第3話 リトル・ルーバー特別講習
午後八時。中央郵政タワー地下格納庫・南第3ベイ。作業灯の半分が落とされ、昼間の喧騒が嘘のように静まっている。
銀青に塗装された郵便艇が昇降レールの上で待機していた。龍禍鋼の外郭フレームと山吹色の独立気嚢が灯りを受け、鈍く光っている。
ハルト・レンはカバーを外し、艇体に指を這わせた。すぐ隣には真新しい制服姿のラビリス族――キオ・ホップが立つ。うさぎ耳が緊張と興奮で細かく揺れ、跳躍脚が今にも弾けそうだ。
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1 気嚢と跳躍制御
「まず気嚢だ。標準モデルより三割軽い独立膜構造。軽い分だけ浮力の出入りが速い」
ハルトは気嚢脇の細いタンクを叩き、弁ハンドルを示した。
「乱流で落ちかけたら瞬間跳躍制御を使え。圧縮蒸気を吹き込んで気嚢を瞬膨張させる。ラビリスの二段跳躍と同じ理屈だ」
キオは目を丸くして弁を撫でた。
「跳ねる感覚で浮き上がる……身体に入ってきます!」
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2 魂封スロットと緊急遮断
ハルトは艇後部の荷室ハッチを開いた。導式シリンダーが七基、淡い翠光を点滅させている。
「魂封郵袋はここへ差し込む。ランプが緑→白→緑で安定。もし乱流で黄に戻ったら――」
赤い長レバーを握らせる。
「緊急遮断。魂封波を切断して袋を仮固着する。十秒以内に高度を下げて安定域へ逃げろ。さもないと袋も艇も灰になる」
キオは額に汗をにじませ、ゆっくりとレバーを戻した。
「十秒以内……了解です」
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3 操縦索のリズム
操縦席に腰掛けたハルトは、キオを隣の簡易ナビ席へ誘った。
「索の基本リズムはタタン、タッ、タタン。双尾翼の補助フラップがこの拍で開閉する。乱流を“跳ね越える”ときに使うんだ」
索を軽く弾くと艇体がわずかに揺れ、キオの耳が同じリズムで震えた。
「跳躍脚の拍と同じ……体が覚えられそうです」
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4 夜間走行テスト
格納庫のシャッターが音を立てて開き、夜気が流れ込む。ハルトは気嚢を半膨張に設定し、レール上を二十メートル滑走、即着地のテストを命じた。
キオは深呼吸し、索を刻んだリズムで引く。艇体が柔らかく浮き上がり、照明の円をなめらかに横切り、音もなく戻ってくる。タイヤがレールに触れたとき、衝撃は紙一枚の厚みほどだった。
「合格だ、相棒。明日は本番の空だ」
キオの胸が高鳴り、うさぎ耳が自信に満ちて跳ねた。
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5 締めの言葉
作業灯が一段落ち、格納庫は蒸気の白とオイルの匂いに沈む。ハルトは折り畳んだ中立郵便旗をキオに渡した。
「旗は剣より強い。明日からはお前もこれを握る。
艇は道具、魂封袋が行き先を示す。最後に空を切り開くのは――」
ハルトは胸を軽く叩く。
「――配達員の心意気だ。忘れるな」
キオは旗を胸に抱え、真剣な眼差しで頷いた。
遠く塔鐘が午後十一時を告げる。静かな格納庫に、二人の影と《リトル・ルーバー》の青銀の機体だけが長く伸びていた。
郵便員の冒険は、夜明けとともに雲海へ飛び立つ――その準備は整った。