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HALTO  作者: daisuke2025.6
8/11

第怜喧縺代ヱ繧ソ話 ZEORIOUSYPHONESS

風鈴小路ふうりんこうじの最奥、音律塔おんりつとうの尖端――

深緑しんりょくむらさき二重螺旋にじゅうらせんを描く龍禍脈りゅうかみゃくが空を覆い、ともしびを失った双月そうげつがかすかな残光ざんこう塔頂とうちょう縁取ふちどっていた。そこに立つ男――スレイド・ラザグラン。魔導学派まどうがくはが「災厄さいやく」と呼ぶSランクの異端者いたんしゃは、六十八枚ろくじゅうはちまい導式鉄板どうしきてっぱんで組んだ音律陣おんりつじんを前に、低く詠唱えいしょうを始める。


鉄板がうなる。低音ていおんは石を粉砕ふんさいし、高音こうおんやいばのように大気たいきき、周囲百メートルのかわらが音だけで粉塵ふんじんへ変わった。光苔ひかりごけランプは共振きょうしんして蜘蛛くも巣状すじょうにひびれ、奏鳴塔そうめいとう悲鳴ひめいめいたハウリングを上げる。

「――け、世界せかいよ。おまえのほねをチューニングしてやる」


その宣告せんこくこたじるように雲海うんかい紫電しでんに裂け、双月灯そうげつとう緑光りょくこうびて**十二体じゅうにたい空翔竜くうしょうりゅう(スカイドラゴン)**が急降下きゅうこうかした。漆黒しっこくうろこは雲をかす熱線ねっせんたくわえ、つめするどえがく。――だれか“高位こうい存在そんざい”がはなった抑止よくしきば。その先はただ一人、とういただきに立つ男をねらっている。


りゅうたちは合図あいずなく散開さんかいし、喉奥のどおく赤熱せきねつ魔核まかくともす。熔岩ようがんじりの熱波ねっぱ連射れんしゃされ、塔外壁とうがいへきけた石滴せきてきらした――が、とどろいたのはかみなりでも咆哮ほうこうでもない。鼓動衝撃こどうしょうげき――胸郭きょうかくからはなたれた重低音じゅうていおんだ。峡谷きょうこくめぐらされた共鳴管きょうめいかん同時発音どうじはつおんし、空気くうき三重さんじゅうヘルツたいでうねる。**音波おんぱというやいば**が可視化かしかし、先頭せんとう竜二体りゅうにたいうろこを“うろこ一列いちれつごと”とした。花弁はなびらのようなうろこ夜空よぞらい、骨格こっかくさけいとまなく崩落ほうらくする。


のこ十体じゅったい熱線ねっせんたばねた。スレイドは胸骨きょうこつふるわせ、**鼓動詠唱こどうえいしょう深度三しんどさん**で低波ていは爆発的ばくはつてき膨張ぼうちょうさせる。音壁おんぺき竜火りゅうかい込み、十体分じゅったいぶん熱線ねっせん逆流ぎゃくりゅうして咽喉いんこう炸裂さくれつ雲海うんかい血煙ちけむり熔岩ようがん閃光せんこうり、そら静寂せいじゃくもどした。

「竜も、ただの雑音ざおんだ――」


男はいきひとみださずつぶやき、ほねはいになったりゅう残骸ざんがいゆびばす。薄緑うすみどり龍禍光りゅうかこう死骸しがいからみ、**魂鎖術式こんさじゅつしき怨龍縛おんりゅうばく(ネクロ・スレイヴ)**が起動きどう十二じゅうに龍魂りゅうこん紫炎しえんいとたばねられ、半透明はんとうめい鱗影りんえいが男を取りいた。


コッ。


かわいた、それでいてかぎりなくちいさな靴音くつおとが、塔内とうないめるびょうのようにひびいた。何層なんそうもの咆哮ほうこうかさねていた詠唱えいしょうが、ほんの一拍いっぱくだけわなくなる。かえると、とう手摺てすり十三歳じゅうさんさいほどの少年しょうねんっている。ちゃかみ裸足はだし彩糸さいしのポンチョ。発声はっせいなき声がなみとなり、たった一語いちご刻印こくいんした。

「……しずかに。」


六十八枚ろくじゅうはちまい鉄板てっぱん逆位相波形ぎゃくいそうはけいき、おと真空しんくうすべちる。魔導詠唱まどうえいしょう土台どだいうしな壊死えしはじめたが、スレイドはいしばり鉄板てっぱんにぎなおす。


