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HALTO  作者: daisuke2025.6
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第6話 響く谷の光 ― カデンツァ・デルヴァ到着


1 夜明け前の塔脚


 昇降塔プラットフォームを包む霧は、石造りの手すりに白い膜をかけていた。

 塔は先ほど蘇った歯車を控えめに軋ませ、まるで「行って来い」と送り出すように微振動を続けている。


 ハルト・レンは、魂封郵袋を納めた鉄製の保管箱を台車に固定した。封印は翠色で安定しているが、目を離せば薄光が脈打つ。

 隣でキオ・ホップが跳躍脚を屈伸させ、バネが金属的な歌を短く響かせた。


 「箱の重さ、問題なし」

 「頼もしい。街までは水平移動だが、その前に垂直の〝遊園地ルート〟を体験しないとな」

 ハルトが冗談めかすと、キオのうさ耳が真っ直ぐ跳ね上がった。



---


2 峡谷トロリー――垂直航路


 塔脚側のトロリーは、導式モーターで静かに走り出した。

 岩をくり抜いた水平トンネルを抜け、線路は劇的に下へ折れ曲がる。乗り込むと同時に床が前傾し、ハルトは思わず手すりを握る。


 眼下に出現したのは、縦に抜けた巨大ホール――響窟都市カデンツァ・デルヴァの中空だった。

 無数の吊り橋が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、石造りの塔が崖の内壁から突き出し、青白く光る光苔水路が上層から下層へ滝となって落ちる。


 落水が岩を叩く音、橋を行き交う荷馬車の車輪、遠くで鳴る鐘の練習音――あらゆる響きが岩壁の共鳴板に反射し、深いハーモニーとなった。

 「音が空気より厚い……」キオが感嘆し、ハルトは胸骨が細かく振るえる感覚を覚えた。



---


3 西縁郵政支局――フォノ・リンク


 トロリーが停止したのは、峡谷中腹に突き出た石塔。鉄扉に触れると内部導式が反応し、重い扉が開く。

 ドワーフ局長サルバが現れ、掌いっぱいの深煎り豆を掲げた。


 「塔脚を生き返らせた英雄! 荷物を下層の“光の蔵”へお届け願いたい」

 室内には「繁忙期人員不足」の赤札が貼られ、配達予定がぎゅう詰めだった。



---


4 光の蔵へ


 縄ばしごエレベータに保管箱を載せ、二人は深い縦穴を降りる。

 水路の霧が灯りを拡散し、青い陽炎のように揺れている。石畳に降り立つと、岩盤をくり抜いた回廊が静かに迎えた。


 蔵書を納めたホールは、小さな聖堂のようだった。壁いっぱいの書棚の前に、銀灰色の髪を持つ老学士ルフ・オルトメアが立つ。


 ハルトが保管箱を開けると、封印の光が翠から白、最後に翡翠の閃きへ遷ろい、ノートと薬瓶が顔を出す。

 「ありがとう。君たちのおかげで西縁の研究炉に新しい制御式を組み込める。街の未来を守る大きな一歩だ」

 キオは緊張で耳を畳み、ハルトは胸に旗竿を立て直して礼を返した。



---


5 届く辞令


 そこへ局長が真紅の電報封筒を振り回して駆け込む。

 「本部電報! 西縁支局補佐にハルト・レン任用。見習いキオも臨時配達員登録!」


 ハルトは封を切り、文面を読み上げながら肩をすくめた。

 「あれほど急ぎの荷が届いたと思ったら、今度は急ぎで残れと来た」

 老学士は愉快そうに笑う。


 「ここは音の街、響きの迷路だ。郵便員の耳と脚が加わるなら、谷はもっと美しく歌うだろう」

 キオは高い梁に跳ね上がり、威勢よく敬礼。

 ハルトは旗竿の龍禍絹を叩き、決意を確かめた。



---


6 縦穴の夜


 深夜、支局寄宿室。窓の外では吊り橋が金の糸を連ね、水路は淡い螺旋光を谷底へ注いでいる。

 ハルトは机に向かい、便箋へ短く書き付けた。


 > 西縁支局補佐、着任。魂封荷、正式手渡し完了。


 封筒に詰め、明朝最初の便に乗せる算段をつける。



---


7 深煎り一杯、谷に溶けて


 灯を落とす前、ハルトは携帯ロースターを取り出した。

 サルバから贈られた豆――深く焙煎した光苔熟成豆――を手回しミルに入れ、歯車を静かに回す。

 パリパリという殻の割れる音とともに、カラメルと木の実が混ざった甘い香りが室内に充満した。


 湯を細く注げば、膨らんだ粉から蒸気が立ち上り、窓の外の風がそれをすくい取って行く。

 杯を手に、ハルトは吊り橋を見下ろした。橋の灯が星座を描き、水路の光は遠くの岩壁に反射し、優しく流れる低音と重なって一つの楽章を奏でている。


 コーヒーを口に含む。

 熱が舌を焦がし、柑橘と焦がし砂糖の後味が喉を流れた瞬間――

 谷の灯がさざ波のように揺れ、飲み口の湯気が夜のハーモニーに溶けて消えた。


 「悪くない初日だ」


 呟くと、谷は重低音で応えるように震え、光苔の川面を金色の線が走った。

 カデンツァ・デルヴァ。眠らない音と光の都は、一杯のコーヒーさえ街の歌に編み込んでしまう。


 ハルトは温かい杯を持ち直し、灯の消えない夜と、これからの仕事に静かに心を躍らせた。

 隣のベッドでキオが跳躍脚を抱きながら、リズムを指先で刻む。タタン・タッ・タタン。

 谷は低く歌い続け、郵便員たちの新しい勤務表に、二行目が書き加えられる音がした。



---


ミニ用語メモ


昇降塔: 地底と地表、さらには空層を上下に行き来する巨大エレベーター塔。


魂封郵袋: 持ち主本人の魔力波で封印された郵便袋。第三者には開封不可。


跳躍脚: ラビリス族が持つ強化腱と魔力蒸気機構を併用した脚部。高跳躍と衝撃吸収に優れる。


光苔: 青白く発光する苔。照明やエネルギー源、街の景観に利用される。




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