点だが、難しい。
レアメタルは価格変動が激しく、埋蔵量も有限だ。基軸通貨を支えるには「安定した価値の担保」が必要で、レアメタルはその役を果たせない。かつて金本位制が崩壊したのと同じ問題を抱える。
希少性は武器になるが、通貨の信用を支える「安定の錨」にはなりにくい。
●ではドルは盤石か
人民元が基軸になれないとして、ではドルは安泰なのか。
そうとも言い切れない。
前回までに見てきたように、ペトロダラー体制の前提が揺らいでいる。中東の不安定化、サウジの人民元取引容認、BRICSによる脱ドルの試み。世界は静かに「ドル一極体制」に疑問符を突きつけ始めている。
アメリカ自身の財政赤字も膨らみ続けている。世界最大の債務国がドルを刷り続けることへの不信感は、じわじわと積み上がっている。
ドルの信用は「強いアメリカ」という物語に支えられてきた。その物語が揺らぐとき、ドルもまた揺らぐ。
●では世界はどこへ向かうのか
人民元は基軸になれない。でもドルも盤石ではない。
この空白を埋めるシナリオはいくつか考えられる。
一つは「ドルの緩やかな相対化」だ。ドルが基軸であり続けながらも、ユーロ、人民元、円などが地域ごとの決済通貨として並立する多極化の世界。基軸通貨が消えるのではなく、「一強多弱」から「複数の柱」へと移行する。
もう一つはデジタル通貨による地殻変動だ。各国中央銀行が発行するデジタル通貨(CBDC)が普及すれば、国際決済の仕組みそのものが変わる可能性がある。ドルを介さずに直接決済できる回路が生まれれば、ペトロダラー体制の前提も変わってくる。
そして三つ目が、IMFのSDR(特別引出権)の役割拡大だ。ドル・ユーロ・円・人民元・ポンドのバスケットで構成されるSDRが国際決済の基軸になれば、一国の通貨に依存しない体制が生まれる。ただしこれは各国の政治的合意が必要で、現実化への道は長い。
●日本はこの地図のどこにいるか
①②で見てきたように、日本はアメリカ産原油のアジアハブとして、ペトロダラー体制を東側から支える役割を自ら取りに行った。
それは「ドルの時代がまだ続く」という賭けでもある。
多極化が進む世界で、日本がドル体制の補強装置として深く組み込まれていくことが吉と出るか凶と出るか。それは今後の世界の地殻変動次第だ。
一つだけ確かなことがある。
「ドルが永遠に基軸通貨であり続ける」という前提で動くのも、「人民元がドルを倒す」という物語に乗るのも、どちらも危うい。
通貨の世界地図は、静かに、しかし確実に塗り替えられつつある。
その地図を自分の目で読める人間が、これからの時代を生き延びる。
あなたはいま、どの通貨を信じていますか?