無音むおん。だからどうした!」

ここでかれは**心音詠唱こどうえいしょう**へうつった。胸腔きょうくう鼓動こどう三段さんだんかさ魔力まりょく骨伝導こつでんどう増幅ぞうふくし、はり床石ゆかいしごと震動しんどうさせる壮絶そうぜつ低周波ていしゅうは奔流ほんりゅう石壁いしかべ微細びさいくだけた砂鉄さてつきりのようにわせ、空気くうき鉄粉てっぷん帯電たいでんさせた黒い稲妻いなずまはらむ。だが布切ぬのぎれがわずかにひるがえっただけで、大気たいき全振動ぜんしんどう核心かくしんうばわれ、鼓動こどう肋骨ろっこつ裏側うらがわ空回からまわりしながら霧散むさんした。


未来みらいおとまでせるものか!」

怒号どごう同時どうじにスレイドは心拍しんぱく三重和音さんじゅうわおんたばね、**未来拍動みらいはくどう**をす。まだっていない鼓動こどう先取さきどりし、振幅しんぷく時差じさゼロで合成ごうせいとう数秒後すうびょうごれを前借まえがりし、はしら悲鳴ひめいげ、瓦礫がれきちゅうう。少年しょうねんはその“るべきおとのあらまし”をまるごとてのひらすくい、紙屑かみくずてるようにそらげてした。先行振幅せんこうしんぷく過去かこへの残響ざんきょうもろともつぶされ、とうしずかな現在げんざいもどされる。


紫炎しえん龍魂りゅうこん再構成さいこうせいされ、怨嗟えんさ鱗影りんえいとがったいななきをはなつ。たましいやいば零下れいかきりをまとい少年しょうねんおそかる。スレイドのかお勝利しょうりいろともる――しかし少年しょうねんゆびはじき、咆哮ほうこうまれる瞬間しゅんかんを“おと胎芽たいが”ごとつまみる。龍魂りゅうこんくさりたばねをうしない、やいばちり幻影げんえいわった。


スレイドは最後さいごゆかえがき、とう心臓しんぞう裏返うらがえす**転廻てんかい滅奏冥府めっそうめいふ**を解放かいほうする。黒鉄くろがねかねられ、くさり空間くうかんしばり、峡谷きょうこくのすべてのはくおとこ心音しんおん同調どうちょうした。鐘面しょうめんれればまちそのものがくずる――だが少年しょうねん砂粒すなつぶはじき、るはずだった一拍いっぱく先取さきどってうばう。黒鉄くろがねかね理由りゆううしない、鉛色なまりいろきりくずれた。


のこされた最後さいご四枚よんまい――感情反響砲かんじょうはんきょうほう(エモーション・リゾナンス)。激昂げっこう憤怒ふんぬ恐怖きょうふ歓喜かんき四情しじょう魔力波まりょくは転写てんしゃされ峡谷きょうこくめる。喜怒哀楽きどあいらく奔流ほんりゅうそら紅蓮ぐれんに染め、住民じゅうみん理由りゆうもなくわらさけぶ。


少年しょうねん石畳いしだたみみ込み、胸奥きょうおうつぶやく――「感情かんじょうも、ただの振動しんどう」。ぬのがひるがえり、無音むおんかぜ旋回せんかいする。情動波じょうどうは少年しょうねん中心ちゅうしん螺旋らせんえが方向ほうこう反転はんてん激昂げっこう灼熱しゃくねつとなって術者じゅつしゃ皮膚ひふき、恐怖きょうふこごえるとげ骨髄こつずいこおらせ、歓喜かんき沸騰ふっとうさせ、悲嘆ひたん心臓しんぞうめつける。


四重奏しじゅうそう凶音きょうおん術者じゅつしゃ内側うちがわから分解ぶんかいする旋律せんりつし、鉄板てっぱん石灰せっかいのように粉砕ふんさい龍禍脈りゅうかみゃく螺旋らせん一瞬いっしゅんしろこおり付き、スレイド・ラザグランの身体しんたい灰鱗はいりんきりくずれ、おともない絶筆ぜっぴつのこして消滅しょうめつした。


龍禍脈りゅうかみゃくひかりおだやかな脈拍みゃくはくもどり、とう三十七秒さんじゅうななびょう沈黙ちんもくつつまれた。少年しょうねん瓦礫がれきまぬようり、かぜともかげける。


夜明よあけ。

夜勤帰やきんがえりのハルト・レンは、崩壊痕ほうかいこんひとつない音律塔おんりつとう見上みあげながら、路地ろじれるちいさな風鈴ふうりんく。れた真鍮輪しんちゅうわいとれたガラスのすず――

だれわすものだろう?」

そっとらせば、チリンとひかえめな澄音すみおと


ハルトは「いいおとだ」とわらい、風鈴ふうりん支局しきょくたなけた。

よる静寂せいじゃくものだれもおらず、あさ喧噪けんそうだけがまちたす。

そして風鈴ふうりん欠片かけら陽光ようこうかし、ほんの一瞬いっしゅんだけ――

あの三十七秒さんじゅうななびょう沈黙ちんもくもどしていた。



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